テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「うーん……」
撮影を終えた蓮たちが控室の重い扉を開けた瞬間、部屋の隅から低いうなり声が聞こえてきた。
声の主は、パイプ椅子に腰掛けてスマホを凝視している美月だ。隣では弟の弓弦が心配そうに姉の顔を覗き込んでいる。普段の明るい美月からは想像もつかないほど険しい表情に、蓮は思わず足を止めた。
「どうかした?」
「あ、蓮さん……その……」
声を掛けられた美月は、一瞬気まずそうに視線を泳がせたが、やがて諦めたようにスマホを差し出してきた。
「実はね、動画企画のネタに行き詰まっちゃって」
画面には、ファンから寄せられた熱烈なリクエストや、動画の分析グラフが並んでいる。
「戦隊の裏側をもっと見たい!」 「必殺技を再現して!」という声は多いが、そればかりではマンネリ化は避けられない。
「小鳥遊さんの時のようなインパクトは、いわば『劇薬』ですからね」
弓弦が冷静にそう付け加える。
「今は勢いがあるからこそ、次の一手が重要なんです。視聴者は常に新しい刺激を求めていますから」
「そうなの! 嬉しいサプライズを期待してる人も多いみたいで……」
美月は力なく笑いながら画面をスクロールさせた。その横で、ナギが蓮の肩にそっと腕を回し、自分の胸元に引き寄せるようにして椅子に深く背もたれた。
「ネタ切れかぁ。確かに、あのレベルのドッキリを連発するのはハードル高いよな。俺だってあの時は、マジで油断してたし」
ナギの体温が伝わってきて、蓮は少しだけ面映ゆい気持ちになる。恋人として、ナギのこういうさりげない独占欲は嫌いではなかった。
「ドアを開けた瞬間に半裸のイケメンが立ってるなんて、どんなホラーだよ。インパクトだけは宇宙一だったけどな」
「アタシも心臓が止まるかと思った。でも、結果的に『あのイケメンは誰!?』って注目を集めるきっかけにはなったのよね。不本意だけど、今のところうちのチャンネルで一番の再生数だし」
美月が腕を組んで溜息をつく。
「……それ、あんまり素直には喜べないんだけどな……」
蓮が苦笑交じりに呟くと、すかさず東海から「自業自得じゃん」と言う冷ややかなツッコミが飛んできた。
確かにそうかもしれないが、話題に出されるとなんだか妙に恥ずかしい。
あれはバズらせようと思ってやったわけじゃ無い。偶然の産物なのだ。
「インパクトがあって、視聴者を飽きさせない物かぁ。結構難しいな」
五人の「うーん」という唸り声が再び控室に響いた。 その時だった。
「あ、あのさ……」
蓮の背後から、遠慮がちな声がした。
「なにか思いついたのか? 雪之丞」
蓮が促すと、雪之丞は一瞬躊躇ったのち、おずおずと自分のスマホを差し出した。
「銀次っていう配信者を知ってる? 特撮ヒーローが大好きで、獅子レンジャーのファンだって公言してくれてる子なんだけど……。この子とコラボしてみるのはどうかなって……」
画面に映し出された「銀次」という青年の姿を見た瞬間、蓮の指先がピクリと跳ねた。
(……っ!?)
画面の中で無邪気に笑うその青年は、蓮がかつて、どうしようもなく惹かれ、そして失った「あの人」の面影を、残酷なほど色濃く宿していた。
「あ、銀次だ! 知ってる。動きがちょっとズレてて、でもそこが面白いんだよね。獅子レンジャーの魅力もめっちゃ紹介してくれてる人だよ」
ナギが蓮の腕から離れ、目を輝かせて画面を覗き込む 。
「ええ。彼のチャンネル登録者数は四十万人を超えています」
弓弦が淡々と、しかし確信を持って続けた。
「もしコラボが実現すれば、獅子レンジャーの新規登録者数の増加も見込めるかもしれません。非常に魅力的な案だと思いますよ」
「すごいよ雪之丞! いいよ、それ!」
ナギが嬉しそうに声を上げる一方で、蓮の胸の奥には、どす黒いざらつきが広がっていた。あの銀次という青年が目の前に現れた時、自分は冷静でいられるだろうか。
「……っ、あ、ありがとう……」
仲間の称賛を浴び、雪之丞は照れくさそうに頬を染めた。
「じゃあ、早速彼にコンタクト取らないとね!コラボの内容も考えないと」
作戦会議が始まろうとした、その時。
「……その件、俺に任せてくれないか」
低い、しかし通る声が室内に響いた。
「!?」
全員が反射的に振り返る。
そこには、ドア横の壁に背を預け、悠然と腕を組んでいる凛の姿があった。
「え? 凛さん、いつからそこに……」
「ついさっきだ」
凛は悠然とした足取りで歩み寄ると、雪之丞の手からひょいとスマホを奪い、無機質な瞳で画面を走らせた。
「銀次、と言ったか。実は前々から気にはなっていたんだ。いいだろう。コラボの話は俺の方から持ち掛けてみよう」
凛はスマホを返し、短く息を吐いた。その刹那、凛の冷徹な視線が蓮の瞳を射抜く。
(……見透かされている)
蓮の動揺、その根底にある過去の執着。凛の瞳は、すべてを暴き立てるような残酷な光を湛えていた。
「凛さん自ら直接……?」
「まさか、脅しに行くんじゃないよな?」
東海が冗談めかして囁くと、弓弦が「御堂さんなら有り得ますね」と小さく苦笑した。
「失礼な連中だな。まあいい。今日は解散だ。次は三日後だぞ。遅刻はするな」
凛はそれだけ告げ、背を向けて出て行った。
「……なんか意外だったな。凛さんが企画に乗るなんて」
美月が不思議そうに呟くが、蓮の耳には届いていなかった。
「お兄さん……?」
ナギが不安そうに蓮の顔を覗き込む。その純粋な瞳に胸が締め付けられた。
「……なんでもないよ、ナギ」
蓮は強引に笑ってみせたが、瞼の裏には、あの銀次の笑顔と、消えない過去の残像が、深く、重くこびりついていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!