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ずいぶんと長い夢を見ていた気がする。思い出せないけど。懐かしく、甘く、優しい夢。でもそれでいて酷く歪んだ不気味な夢。
「○○」
どこからか聞こえた声に鼓膜をくいと引っ張られる。
ずっと探していた声、大好きな声。
貴方は
誰なの
「○○、起きて」
『…ぅ』
体が誰かに揺すぶられているような気がして意識が現実世界に引き戻される。
寝起きでぼやけていた視界がはっきりとしていく。段々と声の主の特徴が映る。
雪のように綺麗な白髪、褐色の肌、花札のピアス
『…イザナ、さん?……おかえりなさい』
もう帰って来たのか、と考えると同時にそれほど長時間眠っていれた自分に驚く。
「ただいま寝坊助サン」
そうにこりと笑うイザナさんの姿を確認した途端、頭に誰かの温かみを感じる。イザナさんの手だ。
頭の半分はまだ温かい泥のような無意識の領域に留まっているのかぼんやりとした感覚が抜けない。今にもまた眠ってしまいそうだ。
「ホントよく寝るな、オマエ」
私の頭を撫で続けながらそう晴れやかな笑声を零すイザナさんの甘く低い声が耳に入り込んでくる。その心地よさに私は瞼を閉じる。
「…はぁぁぁ好き」
『…重い』
もう慣れた言葉と人の重みに閉じていた瞼をぱっちりと開く。いきなり自由の利かなくなった体、自分ではないもう1人の心音、抱き締められていると理解するのには十分な情報だった。
「…疲れた」
正面からきつく抱き着かれ、いつもよりずっと力の無いイザナさんの声が耳元で聞こえる。よく見れば表情もいつもより沈んでいる。
『…大丈夫ですか?』
何となくいつも自分がしてもらっているのを真似してイザナさんの髪を手の甲で撫で、無意識に初めて彼の体を抱きしめ返してしまう。
「…え、は、ちょ…」
その瞬間、腕の中でしどろもどろに脈絡のない言葉を並べるイザナさんの声が聞こえる。
『…すみません。いやでしたか?』
焦るイザナさんの声色に流石に嫌だったかな、無神経だったかなと後悔しながら抱きしめていた手を緩め離そうとする。
「違う、待て、離すな。」
が、手が完全に彼の体から離れるよりも先にイザナさんが口を開いた。嬉しそうな、困惑したような、そんな色々な感情を込めているような掴みどころのない声だった。
「…驚いただけ、ずっとそうしていろ。」
『ずっとは無理です』
そう言いながらも彼の背中に再び手を回し抱きしめる。彼の体温が体全体に伝わってくる。
こんなに疲れるなんて一体何をしていたんだ。呆れを含んだため息をつきながら彼の頭を子供をあやすように撫でる。
─ズキン
…あぁ、まただ。この懐かしさ。
「…好き、愛してる」
『…そうですか』
いつか遠い過去、以前にどこかで一度同じようなことをしたような、…いや一度じゃない。何度も何度もしたことがあるような気がする。
既視感がふっと現れては消える。何度目かの妙な懐かしさを覚える。
『……すき、か』
誰にも聞こえないような本当に小さな声でイザナさんの言葉を繰り返す。少し胸が軽くなったような、そんな気がした。