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11月も終わりに近づくと、街のあちこちでクリスマスソングが流れ始め、イルミネーションが煌びやかに輝き始める。街行く人々は皆どこか浮足立っていて、これから訪れるクリスマスシーズンへの期待に胸を膨らませているようだった。
そんな中、蓮は一人でショーケースを眺めては溜息を吐いていた。あの日から一週間。ナギとは大きな喧嘩をすることも無く、順調に関係を築けているように思う。
雪之丞とも会えばギクシャクするんじゃないかと思っていたが、そんな心配は杞憂だったようで、表面上はいつも通りに接してくれている。
時折、どこか寂しそうな表情でこちらを見ている時があるが、そういう時は大抵弓弦立ち3人が隣にいてタイミングよく話しかけて来てくれる為、助かっている。
だが、ナギと二人でいる時に見せる視線は、やはり複雑なものが含まれている気がした。
蓮はもう一度深いため息を吐き出すと、ショーケースから目を逸らした。店内は多くのカップルがひしめき合っており、その雰囲気に当てられた蓮は居心地の悪さを感じていた。
何だかひどく場違いな気がして足早に店を出ようとしたその時――。
「あれ? 御堂さんじゃないですか」
聞き覚えのある声に呼び止められ振り返れば、そこには先日調査を依頼したばかりの東雲が立っていた。そのすぐ横には、がっしりとした体形の背の高い男が並んで立っている。
男は蓮の姿を目にすると、軽く頭を下げて来た。
この男には見覚えがある。確か以前、ストーカーを捕まえる時に依頼した警察官――。
「お久しぶりです。どうされたんです? こんな所で」
「あぁ、ちょっと買い物にね。二人は?」
「俺は付き添いです。大吾がどうしても付き合えって言うんで」
そう言って東雲はチラリと横に居る背の高い男を見上げた。男は困ったような笑顔を浮かべていたが、その目は優しげで、この二人が仲の良い友人同士だという事が伺える。
二人は恋仲か何かだろうか?
「へぇ、そうなのか」
「はい。それより、今日はお一人なんですね。もしかして、プレゼント探しか何か、ですか?」
東雲にそう尋ねられ、思わず言葉に詰まる。まさか図星だとは思わなかったのだろう。東雲は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに納得したという風に微笑んだ。
「やっぱり。もしかして、ナギ君に?」
「まあ……」
「やっぱりそうですよねぇ。で、どんな物がいいのか悩んでる、と」
「実はそうなんだ。でも……こう言うのって初めてで……。何をどう選べばいいかわからなくて。店員さんには女性ものばかりを勧められるし困っているんだよ」
相変わらず察しが良いなと思いながら蓮が素直に肯定すると、東雲は少し考えるようにして顎に手を当てた。
「――ちょっと、付き合いません? ちょうど御堂さんに連絡しようと思っていた所だったし」
「え?」
「例の件の進捗状況、聞きたくないですか? ちょっと御堂さんにも関係してくる事案なので」
「僕に?」
耳元で意味深な事を囁かれ、思わず息を呑んだ。
CGクリエーターの失踪に自分が関わっているとは一体どういう事だろう? そんな事を言われたら気になって仕方がない。蓮はごくりと唾を飲み込んだ。
「……わかった。じゃあ、とりあえず場所を変えようか」
「そう来なくっちゃ」
そう言ってニッと笑うと、東雲は歩き出した。
「じゃあ、俺はこれで。 薫、また連絡しろよ」
てっきり一緒に行くものだと思っていたのに、大吾と呼ばれた彼とは通りの角を曲がったところで別れてしまった。
「いいのかい? デートの途中だったんじゃ?」
恐る恐る尋ねてみれば、東雲はキョトンとした顔をして、それから吹き出すように笑みを零した。
「やだなぁ、デートじゃないですって。俺とアイツはそういう関係じゃないんで! アイツがどう思ってるか知らないですけど、ただのビジネスパートナーですよ」
東雲の言葉に蓮はホッと安堵の溜息を漏らした。もしや気を使わせてしまったのかと思ったが、二人の間に色っぽい空気は感じられない。
それなら良かったと心の中で呟きつつ、東雲の後に続いて歩く。
それにしても、一体どこまで行くのだろうか。
疑問に思いつつも着いていくと、駅近くの繁華街にあるビルの一階に入っているカフェレストランの前で立ち止まった。
「ここ、デートスポットとしても有名なんですよ。まぁ、御堂さんは俺なんかよりずっとオシャレなお店とか詳しいとは思いますが」
そう言いながら慣れた様子で入っていくのを見て、蓮は慌ててその後を追った。
店内は程よい照明に照らされ落ち着いた雰囲気で、昼のピークは過ぎだと言うのに席は八割方埋まっていた。
