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「うーん」
蓮たちが撮影を終えて控室へと戻った時、部屋の隅でうなり声が聞こえた。
振り返ると、椅子に座った美月がスマホを片手に渋い顔をしている。
その横では弟の弓弦が心配そうに姉の顔を覗き込んでいて、その異様な光景に蓮は思わず首を傾げる。
「どうかした?」
「あ、蓮さん……その……」
蓮に声を掛けられた美月は一瞬気まずそうに顔を背けた後、意を決したように口を開いた。
「実はね――動画企画のネタに行き詰まってて」
美月はスマホの画面を蓮に見せる。そこには視聴者から寄せられたコメントやリクエストが並んでいた。
「戦隊の裏側もっと見たい!とか、必殺技の再現見たい!とかは多いんだけど……ずっとそればっかりだと飽きられちゃうでしょ? かといって、ナギ君の時のようなどっきり早々あるわけじゃないし」
弓弦も真剣な顔で頷く。
「小鳥遊さんの時のようなインパクトのある動画って早々出来るものじゃないですし……。もっと企画の幅を広げないと。今は勢いがあるからこそ、次に何を見せるかが重要になってきますよね」
「そう! 視聴者の中にはああいう嬉しいサプライズが見たいって言う人も沢山いて……」
スマホの画面をスクロールしながら美月が力なく微笑む。どうやら視聴者の意見や動画の分析を色々していたようだ。
「ネタ切れかぁ。確かに、インパクトがあって面白いサプライズなんて簡単に作れるわけないしね。あの時だって、俺、完全に油断してたもん」
ナギが椅子にだらしなく座りながらぼやく。
「まさかドアの向こうから半裸のイケメン出てくるなんて誰も思わねぇでしょ。確かにあれはインパクトあったよな」
「アタシもびっくりしちゃった。でもまぁ一発目がアレでよかったのかも? あのイケメンは誰!? って、不本意だけど興味を持ってもらえるきっかけにはなったわけだし? 事実、今までUPしてきた動画の中では一番の再生数なのよね」
「……それ、素直には喜べないなぁ……」
苦笑してぼそりと呟けば「自業自得じゃん」と、すかさず東海から厳しいツッコミが飛んでくる。
確かにそうかもしれないが、掘り返されるとなんだか妙に気恥ずかしい。
「……でも、次もあんなドッキリやれって言われても無理だしなぁ」
ナギが頭をガシガシかきながらぼやく。
「……確かに。インパクトがあって、視聴者を飽きさせないもの……」
再び重い空気が漂い始め、「うーん」と五人が同時にうなり声をあげた。
その時。
「あ、あのさ……」
蓮の背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきて、一斉に皆の視線がそちらへと集中する。
「なにか思いついたのか? 雪之丞」
「え? うん。でも……えっと……。いや、でも……ボクみたいな奴が偉そうに意見するのも……」
「棗さん大丈夫です。今はどんな小さなアイディアでも欲しい。だから、ね?」
煮え切らない態度の雪之丞に対し、弓弦が苦笑しつつそっと彼の背中を押した。
「……ボクみたいなって言うけど、そんな謙遜する必要ないって! 棗さんはもっと自分に自信もっていいって」
「そうよ、ゆきりん。今、本当に困ってるの、だから思いついたことがあったら何でも言って!」
その場に居た皆が彼を励ますように声を上げる。
しばらく黙り込んだ後、彼はようやく意を決したように口を開いた。
