融合怪物が地面を強く踏む。先程も聞いたような轟音が鳴り、それは地面を強く揺さぶった。そう、地響きのように鳴っていたあの轟音は、融合怪物が地面を踏んだ音だったのだ。よっぽどのことがなければ、地響き以外であのような音が鳴ることは有り得ない。だが、3mもある融合怪物ならばどうだろうか。ダンテは滅多に鳴らない様な音を再び聞いて、融合怪物が来たと判断したのだろう。
「キミ達は鍛冶屋に戻って武器を探してくるんだ! それまではオレ達が怪物と戦うから!」
振り返ったアルバートが、胡朱達3人に向かってそう言い放つ。しかし、すぐに向き直り、融合怪物に向けて弓を構えた。そして、弓を引き絞り怪物に向かって矢を放つ。放った矢は融合怪物に当たったのだが、ものともしない様子だった。だが、融合怪物は視線をアルバートに向ける。攻撃の標的がアルバートになった様で、怪物は腕を伸ばした。
「……!」
「っ……。早く行ってください! 皆さんが戻ってくるまでは僕達でどうにかします!」
「で、ですが……」
「4人も居ればどうにかなります! だから早く!」
伸びてきた腕を剣で斬りつけ、振り返った翠が鋭い視線を向けながら急かすようにそう叫んだ。必死な翠の様子に驚いたのか、3人は少しの間固まっていたが、ダンテから「戻るぞ」と言われ、4人の無事を祈りながら鍛冶屋へ戻って行った。
その間、怪物は誰かに攻撃を仕掛けてくることはなかった。律儀に待っていてくれたのだろうか? それを知る術はないが、融合怪物にも何か策があるのだろう。4人が去ってから再び攻撃してきたことからも、そう言ってもおかしくはないのかもしれない。アルバートは怪物からの攻撃を避け、翠に礼を言った。
「ありがとう、助かったよ」
「いえ。……そんなことよりも、早くしないとまた攻撃を仕掛けられますよ」
怪物は、気付けばまた新たに攻撃を仕掛ける準備をしてくる。2人はそれを避けながら攻撃のタイミングを見計らっていたが、中々攻撃できずにどうするべきか思案していた。
ふと、アルバートは視界に幸斗とレグの姿がないことに気付く。どうしたんだ、まさか、などといった不安がアルバートの頭に浮かんできたのと、アサルトライフルの弾が放たれた音が聞こえたのは、ほとんど同時のことだった。
目を凝らしながら探してみると、視界の端に2つの黒が捉えられた。黒髪に黒いフード。そこに居たのは幸斗とレグで、さらに目を凝らして見ると、融合怪物の中の小さな個体に武器を向けているのが見えた。……そして、融合怪物が灰に変わってゆくのも。その瞬間に2人は、ほんの少しだけ、大きい個体の様子が変わったことに気付いた。動揺しているようにも見えたのだ。
「こいつ……小さい個体を倒すと弱くなるんじゃないか?」
先にそう声を上げたのはアルバートだった。その考えに翠も頷く。現時点ではあまり変わったようには見えないが、小さい個体は2人から見ただけでも何体も居た。小さい個体を全て倒せということなのだろう。
「あんたらはその大きい奴の相手してろ! 俺とこいつで小さい方を倒す」
「お客様方、よろしくお願いします! こちらはおそらく2人でも大丈夫ですので!」
幸斗とレグはそれぞれそう言い、怪物へと向き直った。先程幸斗が攻撃した怪物は既に灰となり消えていくところを見届けた。小さい個体になら攻撃は通じることも、倒すと灰になって消えることも分かった。もう一度、幸斗が今度は別の個体にアサルトライフルの弾を放つと、弾に当たった怪物はよろけて倒れた。同じ個体に再び攻撃すると、怪物は先程の個体と同じようにして消えていく。しめたと思った幸斗は次々と怪物に攻撃し、それに続いてレグも怪物に攻撃していった。
その一方で、大きい個体の方にも少しずつ変化が訪れていた。様子がおかしくなっていっているのだ。やはりと言うべきか。アルバートの推測は正しく、小さい個体を倒すと、大きい個体は弱体化していくのだろう。試しにアルバートが大きい個体に向かって矢を放つと、矢じりがその体に突き刺さった。先程は当たりはしてもそのまま弾かれてしまっていたのだ。これは大きな変化とも言えるだろう。