半個室で仕切られた窓際の奥まったテーブルに案内され、席に座るなり単刀直入に切り出した。
「それで、僕に話したいことって?」
「あぁ、それなんですが……」
注文を取りに来たウェイトレスにコーヒーを二つ頼むと、東雲は神妙な面持ちで口を開いた。
「御堂さんは、塩田と言う男をご存知ですか?」
「いや……知らないな」
その名前に蓮は首を傾げた。全く記憶にない名前だったが、東雲の様子からしてあまり良くない人物のような気がする。
「そうですか。じゃあ、2年前に起きた転落事故については?」
蓮は眉間にシワを寄せると、考え込むように腕を組んだ。
「……何が言いたい?」
蓮がそう尋ねると、東雲は表情を曇らせた。あの時の転落事故と、今回の失踪事件の繋がりがさっぱり読めない。
「そんな怖い顔しないで下さい。……今回、奈々さんと言う方を調査していくにあたって、塩田と言う男が関係してる事がわかりました。この男、とある事件で小道具を置き忘れるミスをしてアクターに大けがを負わせ、仕事をクビになっているんです」
「それは……知らなかったな」
「そうでしょうね。……元々物忘れが多く片付けられない性格の方だったようで、『たかがステッキを置き忘れていただけなのに、それを踏みつける奴が悪い!』と最後の最後までボヤいていたみたいですよ」
「……」
確かにあの日は、自分の不注意でもあった。雨も降っていて視界が悪く、足元に注意が向いていなかったのだ。
まさか自分が踏み切るその位置にそんなものが置いてあるなんて想像すらしていなかった。避けられなかった自分が悪いと言われればそれまでだが、崖から飛び降りる為に助走を付けていたのだ、直前で発見した所で急に立ち止まれるはずもない。
「元々、忘れ物が多く片付けられない性格だったようで、彼が原因で映り込んではいけないものが映り込んだりしてNGになる。なんてことはしょっちゅうだったみたいですね。しかも、彼はその度に反省の色を見せず、自分は悪くないと喚くばかりで、関係者も手を妬いていたみたいですねぇ」
そこまで聞くと、蓮は溜息を吐いた。
なるほど、これは厄介な相手だ。
「で? その塩田と言う男と今回の失踪事件はどう関係してくるんだい?」
蓮の問いに東雲は苦笑いを浮かべて肩をすくめ、コーヒーに口を付けてゆったりと息を吐きだした。
「そう急かさないで下さいよ。……その塩田と言う男は、自分から仕事を奪った男……つまり、御堂さんと、番組制作自体に強い恨みを持っているみたいです」
「僕に?」
「そうです。御堂さんが置き忘れたステッキを踏んで崖から転落しなければ自分は仕事を続けていられたと、未だにぼやいていたそうですし。そして、今回貴方が、獅子レンジャーに復帰するのを何かのきっかけで知ってしまった」
そう言うと、東雲は一呼吸置くように口を閉ざし、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「それってつまり、今回の失踪事件は塩田による僕への復讐の為の犯行だって言う事?」
蓮がそう聞き返すと、東雲は小さく首肯して見せた。
そんな馬鹿な事があるだろうか? 自分に恨みを持つ人間が、CGクリエーターを拉致する? そんな事、現実に起こり得るのか?
そう思ったが、目の前の東雲は至って真剣な眼差しでこちらの様子を伺っている。
嘘を言っているとは思えない。
「どうやって番組を中止に追い込もうかと考えていた塩田はある日、偶然猿渡監督にセクハラを受けている初心そうな奈々さんに出会うんです。
これはあくまでも俺の想像の域を超えませんが……。塩田はセクハラに悩み、もう辞めたいとボヤく彼女にそっと近づき、唆したのだと思います」
「……」
そう言えば、以前飲み会の時、美月が「監督が地味で巨乳な冴えない女性を口説いていた」と言っていたような気がする。
失踪直前に奈々さんに彼氏が出来たらしいという同僚の証言ともほぼ一致する。
「……それで? 彼女とその塩田ってヤツの行方は?」
「それがですねぇ、まだそこは調査中なんです。俺は警察じゃないんで色々と限界があるんですよ。近々大吾に相談しようと思ってた所なんです」
東雲はそう言うと、大きなため息を吐き出した。
大吾と呼ばれる彼は警察官。そんな彼に話をして動いてくれるとは到底思えないのだが。
「あぁ、大丈夫ですよ。大吾はああ見えて口が堅いので。今回の失踪事件ご家族からも捜索願が出ていないので行方不明者として警察が捜査を始めることは無さそうです。大吾には個人的なお願いと言う形で頼もうかなって思ってて」
「それって、あまり良くないんじゃ……」
「言ったでしょう? 俺とアイツはビジネスパートナーなんです。アイツも捜査に行き詰った時はこっそり俺にアドバイスや調査を依頼してくる。俺は警察でしかわからないことはこっそり大吾にお願いする。それで、解決出来た事例って結構あったりするんで、お互いにWIN-WINな関係なんです」