「だったら――……この間、たまたま見掛けたんだけど、銀次って言う配信者知ってる? 特撮ヒーローものが大好きな若い子で、視聴後の考察とか、あと動きを真似してみた。とかやってる子なんだけど……。獅子レンジャーのファンを豪語してくれてるし、コラボとかできないかなぁ?って……」
雪之丞がおずおずとスマホの画面を見せると、それを見たメンバーは「あっ」と声を上げた。
「銀次知ってる! この人、動きが微妙にずれてて、でもそこがなんか面白いって言うか。でも、キャラの考察とかも上手いし、獅子レンジャーの魅力をめっちゃ紹介してくれてる人だ」
画面を覗き込んだナギがガバッと起き上がり、目を輝かせた。
その横で東海や美月も次々と賛同の声を上げ始める。
「あぁー! あの人知ってる。獅子レンジャーの考察の動画作ってくれてたよね」
「あぁ。確かあれもかなりバズってたよな。俺、毎回チェックしてる」
「アタシもファンだってコメントくれた人達から教えてもらったのよね。この動画凄いって。でも、コラボかぁ……。そう簡単にいくかなぁ?」
「姉さん。私たちの撮影はいつだって困難ばかりじゃないですか。……私は、コラボ企画面白いと思いますよ? それに、この人……登録者数40万人ですよ? 上手くいけば獅子レンジャーの新規登録者数の増加も見込めるかもしれません」
珍しく嬉しそうに目を輝かせる弓弦の横で、東海とナギも確かに。と頷く。
「確かに。新規の登録者数が増えれば視聴率アップにも繋がるだろうし、なにより収益化出来れば万々歳だ。すごいな雪之丞! いいよ、それ!」
「……っ、あ、ありがとう……」
「じゃぁ決まりね! 後は、どうやって彼にコンタクトを取るか……よねぇ」
「普通にDM送ってみればいいんじゃね?」
「確かに。それが一番かもしれないね」
「……その話、俺に任せてくれないか?」
「!?」
突然割って入ったその声にその場にいた全員が勢いよく声のした方を振り返る。
そこにいたのは腕を組んで壁にもたれている凛の姿だった。
「え? 凛さん、いつの間にここに?」
「ついさっき」
そう答えながら室内に入ってくると、ひょいと雪之丞のスマホを奪い取り画面を確認する。
「銀次と言ったか。実は前々から気にはなっていたんだ。いいだろう。コラボの話は俺の方から持ち掛けてみよう。もし彼がいい返事をくれたら、詳細についてはお前たちに一任する」
そう言うと雪之丞にスマホを返し、小さく息を吐いた。ほんの一瞬だけ、目が合った気がしたが、すぐにふいっと視線が逸らされる。
「……っ」
気のせいだったのだろうか。その視線があまりにも冷たく感じたのは。
「凛さん自ら直接……?」
「まさか、脅しに行くんじゃないよな?」
「……まさか……ねぇ」
コソコソと三人が言葉を交わす横で、弓弦が「御堂さんなら有り得ますね」と苦笑した。
「失礼な連中だな。まぁいい。とにかく今日は解散だ。次回は三日後だったな? 遅刻はするなよ」
そう釘を刺して控室を出て行った。残されたメンバーはしばらく呆然としていたが、やがて我に返り顔を見合わせる。
「……なんか意外だったな……。凛さんがコラボ企画に乗るなんて。もしかして、思ったよりも企画が順調じゃないから……?」
美月の呟きに、誰もすぐには返事をしなかった。
蓮だけは――さっき交わった視線の冷たさを思い出し、胸の奥に妙なざらつきを残していた。
それから3日後。今日は撮影予定の日だが、時間になっても凜は姿を現さなかった。
いつも10分前集合を全員に課している彼が遅刻するなんて珍しいことだ。