「2人とも、怪物に攻撃が効いてきた! このまま頼んだよ!」
「言われなくともやるっつーの!」
怪物からの攻撃を避けながら幸斗がそう返す。その様子を見て、アルバートは頷き再び弓を構えた。深呼吸し、意識を弓へと向ける。弓を引き絞り、再び矢を怪物へと放った。
その時だった。
遠くに大きな影が見える。それは、先程も聞こえたような轟音を轟かせ、ゆっくりとこちらへ近づいてきている。片翼のみの翼、口から覗く尖った牙。体長はゆうに3mは越えているだろう。……まるで、融合しているかのような異質な見た目。誰もが怪物を見て言葉を失った。
──それは、2体目の大きい個体が出現した合図だった。
◇ ◇ ◇
「……攻撃が効きません! どうするんです?」
試しに、と2体目の大きい個体の腕に向かって刃を突き立てようとした翠がそう言う。どうにか攻撃しようとしたが無理だったらしく、怪物が腕を振って双剣を弾こうとしていたため、翠は巻き込まれる前に避けた。
2体目の大きい個体が出現した。しかし、その2体目には、1体目と違って攻撃が全く効かない。それは、倒さなくてはならない小さな個体が別の場所に居るか、この中に紛れているということだった。
「攻撃が効いていない。それに、もしこの大きな個体が小さな個体を率いるリーダーだとすれば……」
「融合怪物の中でもグループがいくつかある。そして、そのグループが何個あるのか、別のグループ同士は敵対しているのか協力しているのかは分からない」
「……そうだね」
2体目が別の小さな個体を引き連れてきた様子はなかった。もしかすると、小さな個体が倒されると自身が弱体化するということに気付き、小さな個体をどこか別の場所で待機させているのかもしれない。そう考えると1体目よりも厄介で、2体目も倒すためには、この中で2体目が率いている小さな個体達を探す者を、最低でも1人は選ぶ必要がある。更に、小さな個体達を探している間にも2体目が攻撃してくるとしたら……。厄介だな、とアルバートは小さく呟いた。どうするかと思考を巡らせていると、目の前を何かが飛んでいくのが見えた。
「あなた達が融合怪物と戦ってるって聞いたの!」
「デイジー!? なんでこんなところに……」
「私も戦うから! レグもよく見て動いて! お客様に怪我なんて負わせられないでしょ?」
飛んできたものはナイフで、その元を辿るとそこにはデイジーが居た。4人が融合怪物と戦っていると聞いてやって来たらしい。走ってきたのか、肩で息をしている。
デイジーの投げたナイフは小さい個体に突き刺さった。ナイフが突き刺さった個体は灰になって消え、突き刺さっていたナイフが地面に落ちる。
デイジーが参戦してきたのを見て、レグは口をぽかんと開けていた。それからすぐに、その周りに胡朱達は居ないか探した。3人は近くにいないことに気付き、レグはデイジーが1人でここまで来たということを知った。
戦える仲間が増えた。そう思うべきなのかもしれないが、彼の胸の内には不安があった。それどころか、不安の方が大きい。デイジーは村の踊り子であり、戦いは完全に専門外だということをレグは知っていた。だからこそだ。
「デイジー、ちょっと待っ──」
「私にも戦闘くらいできるから! レグは目の前の敵に集中して!」
レグがやめておいた方がいいのではと言おうとした前に、デイジーが話を遮ってそう言う。レグは不安を感じつつも任せるしかないと思い、煮え切らない思いのまま、それを紛らわすように大鎌を握り直した。
デイジーが戦闘に参戦したが、戦況はまずまずといった様子だった。ついさっきまでと状況はさほど変わらず、幸斗、レグ、デイジーの3人が小さい個体を倒し、様子見をしつつアルバートと翠が大きい個体に攻撃する。確かに、大きい個体への攻撃は段々と通ってきているのだが、それでも現状を打開するような変化はなかった。……それまでは。