「な、なるほど?」
よくわからないが、二人がお互いを信頼し合っているという事だけは理解出来た。
それにしても、回りくどい事をする。自分に恨みがあるのなら、そんなまどろっこしい事をしないで直接言いにくればいいのに。
塩田の自分勝手な行ないのせいで、雪之丞はしなくてもいいCG制作を引き受けることになってしまったし、動画撮影だって本来は必要なかったはずなのに。
それだけでも腹立たしいのに、その上こんな回りくどい事をされるのでは、気分が悪い。
苛立ちを抑えながら、蓮はコーヒーカップに視線を落とした。
「あぁ、それと……。コマンドがわからないって言ってた件ですが塩田と奈々さんの誕生日を順に入れていったら恐らく解けると思いますよ。一度試して見てください」
そう言って、数字の羅列された紙をそっと蓮に差し出してくる。
「……キミは……。僕が思っていた以上に出来る人だったんだね」
「ちょっ!? 酷くないですか!?」
二人の誕生日なんて一体どうやって調べたのか。蓮が思わず本音を漏らすと、東雲は大げさにショックを受けた素振りを見せた。その様子がおかしくて思わず吹き出してしまう。
「ごめん、ごめん。冗談だよ。ありがとう、東雲君。引き続きよろしく頼むよ」
蓮がそう言って笑うと、東雲は不服そうにしながらも渋々と言った様子で納得してくれた。
「……なんだか、御堂さん。雰囲気変わりましたね。前はもっとこう、何処か冷たい印象が強かったんですが……」
「えっ? そう、かい?」
そんな事を言われたのは初めてで、少し戸惑ってしまう。
「彼氏君効果ですかねぇ」
「そ、そう……?」
東雲のニヤついた笑みを見て、なんだか妙に恥ずかしい気持ちに襲われポリポリと頬を掻いた。
「そう言えば、プレゼント選びに悩んでるって言ってましたよね? 俺で良ければ相談に乗りましょうか? と言っても百戦錬磨の御堂さんに出来るアドバイスなんてたかが知れてますけど」
「ちょ、百戦錬磨って。僕はそんなんじゃないよ。初めてのことだらけで悪戦苦闘してるんだ。……付き合うって言う事も初めてでイマイチよくわかってないくらいなのに……。だから、どんな物を贈ったら喜んでくれるとか、デートするなら何処がいいかとか、そう言ったのが知りたいんだ」
そう告げると、東雲は意外そうに大きな目を丸くした。
「まったまたぁ~。そんな、中学生じゃあるまいし。謙遜も過ぎれば嫌味になっちゃいますよ」
そう言いながらも東雲は蓮の言葉を真に受けてはいないようで、クスリと微笑んだ。
「その中学生レベルがわからないから困ってるんだよ」
「……ガチ?」
「こんな恥ずかしい冗談言わないだろ」
蓮がムッとしたように口を尖らせぼそりと呟けば、東雲は一瞬ポカンとしてからプハッと噴き出した。
そんなに面白いことを言ったつもりはないのだが、ツボに入ったのか、肩をプルプルと震わせて表情筋が可笑しなことになっている。
「笑いたかったら笑いなよ」
促してやると、東雲は目に涙まで浮かべながら本当に笑い出した。中々笑い止まない所をみると、相当可笑しかったのだろう。
東雲は暫くの間肩を震わせ笑い続け、ようやく収まった頃には目に涙まで浮かべていた。
「……ちょっと、笑いすぎじゃないか?」
「す、すみませ……っ、ちょっと意外過ぎて。ププっ、だって、どう見たって経験豊富そうな顔してるのに……っ」
東雲は何度か深呼吸をして息を整えると、目に浮かんだ涙を指先で拭った。
失礼な奴だとは思うが、女にモテそうだとか、遊んでいるように見えると言われるのには慣れている。
実際、昔から男女関係なくモテてはいたし、身体の関係だけはそれなりにあった。
けれど、本気で人を好きになった事はなかったし、誰かの為に何かをしてやりたいと思った事は一度もない。
「わっかりました。俺がとびっきりのデートプラン教えてあげます」
東雲はそう言うと、得意気に胸を張った。
東雲との話し合いを終えて帰宅すると、既に時刻は22時を回っていた。
誰も居ない玄関を開け、薄暗い部屋に明かりを灯しながらリビングへと向かう。
住み慣れている自分の部屋のはずなのに、たった数日居なかっただけで妙に
懐かしく感じてしまう。
電気も付けずにソファに腰を下ろすと、蓮は天井を見上げて大きく息を吐いた。
まさか今回の失踪事件に、自分を怪我させた相手が絡んでいるなんて思いもしなかった。
自分を恨んでいるのなら、自分に仕掛けてくればいいものを。そしたら返り討ちにしてやるのに。
正直顔も覚えていない相手だが、スタッフやキャスト迄巻き込んで、色々な人に迷惑を掛けてまで目的を追行しようとする相手に強い嫌悪感を覚える。
もしかしたら、兄は塩田が関係していると気付いていたのかもしれない。
以前何か言いかけて辞めたのはこのことだったのでは?