「凜さん遅いね」
「……いつもだったら一時間以上前から待機してるのに」
「まさか事故に遭ったとか? おい、オッサン。何かしらないのかよ」
不安そうにしている雪之丞に対し、同じく心配そうな顔で答えたのは美月だ。他のメンバーも落ち着かない様子であちこち見渡している。
「僕もさっきから連絡してるんだけど、繋がらないんだ」
「え? それ、大丈夫なの? 凛さん、時間間違えたとかの可能性は?」
「ナギ。それはないと思う。兄さんは現場が何よりも好きな人だから」
それだけは断言できる。彼は何よりもこの空間が好きな筈だ。時間を違える筈はないし、もし仮に時間の変更などがあれば連絡の一つくらい寄越すはずだ」
一体、どうしたというのだろう? 不安に思いながら既読のつかないトークアプリを睨みつけると、蓮はそわそわと落ち着かない気持ちで控室の椅子へと腰かけた。
しばらくすると扉が開き、待ち望んでいた人物の姿が見えた。
「すまない。お前たち、遅くなって悪かった」
「あっ、凛さん!」
「どうしたんだよ! 遅刻なんて珍しいじゃん!」
遅れて到着した凜はどこか疲れた様子だった。眼鏡がズレているし、髪の毛も少し乱れている。それに目の下にうっすらと隈ができているようで顔色も悪い気がする。
「兄さん、大丈夫なのかい?」
「……問題ない。ちょっとした表現力の違いというヤツだ」
「え?」
表現力とは? 蓮の頭の中に疑問符が沢山浮かんでくる。
凜は、コホンと咳ばらいを一つすると、集まったメンバーたちを見渡し、改めて遅れたことへの謝罪を告げた。
「改めて。お前たちには本当に申し訳ないと思っている。遅れてすまなかった。だが今回はどうしても外せない案件があった為、遅くなった」
「外せない案件? 」
「あぁ。――紹介しよう。もう入って来てもいいぞ」
その言葉に皆の表情に緊張が走った。
一体どんな人物がやって来るのか、固唾を呑んで見守る中、凛の後ろから現れたのはスラリとした長身の男。
細身でツーブロックがよく似合うクールな印象。年の頃は20代前半くらいだろうか?
「――え……っ」
一昔前に自分が好きだと思っていた男に良く似た風貌に、蓮は思わず目を見開いた。
「初めまして。えーっと……銀次です。先日、御堂さんから直接コラボ企画のお声がけをいただいて、喜び勇んでやってきました。こうして皆さんに会えただけでも嬉しいっす」
そう言って、銀次は慣れた様子で綺麗に一礼をする。その名前にすかさず反応したのは美月だった。
「えっ!? 銀次って、最近動画配信でよく話題になってる、あの銀次さん……? 凛さん本当に連れて来ちゃった」
「ハハッ、すっげ! 本物だ……。御堂さんやっぱすっげ!」
美月の言葉に、興奮を抑えきれず東海が飛び上がるように立ち上がる。
「すごいです。この度はわざわざ足をお運びくださりありがとうございます」
弓弦が丁寧にお辞儀をすると、美月と東海もそれに倣うようにして頭を下げた。
「わわっ! 本物の草薙弓弦だ!! やっばっ! そんな畏まらないでください。俺の方こそ有名な方達とコラボ出来ると聞いてワクワクして来たんですよ」
緊張した様子もなく自然体で答える青年を蓮は複雑な面持ちで凝視していた。
見れば見るほど、長い事恋を拗らせていた相手にそっくりだと思った。吊り目で鋭い眼光。身長こそ銀次の方が高いが、似ていると言うよりは、双子か兄弟かと思わせる程の相似だった。
「……お兄さん? 大丈夫?」
