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眠りひめ
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恋を自覚してから数日が経ち、けれど世界は驚くほど何も変わらなかった。
朝になれば仕事へ向かい、5人で笑って、歌って踊って、真剣に打ち合わせをして、そのあとまた笑い合って、そうして一日が終われば、それぞれの家へ帰る。
「舜太、朝ごはん食べた?」
「食べたよー」
「俺まだぁ!」
「知らんて!何なんもう」
「朝からよくそんなに喋れるな…」
太智は今日も元気に舜太へちょっかいを掛けているし、仁人はそのやり取りを横目にコーヒーを飲みながら呆れてため息を吐いている。
そして柔太朗はその全部を見て静かに笑っている。
いつも通り、何ひとつ変わらない。
「おはよ、はやちゃん」
今日も柔太朗は、何の迷いもなく俺の名前を呼ぶ。
そのたびに、胸のどこかが静かに揺れた。
「…おはよ」
変わらない。
変わってしまったのは、たぶん俺だけだった。
⸻
じゅうたろう。
たった5文字。
今まで何百回、何千回と呼んできた名前。
ライブ中も、リハーサル中も、楽屋でも、テレビでも。
何も考えず呼びたいときに呼んでいた。
それなのに、好きだと気付いたあの日から、その5文字だけが喉の奥で絡まったように出てこない。
もどかしくて、頭を抱える。
何でだ。ただ名前を呼ぶだけなのに。
⸻
「ねぇ、はやちゃん」
「ん?」
楽屋で荷物を整理していると、柔太朗が隣へ来た。
「これ見て」
差し出されたスマホには、ドラマの撮影現場で撮ったらしいオフショットが映っている。燃えるような夕日を背に、頬杖をついて遠くを見る柔太朗の写真。
「スタッフさんが撮ってくれたんだけどさ」
「おー」
「めっちゃ盛れてない?」
「……お、おお。うん」
「反応うすっ え、これだめ?」
くすっと笑われて、何だか身の置き所がなくてそわそわしてしまう。
「いや、普通にいいじゃん」
「ほんと?」
「うん」
「インスタに上げようかなあ」
それだけで会話は終わった。
名前なんて呼ばなくても成立する。
目が合えば分かる。
積み重ねてきた時間がそうさせてくれた。
だから余計に、名前を呼ばずに済んでしまう。
⸻
けれどそれは、思っていた以上に重症だった。
「じゅーうー!」
スタジオの向こうで舜太が大きく手を振る。
「柔太朗、これ」
仁人がペットボトルを放る。
「柔太朗、さっきのとこなんだけどさ、」
太智がスタッフの指示を伝える。
みんな、当たり前みたいに名前を呼ぶ。
俺だけ、
「なあ」「あのさ」「ちょっと」「これ」
と、気付けば代名詞ばかり使っていた。
「おい」
と呼びかけそうになって、それは絶対ナシだろ、と自分で却下する。
「すいません、そこの人ー」
いや、街頭インタビューかよ!と頭の中だけでつまらない一人漫才をして、結局、
「……あ」
しか出てこなかった。
「ん?」
振り返った柔太朗が不思議そうに首を傾げる。
「あ……、あの、さ、」
「なに?どうした?」
「………いや、何でもない」
「あは。変なの、はやちゃん」
笑われた。絶対、不審者だ。
でも、あんなふうに笑われただけで、うれしい。
情けなくて、恥ずかしくて。
それなのに頬が緩んでしまう。
もう、自分でもよく分からなかった。
コメント
2件
うわあああエモすぎる!!😭💕 「じゅうたろう」のたった5文字が呼べなくなるって、もう恋の自覚ってそういうことだよね…。周りは全然変わらないのに、自分だけ世界が変わっちゃう感じ、すごく伝わってきた。 「おい」って呼びかけて「街頭インタビューかよ!」ってツッコむとこ、思わず笑ったけど、そのあとの「あ」しか出てこない切なさにキュンとしすぎた…。 それでも笑われて嬉しいって思えるの、愛おしすぎるよ…はやちゃんの心情が尊すぎて胸が苦しいです。続き気になりすぎる!!🌸