ふとそんな考えが頭を過る。無口な兄の事だ、確証はないがなんとなくそう思えた。
なんにせよ、一度兄とはきちんと話をする必要があるだろう。失踪事件のカギを握っている男が塩田だとするのなら、ヤツの目的は自分の降板か、獅子レンジャー自体の消滅。
このまま撮影を続けていれば、きっと再び何かアクションを起こしてくるはずだ。
折角ナギが主演の座を手に入れたと言うのに、こんな事で台無しにされてたまるか。あの子の初主演作品だ。なんとしても成功させて、これを足掛かりに俳優としての道を歩んで行って貰いたい。
そう思ってから、蓮はフッと自嘲気味に笑って首を横に振った。
自分がここまで他人に思い入れする日が来るなんて。昔の自分からは想像できない事だと思う。
今までは自分以外の人間に興味などなかったし、誰に嫌われようが何を言われようが構わなかった。
自分さえ良ければそれで良かったのだ。
それなのに今は違う。ナギはもちろんの事だが、他のキャスト陣達も個性的で中々面白い奴らが揃っていて、毎日飽きる事がない。
何より、ナギの存在が自分の中でどんどん大きなものになって来ていること今更ながらに気付かされた。
――これが、好きって事なのか……。
シンプルな答えに行きついて、じわじわと顔が熱くなるのを感じた。
手の甲で口元を押さえ、顔を隠すようにしてクッションに顔を埋める。
心臓がドキドキと早鐘を打って、全身が火照っているような感覚に襲われ、落ち着けと、何度も言い聞かせるように心で唱えるが、一向に治まる気配はなく、寧ろ酷くなっていく一方だった。
――参ったな……。
いま、この場に誰も居なくて良かった。もしこんな顔を見られたりしたら、絶対に揶揄われるに決まっている。
蓮はもう一度小さく溜息を吐き出すと、ソファーに背を預けて心を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。
ふと、ナギの声が聞きたいと思ったが流石にこの時間だ。もしかしたら寝ているかもしれないと思いなおしソファに凭れて目を閉じた。
翌朝、どうにもジッとしていられず、蓮は早々に家を出る事にした。
冷たい風を感じ、コートの襟を寄せると、マフラーを巻き付けて歩き出す。
空はどんよりと曇っていて、雪でも降り出しそうな寒さだ。こんな日に外に出るのは億劫だったが、家の中に居ても気分が落ち着かなくて仕方がなかった。
こんなに早くスタジオに着いたってすることが無いのはわかっている。それでも、もしかしたらナギに早く会えるかもしれない。なんて年甲斐もなく淡い期待を抱いてしまう自分が居て、思わず苦笑してしまう。
家まで行ってみようかとも思ったが、用事もないのに行くのは流石に憚られるし、変に思われるのも嫌だったのでやめておいた。
時間まで筋トレでもして過ごせばいいだろう。もしかしたら雪之丞がもう来ているかもしれない。
彼とは未だにギクシャクした関係が続いているが、東雲から預かったキーワードを彼に託さなくてはいけない。
メッセージアプリで送ることも考えたが、自分たちの関係性を考えるとそれでは一層距離が出来てしまうような気がして、直接話すことに決めていた。
今日は朝からずっと撮影で忙しいだろうから、休憩中にでも話せるといいのだが。そんな事を考えながらスタジオ入りすると、案の定、スタッフ達が慌ただしく準備に追われている所だった。
「あれ? 蓮さん今日は随分早いんですね。おはようございます」
そう言って声をかけて来たのは、裏方時代に一緒に仕事をしていた真柴だった。
彼は昔からADスタッフとして現場に出入りしていて、蓮の事も昔から知っている数少ない人物の一人だ。
単純な性格をしているが裏表が無く、人懐っこい笑顔で接してくれる為、蓮も彼の事は嫌いではなかった。
「あぁ、おはよう。なんだかじっとしてられなくてね」
「へぇ、蓮さんもそんなこと思うんですねぇ」
「まぁね。たまにはそんな日もあるよ。それより、僕意外はまだ来ていないのかな?」
「棗さんがいらしてます。早朝からスタッフルームに籠って今週分のCGの作成中みたいで」
そう言って真柴は苦笑を浮かべ、スタッフルームの方角へと視線を移す。