余程ジッと彼を見ていたのだろう。自分ではそんなつもりは無かったが、心配そうにナギに手を握られてハッとしてそちらを見る。
「だ、大丈夫。何でもないよ……。あの人が、ちょっと昔の知り合いに似てて驚いただけだから」
「ふぅん?」
大丈夫。なにを動揺しているんだ。彼はあの人なんかじゃない。 落ち着け、落ち着けと何度も自分に言い聞かせ深呼吸を繰り返す。自分にはナギが居る。他の男なんてもうどうでもいいだろう。
そうは言っても、実際、目の前に現れて堂々とされると少々心臓に悪い。手にはじっとりと汗をかき、指先が僅かに震えていた。
「今日遅れた原因って、俺なんですよ。凛さんから15時10分前に来て欲しいって言われていたので、15時5分に来たんですが……。まさか10分前が、15時の10分前だなんて思わなくって……」
「あぁ、それ俺も業界入ってすぐの時よくやってた! 10分前って言ったらそうだよねぇ?」
「え……? そ、そうなのかい?」
ナギの言葉に、蓮は驚きを隠せずにぱちぱちと瞬きを繰り返す。凛からは10分前に来るのは常識だと教え込まれて育ったのだ。
「蓮君、これが俗にいうジェネレーションギャップって言うやつだよ」
何かを察した雪之丞に肩を叩かれ、頬が引きつる。これは世代間による考え方の差と言うものらしい。
「あー、まぁ……そういうわけだ。コラボの方向性の話は此処に居る美月君がメインで担当してくれているから、時間を見て調整してほしい。 今日は場の空気に慣れてもらう為に来てもらったんだ。ゆっくり見学していってくれ」
「はい! わかりました。俺、皆さんの作った動画大好きで、何というかスタッフとキャストの皆さんが和気藹々としてるのを見るとほっこりするというか……。なので、もっと皆さんの魅力が伝えられるような企画、考えますね!」
銀次がぺこりとお辞儀をする直前、彼と目が合い、スッと目が細められドキリと心臓が跳ね上がる。
まさか、まじまじと見ていた事がバレてしまったのだろうか。何となく気まずさを感じ、思わず目を反らしてしまった。
一体自分は何をやっているのだ。初対面の相手にこんな態度を取ったら失礼だろう。
だが、蓮の不安をよそに銀次はたいして気に留めた様子もなく、周囲に集まって来た仲間たちと楽しそうに談笑している。さすがは人気配信者。人の輪に溶け込むのが早い。
「それは心強いですね。撮影の合間にしてた配信も、銀次さんが来てくれるとなると更に賑やかになりそうで、楽しみです」
弓弦が嬉しそうに言うと、銀次も釣られて微笑む。彼はどうやら人当たりは良いらしい。ナギ程ではないが、人懐っこい笑みにみんなの警戒心が少しだけ薄らいだ気がした。
「ね、お兄さん。コラボ楽しみだね」
「えっ? あ、あぁ。そう、だね」
「あの銀次って人もいい人そうだし?」
「……うん。僕もそう思う」
「……お兄さんは、嬉しくない?」
ナギに問われて一瞬息が詰まりそうになった。
嬉しくないわけではない。 コラボ企画が成功すれば、きっとメンバーたちにとっての自信にも繋がるし、なにより、彼らをもっと知ってもらえる。それは喜ぶべきことだ。
だが、彼の外見がどうしても過去を想起させてしまう。
「嬉しくないわけないだろ? 少しずつ成功への道しるべが出来てきたんだ。これはチャンスだと思ってるよ」
「……何か、隠してることあるでしょ」
「……っな、あるわけないだろ? 何を言って……っ」
「お兄さんってさぁ。嘘を吐くとき、いっつも左耳を触るよね」
「……なっ」
