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彼女は怒り気味に言った
「何があったかは知らないけど、ご両親から頂いた体を粗末にしちゃけないわ!とにかく落ち着いて!わかった?」
「え?・・え?・・・」
物凄く可愛い女の子の声は、ふざけているわけでもなく真剣でとても切迫している
そこで洋平は気が付いた
なんてことだ!彼女は僕が自殺しようとしてると、勘違いしてるんだ!
あわてて洋平は言った
「な・・・何か勘違いしてない?」
・:.。.・:.。.
「ごめんなさい・・さっきここを通りかかったら・・・てっきり私あなたが・・・その・・・海に飛び込もうとしてると思って 」
さっきから何度も彼女が洋平に謝ってくれている
彼女は洋平が自殺しようとしていると勘違いして、タックルで地面に突き飛ばしてしまったことを、とても恥じているようだった
洋平の心に衝撃が走った、自分は自殺しようとしていたわけではなかったが、彼女の必死の形相に自分の絶望の深さを痛感した
「い・・いや・・・僕も悪いんだ・・・」
真っすぐ彼女が自分を見つめて来る、フワフワとした茶色い髪が、穏やかな海風になびいている
大きな瞳は、まるでバンビのように澄んでいて、無邪気さと神秘さを湛えていた
真っ白のフェイクファーのマフラーを首にグルグル巻いてひょこっと顔を出している、ピンクツイードのフリルスカート
その容貌はまるで天使か妖精が、この世に舞い降りたかのような儚さと可愛らしさだった
途端に洋平の心臓がドキドキし、急に二人っきりでいることを意識した
最後に風呂に入ったの・・・いつだったかな?
心配そうに自分を見つめて来る彼女の顔が恥ずかしくて見れない
久しぶりに誰かと会話をしようとしたせいか、言葉は弱々しく・・・蚊の鳴くような響きが恥ずかしかった
ボソ・・・「落ち込んでたのは・・・本当だよ、ちょっと・・・事業に失敗しちゃって・・・」
気が付けば熱心に聞いてくれている彼女に、洋平は洗いざらい喋ってしまっていた
知り合いではない気安さがあったのだろう
苦労して手掛けたラビットコインを、仮想市場から消滅させらてから何もする気がせず
祖父の役に立つ仕事に従事しているでもないので、しばらくずっとあてもなく暮らしている事
外食に行こうとして気が付けば、この埠頭のはずれを彷徨っていたり
読書をしようとソファーに腰かけても、一時間後にふと我に返れば、まだ最初のページを膝の上で開いたままで
文字が見えないくらい外は真っ暗で、明かりが灯っていない部屋でじっとしていた事
時間の感覚もどうやら失ってしまって、目が覚めたらそれが昼か夜か分からなくなっている事
この頃ではメールもめっきり減って、ラビットコインが消滅した当初は、同情を示していろいろ連絡をくれていたコミニュティの仲間も、洋平がチャットやメールに返事をしなくなったので気が削がれたのか
最後には誰も洋平に連絡してこなくなった事
なんだか仮死状態のような、それなしでは人生を続けられないような、何かを失った気分を持て余している事
「それはあなたが本当にやりたかったことなの?」
「ああ・・・とってもね」
「では、また始めればいいじゃない」
彼女はアッサリそう答えた、風鈴のような清らかな声ですごい事を言う
洋平はボリボリ頭を掻いた
「う~ん・・・・」
ダメだ・・・この子は何も分かっていない、あのラビットコイン開発に自分がどれほどの情熱を注いだか・・・・
きっとあれ以上のものはもう出来ない
「あのね、お母さんが教えてくれたんだけど『失敗は成功の母』って知ってる?」
くるみが質問すると、洋平は少しだけ顔を上げた
「トーマス・エジソンは、電球を発明するために何千回も失敗したんだって、それでも彼は言ったの『私は失敗していない、ただ、うまくいかない方法を1万通り見つけただけだ』って」