「棗さん凄いですよね、朝早くから夜遅くまで自分の仕事じゃないのに文句の一つも言わずにやってくれて。役作りだって大変なのに……。撮影がおして夜中になった時でも泊まり込みでやってくれたり、オフの日も休日返上で作業してくれているんです。そろそろオーバーワークになるんじゃないかって、スタッフ皆心配してるんですよ」
そう言う真柴は困ったように眉を寄せた。
あの日以来撮影以外の話しは全くできていなかったのだが、まさか自分がオフで呑気に東雲と話をしている間、雪之丞は一人で作業をしてくれていただなんて想像もしていなかった。
ここ最近は、通常の撮影に加えてお正月用特番などの収録を入れ込んだりすることも多く、帰りが深夜を回ることも珍しくなかった。早朝から夜遅くまで撮影に参加し、その後でCGの調整を一人で頑張ってくれていただなんて。確かに最近、雪之丞は疲れているように見えた。
けれど、それは、自分との関係がギクシャクしているのと、詰め込まれた緻密な撮影スケジュールのせいだと思い込んでいたのだが、まさかそんな事情があったとは。
グラフィック関係をほぼ押し付けるような格好になってしまって申し訳ないと思っていたのだが、まさかそこまで無理をしていたなんて露ほども思っていなかった。
「中に入れるかな? 雪之丞に渡したいものがあるんだけれど」
「置いてある書類などに触れなければ、大丈夫だと思いますよ?」
「そうか。ありがとう」
真柴に礼を言うと、蓮は足早にスタッフルームへと向かった。
ドアを開けると、そこにはPCに向かって黙々とキーボードを打つ雪之丞の姿があって、蓮は一瞬躊躇したが意を決して声を掛けることにした。
「……雪之丞」
「ふぁあ……って、れ、蓮君!? え、ごめっもうそんな時間だった!?」
丁度伸びをしたタイミングで後ろから名前を呼ばれ、驚いたのだろう。椅子をガタンと鳴らして振り返った雪之丞は、焦った様子で時計を確認をする。
時刻は6時30分。集合時間まではまだまだ時間は沢山ある。
「すまない。気を散らせてしまったかな? 実は、いくつか試して貰いたいコードがあるんだ。上手く行けば、ロックが解除できるかもしれない」
一体何時からやっているんだろう。色々と聞きたい事はあったが、まずはコッチが先だと東雲から貰ったパスワードをそっと雪之丞に差し出すと、どういうことかと紙と蓮を交互に見比べ訝し気な表情を見せる。
「……これ、なに?」
「見ればわかるだろ。この間バーで会った探偵が調べてくれたヒントだよ。この中のどれかが当て嵌まるだろう。ってさ」
紙には、二人の誕生日の他に、アルファベットと数字を組み合わせたような文字列がいくつか書かれている。
一体どうやってこんな複雑な文字列を手に入れたのか聞いてみたが、それは企業秘密だと言って教えてはくれなかった。
「……まぁ、一応やってみるよ。解除されたら作業もだいぶ楽になるし」
半信半疑と言わんばかりの表情を浮かべながら、紙を受け取ると雪之丞はパソコンに向き直り流れるような速さでコマンドを打ち込んで行く。
パソコンの前に居る時の雪之丞は眼鏡を掛けていて、普段自分がいつも見ている彼とはまるで別人のような雰囲気を醸し出している。
アクターとして一緒に仕事をし始めてから随分経つが、こうやってデスクワークをしている姿を見るのは初めてで何となく新鮮な感じがする。
一つ、また一つと試していくがどうにも上手くいかないのか、雪之丞が諦めにも似た溜息を吐いた。
(東雲くーん!!、マジかよ。全滅って事はあり得るのか!? そんな事一言も言って無かったのに)
「……次でラストだよ」
「あ、ぁあ」
雪之丞の言葉に、思わず息を呑む。ゆっくりと打ち込まれていくのは一番最初に東雲が教えてくれた二人の誕生日を組み合わせたシンプルな数字の羅列だった。
「……あ……っ」
最後の文字を打ち終わり、エンターキーを押した途端。画面上で今までびくともしなかったロボットが急に動き出し迫力のあるエフェクトと共に必殺技が炸裂した。
「やった! 蓮君、動いた! 動いたよ!!!!」
興奮した様子で立ち上がり、蓮の手をギュッと握りしめて喜ぶ雪之丞は、ハッと我に返ったのか急に手を離し、ごめん。と眉を寄せて切なげに謝った。
「雪之丞……」
「ご、ごめん。つい嬉しくて。蓮君は全然悪くないのに、俺、なんか、その、変な反応してごめんね」