指摘されて初めて気づく。確かにナギの言う通りだった。どうやら無意識のうちに耳朶に触れてしまっていたらしい。慌てて手を離すがもう遅い。ナギが蓮の様子を見て僅かに眉根を寄せた。
「ねぇ。お兄さん。何かあるなら教えて。一人で抱え込む必要はないって言ったよね?」
「だから、何も無いって……っ」
「嘘吐かないで」
「―――……っ」
ジッと見つめられて言葉に詰まる。どう説明していいかもわからないし、どうやったら誤解を生まずに済むのかを考えようとしても上手く言葉が見つからない。
「と、とりあえず……。詳しい話は僕の家で話そう」
「約束だよ?」
「……わかってる」
ようやく納得してくれたのか、ナギは小さくため息を吐くと小さく肩をすくめると控室から出て行ってしまった。その後を追いながら蓮は小さく息を吐く。
……とにかく、今は撮影に集中しよう。
そう言い聞かせて蓮は自分の順番まで台本をもう一度確認するべくメンバーの輪の中へと向かって行った。
その視線の先で、銀次が笑顔でナギや美月と話している。
無邪気に笑っているだけのはずなのに――。
なぜか、その姿が心の奥底をざわつかせて仕方がなかった。
風呂上がりの濡れた髪のまま、ナギはソファに座る蓮の隣にドカリと腰を掛け、彼の肩に寄りかかった。
ふわりとシャンプーの香りが鼻孔をくすぐり、ドキリとする。
「ちゃんと髪乾かさないとダメだって、いつも言ってるだろ?」
「んー、めんどい。お兄さん乾かして」
「……ったく、仕方ないなぁ」
甘え上手な年下の恋人に小さく笑い、ナギの髪に触れ、首に下げたタオルで優しく水気を拭き取っていく。
柔らかい髪は絹のように滑らかで、艶のある感触にうっとりと目を細める。自分の髪とは全然違う触り心地だ。
「ナギって、髪まで綺麗なんだな……」
「フハッ、何それ」
蓮の言葉に、ナギがくすぐったそうに笑みを零す。そして自分の髪を触る手を掴むと、それをぎゅっと自分の頬に押し当てた。
「お兄さんの手の方が綺麗だよ。努力してる人の手って、なんか特別な感じがして好き……」
甘えるような仕草で掌に頬を摺り寄せるナギの姿は、まるで飼い猫のようだ。
自分の前でだけ晒される無防備な姿にドキリと鼓動が高鳴る。
彼が自分に心を許してくれている優越感が堪らなく嬉しくて、そのいじらしさに蓮は目を細めた。
「ナギ……」
「あ! そう言えばさ……。お兄さん、昼間の話覚えてるよね?」
旋毛にキスを落とそうとしていた唇がぴたり、と止まる。急に改まった調子で言われてしまい、蓮は気まずそうに身じろいだ。
「銀次君を見てた時のお兄さんの態度、明らかにおかしかったでしょ。知り合いってわけでも無さそうだし……」
ナギは本当によく見ている。驚きを隠せない蓮が目を瞬いていると、ナギは顔を上げて蓮の頬を両手で包み込み、じっと瞳を見つめてきた。
「ねえ、どういう事?」
問い詰めるような視線に射抜かれ、蓮は気まずそうに頬を掻いた。
「……それは……。ええっと、昔好きだった人にあまりにも似てたから、ちょっと驚いただけ。彼とは何の関係もないし……今はもう吹っ切れてるから」
「本当に?」
ナギが疑うのも無理はない。銀次を目の当たりにした時、自分でもらしくないと思うほど明らかに挙動不審だった自覚はある。
だが、これ以上彼に隠し事を増やしたくはない。
蓮は観念したように溜息を吐くと、苦笑いを浮かべて頷いた。
「本当だよ。びっくりしすぎて動揺してしまったけど、彼とは顔立ちが似てるだけで全然別人だってわかってるから。それに、アイツの顔だけが好きだったわけじゃないし」