くるみの言葉に、洋平は少しだけ興味を示した
「でも、僕にはもうチャンスがないよ・・・仮想通貨なんて、もう信じられない」
「それなら、またお母さんが言ってたんだけどスティーブ・ジョブズ知ってる?アップルから追放された後、彼はピクサーで成功し、最終的にはアップルに戻って世界を変えたんだって」
くるみはさらに話を続ける
「(自分が何をしているか分からない時こそ、自分の心が何を語っているかを聞くべきだ)ってジョブズは言ったんだって、あなたの心は何て言っている?」
くすっ・・・「君はいつもそんなに強いの?」
「強いっていうか、母が落ち込む隙を与えてくれなかったっていう方が正解かしら?私が1ネガティブな事を言うと10ポジティブな言葉が返って来るの、そして私は素晴らしいんだって褒めて、褒めて、褒め倒してくれるの、あと、これはいかかが?」
くるみがニコッと洋平に微笑み、一指し指を立てる
「(失敗は新たな始まりの種)って事、失敗しても、それをどう受け止めるかで人生は変わる、あなたはこの失敗から何かを見つけたはずですよって、私はこれを母に言われると、なんだか魔法にかかったみたいに、次にすることがポンポン頭の中に現れるの」
「そんな・・・簡単なことじゃないよ」
「簡単じゃなかったら、諦めるの?」
女の子が考え込むように言った、その時洋平の心にも同じ問いかけがあった
―本当に諦めていいのか?―
その時爽やかな風が洋平と女の子の間を駆け抜けて言った
洋平の肺のなかの空気が柳を吹き抜ける風のごとくさやさやと音を立てる
洋平の頭の中が、途端にエンジンがかかったかのようにぐるぐる動き出す
もう一度彼女が可愛い顔で無邪気に言う
「それは本当にもう一度出来ないの?」
・:.。.・:.。.
今まで眠っていた思考がスイッチが入ったみたいに動き出した
回転音が聞こえてきそうだ
・・・ラビットコインが目をつけられたのは、上場前から世間の注目を集め過ぎたんだ
それにあのコインの素晴らしいシステムも大々的に宣伝しすぎた
光が灯れば必ず闇も増える、そうだ・・・僕達は悪目立ちし過ぎたんだ
いきなり金融システムを変えてしまうようなものが登場し華々しく目立てば、やはり反発も強い
大勢の人は保守派だ、何年たっても世の中がいつまでも変わらないことを望む
大切なのは・・・・大々的に目立つのではなくいつの間にか・・・あたりに・・・生活に浸透している
空気のように・・・まるでそれが最初からあったかのように
そうすると混乱は最小限に収められる、それがベストだ・・・・
それならばもう一度仮想通貨界に、新しい名前でラビットコインと同じ性質のものを少しずつ登場させて行って・・・・
最初は安値で・・・あるかどうかわからない存在で・・・・
いつの間にか浸透してそれがあるのが当たり前にしてしまえば・・・・
大衆が望んでくれれば政府からの圧力もかかりにくくなる・・・・
洋平の空想ではもう新しい仮想通貨が、生き物のように仮想通貨界を上昇していた
体がウズウズする
こんな感情は始めた
「はい!これあげる」
「え?」
彼女の明るい声があっちの世界に行っている洋平を現実に戻した
「あそこの韓国ベーカリーのラズベリータルトよ!二個買ったから一個あげる、とっても美味しいのよ」
そう言う彼女からナプキンに挟まれて、手に渡されたタルトは
ラズベリーが丸いパンの上に溢れるほど乗っている、ナパージュもたっぷり塗られているので、艶々と宝石のように輝いている
久しぶりに腹が空いた感覚がして、口に唾がたまる・・・
洋平は思わず大口でタルトの半分かぶりついた
「ほんとうだ!!うまい!!」
「そうでしょう?」
言葉にならない、何日ぶりにまともなものを胃に入れたのだろう、洋平は自分にもまだ味覚があったのかと感動していた