そう言って、今度は少しだけ寂しげな笑みを浮かべる。
「謝るなよ。僕達友達だろ? 嬉しい時は素直に嬉しいって喜んでもいいんじゃない? 僕も、この目で見れて凄く嬉しかったし。それに、最後のパスワード迄違ってたらどうしようって凄く不安だったから」
「……っ、友達……。そっか、そう……だよね」
蓮の返事に、何故か雪之丞は酷く傷ついたような顔をした。どうしてそんな顔をしたのかわからず戸惑っていると、雪之丞は誤魔化すように笑顔を取り繕う。
「そう言えば蓮君、今日は早いね。何かあったの?」
「いや、何かあったとかじゃないんだ。早くその紙を雪之丞に渡したくってさ」
ナギに早く会いたかったから。と言う本音は飲み込みつつ答えると、雪之丞の頬に赤みがさすのがわかった。
「そ、そうなんだ。……ありがとう」
「うん。それじゃあ僕は戻るよ。まだ準備もあるしね」
「あ、そうだね。引き留めてごめん」
「いいよ。雪之丞の顔も見たかったし」
「~~っ、そう言う事サラッというのやめてよ。恥ずかしいから」
最悪。と、口を尖らせて複雑そうな顔をする雪之丞にまた後でと、挨拶をして部屋を出る。
更衣室へと向かう間、何気なくメッセージアプリを開いてみるがナギからの連絡はなく。蓮は少し残念に思いつつスマホをポケットに仕舞った。
雪之丞の居た部屋を出て長い廊下を歩いていると、コンビニ袋をぶら下げた弓弦が反対側から歩いて来るのが見えた。
「おはようございます。珍しいですね、蓮さんこんな早くに」
「あぁ。雪之丞にちょっと用事があってさ」
「棗さんに? ……そう、ですか」
そう言って、弓弦は視線を彷徨わせて口籠る。
「どうかしたのかい? もしかして僕が来ちゃマズかったかな」
「いえ、そんな事は無いです……。ただ、珍しいなと思っただけですよ。では」
それだけ告げると、弓弦は足早に雪之丞のいる部屋へと向かって行った。
「珍しいって。そんなに、かな」
まぁ、ここ最近は特に仕事のこと以外では接しないようにしていたし、グラフィックの事なんて自分にはわからないから近寄らないようにはしていたけれど。
逆に、彼はそんなに足しげくあそこに通っているのだろうか? そう言えば、いつもの取り巻き二人組が居なかった。
朝は別行動なのか? そんな事を考えながら、荷物を置きに向かっていると丁度、東海と美月が二人並んでこちらに歩いて来ているのが視界に入った。
「おはよう。二人共早いね」
「……アンタがいつも遅いだけじゃん? 今日は随分早いみたいだけど。台風か地震でも来るかな」
相変わらず口の減らない東海に、引きつり笑いで返し、美月の方をチラリとみる。
「そう言えばさっき、草薙君に会ったけど、一緒に行かなくて良かったのかい?」
「あぁ、ゆきりんの所でしょう? ゆきりん最近ずっと詰め込んでるみたいだから……」
「最近は毎朝、説教食らわせに行ってるよね。あんま効果ないみたいだけど」
「説教……」
弓弦が雪之丞を叱っている図が中々想像出来ず、首を傾げると、二人は顔を見合わせて呆れた様に溜息を吐いた。
「説教って言うのはちょっと語弊があるかもしれないけど、ゆづはゆづなりに心配してるのよ」
「心配、ねぇ。『また徹夜してんですか? あまり根詰めると体調を崩しますよと何回言ったらわかるんですか!? ちょっと! 笑って誤魔化さないで下さいっ!』って、この間めっちゃ怒ってたけどな」
「……それは、確かにお小言だね」
東海の物真似がとてもよく似ていたので、どんな雰囲気なのかが想像できてしまい思わず苦笑してしまう。
「まぁ、ゆづは誰に対してもそんな感じなんだけど」
「棗さんは、自分の事に無頓着過ぎるんだよ。何でそんなに追い詰めてるのかわからないけどさ。少し前に聞いた時は、何もしてないと辛い事思い出しちゃうからって言ってたけど……」
「……」
彼のあの時の表情を思い出すと、胸の奥にモヤっとしたものが広がる。
雪之丞の目の下にクマが出来ていた事には気付いてはいたが、まさかそんな無茶をしていただなんて。
(やっぱり、僕のせい……だよな……)
自分の伝え方が拙かったのだろうか? もっと上手くフォロー出来る方法は無かった?
あの時は、アレが最善だと思っていたけれど本当はもっといい方法があったんじゃないだろうか?