「……そっか」
ナギはまだ何か言いたそうにしていたが、蓮の素直な返答にホッと安堵の溜息を零すと甘えるように頬を摺り寄せて来た。
「だったら、いいや。 銀次君がお兄さんに迫ってきたらどうしようとか色々考えちゃった」
「流石にそれは無いだろ」
苦笑いした蓮がナギの髪をくしゃりと撫でる。サラサラと指の隙間から零れる銀糸は絹のように滑らかで、いつまでも触れていたくなる。
「そうだね。うん……。大丈夫。大丈夫だよね……」
何か思うところがあるのか自分に言い聞かせるようにナギは小さくそう呟くと、ナギはちゅっと音を立てて蓮にキスをしかけてきた。
「ごめん。俺、みっともないよね」
「ハハッ、みっともなく無いよ。……ナギに沢山愛されてるんだってわかって嬉しかった」
「そりゃそうだよ。俺はお兄さん一筋なんだから。天然タラシな恋人がいると苦労するんだよ?」
「酷いなぁ。僕だって、君一筋なのに」
「今は、でしょ?」
悪戯っぽく微笑むナギに蓮も柔らかく微笑み返す。蓮はナギを抱き寄せながら、そっと笑みを零した。
「……今も、これからも。僕はずっと君一筋だよ」
その言葉に安堵したように目を細めるナギを見て、胸の奥に温かな光が灯るのを感じた。
「ふっふっふ、じゃぁみんな準備はいい? せーので引くわよ?」
楽しげな含み笑いを浮かべ、美月がくじ引きの箱を差し出して来る。メンバー全員が集まって輪になり、箱に手を入れてくじを引く姿は中々シュールな光景だ。
傍から見れば遊んでいるようにしか見えないだろうが、これも立派な次の動画の企画会議である。
「どうしよう、なんだか緊張して来た」
「大丈夫ですよ。棗さん」
くじを握りしめたまま、プルプルと震えている雪之丞の手を弓弦がそっと握る。
その表情は真剣そのもので、まるでこれから手術に臨む患者を見守る医者のようだ。
その横では、東海とナギが手を組んでどうか当たりませんようにと祈りを捧げている。
「はは、みんな大袈裟だなぁ。たかがドッキリを仕掛けるだけだろう?」
「たかが、じゃない! 仕掛ける相手が悪すぎるよっ、ターゲットは凛さんだよ!? 絶対ヤバいって」
呑気に笑う蓮に抗議するようにナギが声を上げ、それに同調するように全員がウンウンと頷く。
「もー誰よ、御堂さんに寝顔ドッキリしかけるなんてカード入れたのは!」
美月が頭を抱えて叫ぶと、全員の視線が一斉に蓮に突き刺さる。
その鋭い眼差しに、蓮は思わず怯んだ。
「えぇ……なんで僕が悪いみたいになってるんだよ。僕じゃないって」
「まぁ、誰がいれたかなんてこの際どうでもいいじゃないですか。それより、さっさと決めてしまいましょう。凛さんにドッキリを仕掛ける人を」
弓弦の言葉に、全員が顔を見合わせこくりと頷く。どうか、自分じゃありませんように。なんて声が聞こえてきそうな緊張感の中、一斉にくじを引いて行く。
その結果――。
「うわ……最悪」
「げ、マジ?」
ナギと東海が赤い印を引き当て、二人は絶望的な表情で項垂れた。
「ナギ、大丈夫かい? なんなら僕が変わろうか?」
「おい、オッサン、それじゃクジの意味無いだろ」
つい心配になって声を掛けると、東海がムッとしたように抗議の声を上げる。
「そうだよ、大丈夫だって。別に相手は人間なんだし、ちょっと怖いけど」
「そう? なら良いけど」
兄の寝起きはすこぶる悪い。目付きの悪さはいつもの倍以上だし威圧感が半端ないが大丈夫だろうか?