「遅れてしまい申し訳ございません。私達も参戦します」
「……あ」
胡朱、志音、アリスの3人がそれぞれ武器を持って立っていた。……その中にダンテの姿は見当たらない。ダンテの先程までの口ぶりからして、彼は融合怪物と戦う気はないのだろう。それなら、3人が先に村から逃がした可能性が高い。すると、レグが姿の見当たらないダンテについて聞いた。
「お客様方、ダンテさんはどちらに……? 先に安全な場所へ逃がしたということですか?」
「ダンテさんは……少し……」
何かを説明しようとした志音が口ごもる。似たような様子の2人を見て、4人はダンテがここに来るまでに何かあったということを察する。少しばかり沈黙が流れる。そして、アリスがその沈黙を破った。
「ダンテさんとは、ここに来る途中ではぐれてしまいましたわ」
「はぐれて……? 何があったんですか?」
はぐれてしまった。しかも、融合怪物がうろついている村の中でだ。もしダンテが融合怪物に遭遇してしまえば、大変な目に遭うだろう。……それでも、彼を置いてここまで来てしまっても良いものなのだろうか? そんな疑問を翠が口にした。それに胡朱が答える。
「少し探したのですが、『大丈夫だ、早く戻ってやれ。探すのは後でいい』という声が聞こえてきまして……。不安でしたが、こちらも厳しい状況と思い、ここまで来たのです」
「……そうですか。では、来たばかりで悪いのですが、そちらに居る2体目の大きい個体が引き連れている小さい個体を探していただけませんか?」
「……? 何か関係がある、ということですか?」
胡朱の反応を見て、そういえば知らないのか、と翠は思う。大きい個体がリーダー格であること、その大きい個体が引き連れている小さい個体を倒すと、段々と大きい個体が弱体化していくこと。改めて、融合怪物がどのようなものかということを、3人に手短に説明した。その説明を聞いて、3人は頷いた。2体目が引き連れている小さい個体を探すのは任せてくれ、ということだった。
「ですが、その2体目が引き連れていると分かる何かがないと、特定の個体だけを見つけて倒すというのは難しいですね……」
「うん。……ん? あれ、あれを見れば見分けられるんじゃないかな?」
あれ、と言いながらアルバートが指さしたのは、2体目の首元だ。よく見ると、そこには1体目と違い、謎の印のようなものが入っていた。
「あの印があるかどうかで見分ければいい、ということですね。お易い御用ですわ!」
「……頼んだよ。よろしくね」
意気込んでいる様子のアリスを横目で見ながら、アルバートは3人を見送る。3人がその場を発とうとした時、レグがデイジーにとある提案をした。
「デイジー、彼女達と一緒に行動したらどうかな? お客様達は村のことをよく知らないから、ここの住民である君が行った方がいいと思う」
「確かに、それもそうだね。……分かった。私、あの人達について行くよ」
3人の中にデイジーが加わる。今度こそ、と4人はその場を発った。走っていく4人を見送り、アルバートは先程から戦っている怪物を見上げた。怪物には数本の矢が突き刺さっており、それらは全てアルバートが射ったものだ。
4人が、2体目の引き連れている小さい個体を見つけてくれれば、2体目もいずれ倒すことができるだろう。しかし、あいにく連絡の手段はない。これからは、2体目の様子を見ながら戦うことになるだろう。
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すみません。通知が狂ってて見るの遅れました…。 神すぎる…なんかもう神としか言えないです🙃 でもなーんか嫌な予感……まぁ気のせいですね!私の勘は当たらないことで有名なので☆
今回は少し長めの4,800文字でお送りします。 なぜなら話を切るのに時間がかかったからです…。 後半物凄く雑いなぁ…😑