「ま、ゆきりんの事はゆづが何とかしてくれると思う。 何のことかわからないけど、ゆきりんには時間が必要だとかなんとかゆづが言ってたし」
「そっか。時間か……」
失恋の痛みを忘れるには、新しい恋が一番だと良く聞くが、それが一番難しい。忘れようと思っても、ふとした瞬間に蘇り、その度に心を締め付ける。
それは……。その感情だけは、よく覚えている。
「ふぁあ……。おはよー。って、何やってんの?みんなしてこんなとこに集まって……?」
呑気な声がして、振り返る。あくびをしながら現れたのは、ずっと待っていた人物で。
蓮は、思わず駆け寄り抱きしめたくなる衝動を抑え、いつも通りに声をかけた。
「おはよう、ナギ。寝ぐせ付いてるよ」
「えー? うそっ、どこ?」
「ほっぺ。右の方」
「……いやいや、そんなとこに寝ぐせなんて付くわけないじゃん!」
蓮の指摘に、ナギが何言ってるんだよと言わんばかりに苦笑する。その表情を見ていると、裏で起きている色々な事すらどうでもよく思えて、そっと手を伸ばし右の頬に掛かる髪を耳に掛ける。
「ホントだって。僕が嘘吐いたことあるかい?」
柔らかい髪を撫でながら微笑むと、ナギは一瞬目を丸くしたがすぐにへにゃりと顔を崩した。
「……やだ、なんだか見ちゃいけないもの見た気がする」
「オ、オレっ先に着替えてこよーっと」
「…………」
いつの間にか戻って来ていた弓弦を含む三人は、まるで示し合わせたかのようにその場を離れて行く。
「もー、お兄さんのせいで変な気を遣わせちゃったじゃないか!」
「僕だけのせい? ナギだって嬉しそうな顔していたくせに」
「~~っ、そ、それはっ……そう、だけど……っ」
自分一人が悪いような言い方をされて、ムッとして言い返すとナギは、口を尖らせて言い淀んだ。
そんな姿でさえ可愛らしく見えるのだから、本当に自分はどうかしている。
「とにかく!人前では絶対にやめて! ただでさえあの動画が出回ってから、色々聞かれることが多いんだから。誤魔化すの大変なんだよ!?」
動画の件を出されたら反論の余地はない。ズルいなぁと思いつつも、渋々と引き下がる。
だが、ただで引き下がるのは惜しくて、拗ねたフリをしてナギの肩に頭を乗せ、甘えるようにすり寄った。
「……わかった。じゃあ、誰もいない時はいいんだね?」
「そういう問題じゃ……って言うか、人の話聞いてた?」
「聞いてるよ。ちゃんと……。ねぇ、ナギ」
「……っ」
耳元で低く名前を呼ぶと、ビクッと肩を震わせる。そのまま耳たぶに唇を寄せれば、面白いくらい身体が跳ねた。
「ちょ、ちょっと待って。ここ廊下……。それに今から撮影だし」
「大丈夫。今は誰も居ない。だから、少しだけ。ね?」
耳に息を吹きかけるように囁くと、ハッとしたようにナギが手の平で蓮の顔を押し返した。
「なに?」
「なに? じゃない! 何しようとしてんの!」
「キスして欲しそうな顔してたから」
「はぁ!? し、してないからね!? ぜんっぜん!」
ナギが無理やり蓮を押し退けて距離を取ろうとするので、腕を引いて振り向かせ、腰を抱いて距離を詰める。
「俺がして欲しそうなんじゃなくって、お兄さんがキスしたくって堪らないんでしょ」
「あぁ、そうだね。ナギの顔を見てたら凄く濃厚なキスしたくなっちゃった。だからいいだろ?」
「よくない! 全然良くないから!」
顔を真っ赤にして抵抗するナギを、壁際まで追いつめ、逃げられないようにして、顔を近づけていく。
咄嗟の事で避けられないと悟ったのか。ナギがぎゅっと目を瞑った。
ほんの冗談のつもりだったのだが、キスを待っているみたいな表情に思わず顔がにやけてしまう。
(……かわいい)
いつ気付くかとその様子を観察していると、流石におかしいと思ったのかナギがうっすらと目を開けた。
どうやら揶揄われたらしいとようやく気付いたナギが、眉間にシワを寄せる。
恥かしいやら腹立たしいやら、色々な感情が渦巻いているような表情でキッと睨まれて笑いが込み上げてくる。
「もう! 馬鹿な事してないでさっさと――っ!」
蓮を押し退け、立ち去ろうとしたナギの動きがぴたりと止まる。何事かと思ったら、物陰から雪之丞を加えた4人のつぶらな瞳がジッとこちらを見つめていた。
「……」
「……」
「「「「……」」」」
無言で見つめられ、居心地が悪くなったナギがチラリと蓮を見る。
「……お兄さん」
「……うん」
「……今の、なかったことにしない?」
「いや、無理だろ」
思わずツッコミを入れてしまい、ナギが絶望的な顔になる。
「はぁ、なにしてんだよオッサン。熱すぎて引くわ」
「ほんっと、見せつけてくれるわよねぇ。やんなっちゃう」
わざとらしくパタパタと手で仰ぎながら呆れた声を上げる東海と美月とは対照的に、ブルーコンビの表情は硬い。
「……ボ、ボク先に行くね」