一抹の不安が頭を過るが、それもまた一興かと黙っている事にした。
「じゃぁ、決行は今度の地方ロケで決まりね」
美月の一言に、メンバー達は満場一致で賛成した。
「――てかさ、誰よ!? 凛さんに寝顔ドッキリとかいう恐怖のカード突っ込んだの!」
美月が思い出したように叫ぶと、全員の視線が一斉に銀次へ。
「……え? なんで俺を見るんすか?」
「いやいや、その顔だろ絶対」
「あはは、バレちゃいました? こういうのって、一番怖そうな人でやった方がバズるんですよねぇ。安心してください! 皆さんの有志はちゃんっと俺が責任もって動画に納めますから♪」
にっこりと満面の笑みで両手を上げる銀次。
「クズだ……」
「え、でも面白いっしょ? バズる匂いしかしないもん!」
呆れ返る東海とナギをよそに、銀次は悪びれもなくウインクして親指を立てた。
動画配信者らしい悪ノリに全員がどっとため息をつく。
「……ま、いいか。次のお題はっと……ええっと、雪之丞さんのキャラ弁作りが見たい?」
「ええっ、ぼ、ボク!?」
「あー、ゆきりん器用だし、意外に料理上手だからねぇ。って、またまた誰よこんなの入れたのは」
美月が呆れたようにため息を吐き、苦笑する。
「って言うかさ、それ、いっそ料理対決とか面白そうじゃん?」
そう言いだしたのは、雪之丞の隣の席に座っていた東海だ。その言葉に、ナギも目を輝かせ「それ、面白そう!」なんて便乗してくる。
「ち、ちょっと誰が対決するのよ?」
「誰って……そりゃ、いるじゃん。紅一点本物女子が」
「っ、あ、アタシ!?」
「なに、出来ねぇの? まさか女子なのに料理できないとか言うんじゃ」
「失礼ね! 出来るわよ! その位っ!」
ニヤァと意地の悪い笑みを浮かべる東海に、美月は頬を膨らませ不機嫌そうに睨みつけた。
「いいわ! やってあげる! 勝負しましょ、ゆきりん!」
「姉さん……本当に大丈夫なんですか?」
心配そうに見つめる弓弦の顔には不安の色が浮かんでいて、それが余計に美月に火を付けた。
「大丈夫! 男の子になんて負けないんだから! とびっきり美味しい物作ってやるわよ!」
「へぇ、そりゃ楽しみだな」
「ちょっと! 逢坂さん! 姉さんをあまり煽らないで下さいよ」
美月がやる気になったのを見て、弓弦が困ったように眉を下げる。だが、一度言い出したら聞かない性格なのは知っているのか、それ以上は何も言わなかった。
そんなやり取りを少し離れた所から眺めていると、ナギが自然と隣にやって来る。
「俺、今回のロケ楽しみになって来た」
「そう、だね。美月と銀次君が色々と企画を考えてくれるから、退屈しなくて済みそうだし、やっぱ彼はすごいよ。面白そうな企画を次々と提案してくれる。しかも、みんなでお題を考えてそれぞれが引くなんて考えてもみなかった」
「フフッ、確かに! お兄さんもそのうち何かやらなきゃなんじゃない?」
「え? 僕が?」
思いもよらぬ言葉に、蓮は驚いてナギを見返す。すると、ナギは悪戯っぽく笑いながら人差し指を立てた。
「んー、お兄さんには何がいいかなぁ? 弓弦君とのイケメン対決? あ! 二人で女装しちゃえば? どっちが可愛いか。みたいな」
「はぁ? 嫌だけど」
「ちょっと! 小鳥遊さん! 何とんでもない企画考えてるんですか! 私だって嫌ですよっ!」
突然会話に入って来た弓弦は、真っ赤な顔をして憤慨している。
「あはは、冗談だってば」
「えー、でもそれ見てみたいかも。蓮君意外と似合いそう。弓弦君も……」
「棗さんまで何言ってるんですかっ!」
ナギの話に便乗して来た雪之丞の言葉に、弓弦が頬を引きつらせながら反論する。
「なになに、何の話?」
「なんか、草薙君とオジサンが女装対決やるんだって」
「うわー! 女装対決はマジでバズるやつっすね! 視聴者の反応、絶対すごいっすよ」
「いや、やらないから!」「やりませんってば!」
銀次のとどめの一言に蓮と弓弦の声が見事にハモり、その反応が可笑しかったのか、美月たちは顔を見合わせケラケラと笑った。