何と表現したらいいかわからないと言った複雑な顔をして、雪之丞は逃げるように去って行き、慌ててその後を弓」弦が追っていく。
去り際に弓弦から舌打ちされたような気がしたのは、多分気のせいじゃないだろう。
「――そんなところで何をしている?」
微妙な空気を裂いたのは、低く威圧感のある声だった。振り向くと、兄である凛が訝し気な顔をして一同を見つめていた。
「あ! 凛さん! おはようございます! 聞いてくださいよ、この二人朝っぱらからイチャイチャして……」
「お、おいっ!」
慌てて東海のわき腹を小突く。これ以上余計なことを言われてはたまらない。
「……」
だが、時すでに遅し。
「……ほう?」
底冷えするような声と共に、凛の視線が自分とナギの方へと向けられ突き刺さる。
「あー……。えっと……」
その冷たい眼差しに思わず口ごもると、凛はくるりと背を向けた。
「……話は後でじっくりと聞かせて貰おうか。蓮」
「は、はい……」
有無を言わせない迫力に、思わず返事をすると凛はそのままスタスタと歩いて行ってしまう。
「あーあ。怒らせちゃった」
「って! はるみんが余計な事言うからだろ」
「だから、はるみんって言うなって言ってんだろオッサン! オレは嘘は言ってないもん」
「もんとか言ってんじゃねーぞ、クソガキ」
相変わらず憎まれ口を叩く東海にイラっときて、頭を軽く叩こうとしたが避けられる。
「まぁまぁ、二人とも。御堂さん来ちゃったって事はとりあえず撮影始まっちゃうし、そろそろ行こう?」
見かねた美月に宥められるが、このままでは収まりがつかない。
「……そうですね。まずは目の前にある仕事を片付けましょう」
弓弦は何か言いたげに蓮たちを見たが何も言わず、そのままスタジオへと入っていった。
「なんか、この間から草薙君に見られてる気がする」
「え? そう? 俺には普通だけどな……?」
「そっか……。気のせいかな?」
「気のせいだよ。それより行ってくる。俺らの方が先だしね」
「…ん。ナギ……」
ちゅっと額に一瞬触れるだけのキスをすると、ナギが目を丸くして固まった。
「頑張って」
「~~ッ、そう言うの、駄目だって言ってんのに……」
そう言いつつも何処か嬉しそうな表情を浮かべてナギが呟き、手を振ると照れ隠しなのか早足でスタジオに入っていく。その背中を見送っていると、後ろからトンっと誰かにぶつかった。
振り向くと、そこに立っていたのは雪之丞で。
「……はーぁ。ほんっと、やんなるなぁ」
大きなため息を吐いて、雪之丞はぽつりと小さく言葉を漏らした。
「え? 何か言った?」
「……ううん。なんでもない」
だが、それは独り言のように小さかった為、誰の耳にも届く事はなく、雪之丞は何でもないと小さく首を振り何処か切ない表情で蓮の顔を見た後、去って行った。
「……?」
「オッサンの鈍感さは、スカイツリー並みだね。ある意味すげーわ。尊敬する」
背後で一部始終を見ていた東海が、やれやれと肩をすくめる。
「あんま人前でいちゃ付いてると、ガチでスクープ抜かれるかもだから気を付けた方がいいぜ」
「スクープって、まさか。そんな大げさな」
「はー。オッサン、マジ? ほんっと、なんも知らねぇのな」
心の底から信じられないと言う顔で、東海にまじまじと見つめられ、何の事だと首を傾げる。そんな蓮の様子を見て、東海の口から更に深いため息が漏れた。
本当にこの男は、自分の置かれている状況がわかっていないとでも言いたげな態度に若干イライラが募る。
「あのさぁ、アンタらの動画結構バズって大変だったんだよね。まぁ、騒いでんのはほんの一部の大きいお姉さんたちなんだけど。その後に公開した草薙君の動画の効果も相まって、視聴率はうなぎ登りって話だし」
「え……」
「まぁ、視聴率アップって面で言えば、当初の目的どうりなわけだしいいんだけどさ……、同時にマスゴミに狙われる対象になりやすいって事は覚えておきなよ」
確かに、さっきも動画を投稿した直後から蓮たちの事を探ろうとする輩がかなり増えたとナギがぼやいていたような気がする。
個人の性癖に口を出すなと言ったって、そんなのお構いなしに面白おかしく叩くのがマスコミだ。
目を付けられているのだとしたら、確かに気を付けなくてはいけない。
「そうだったのか。……うん、肝に銘じておくよ。ありがとうはるみん」
「別に。アンタの為じゃない……。せっかく頑張ってんのに変なスキャンダルで注目浴びるのは不本意だし、アイツが絶対悲しむから……」
最後は消え入りそうな声でブツブツと文句を言いながら、ふいっと視線を逸らし蓮が口を開く前に走ってスタジオへと行ってしまった。
なんだかんだいっても、結局のところ面倒見のいい男なのだ。
少しだけ微笑ましく思いながらも、自分も早く向かわなければと足を早めた。