テラーノベル
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太陽が見た中で1番眩しかった朝。長い髪を揺らしながら面接待ちをしている女性がいた。
その女性の名前は「白崎 環奈」と言った。環奈は小中高大と成績優秀だった。けれど、学問とは異なり仕事は上手くいかないのだ。面接は上手くいってもやっぱりそのあとの仕事は上手くいかない。
そんな環奈のことを変えてくれる人は現れるのだろうか。
環奈はバッグの中にある履歴書を何度も確認しながら、小さく息を吐いた。
“今度こそ、うまくいきますように。”
頭ではわかっている。自分は「要領」が悪いのだ。
でも、諦めるのはまだ早いと信じたい。
ガラス越しに差し込む朝の光は、まるで「がんばれ」と言ってくれているようにも見えた。
今日も、ちゃんと笑顔で乗り越えられるように。
そう心に言い聞かせながら、環奈はそっと髪を耳にかけた。
「白崎環奈さん、どうぞ。」
呼ばれた瞬間、環奈の心臓がドクンと大きく跳ねた。
立ち上がる手がほんの少し震えているのを感じながら、笑顔を作って一礼する。
「はい。よろしくお願いいたします。」
面接官の前に座ると、どこかで見たような緊張感が胸を締め付けた。
何度も経験してきたはずなのに、毎回初めてのように怖い。
そして、これまでの結果がまた頭をよぎる。
――また失敗したらどうしよう。
――ちゃんと答えられるかな。
――私なんか、本当に社会に必要とされてるのかな……。
「白崎さん、自己紹介をお願いします。」
「はい。白崎環奈と申します。大学では教育学を専攻し――」
口が勝手に動く。まるで用意された脚本を読み上げる役者みたいに。
慣れているのに、慣れない。
答える声はちゃんと聞こえているのに、心がそこにいない。
面接が終わり、部屋を出たとき、環奈は小さく息を吐いた。
「……終わった。」
廊下の窓から差し込む光が、少しだけやさしく見えた。
バッグの中の履歴書はもうぐしゃぐしゃになっている気がしたけれど、誰にも見せることはない。
「うまくいったかな……でも、また落ちてたら……」
小さくつぶやいて、ふっと笑う。
環奈の笑顔は、どこか寂しくて、どこか優しかった。
面接を終えた環奈は、建物の一階にあるカフェに立ち寄った。
なぜか店内の空気さえも特別に感じられる。
でも――
「……受かってなかったら、どうしよう。」
環奈はカウンター席に座り、テーブルの木目を指でなぞった。
胸の奥が少しだけ苦しい。
そんなとき、不意に声がかかった。
「お疲れのようですね。」
顔を上げると、黒いエプロンをした男性の店員が立っていた。
優しそうな目元に、さりげない笑顔。
声のトーンも、空気に溶け込むように落ち着いていた。
「せっかく当店にお越しくださったのなら……」
そう言って、彼はそっと紙カップを置いた。
「当店特製のブレンドです。よかったら、どうぞ。」
環奈が何か言う前に、彼は一礼してカウンターの奥へと戻っていった。
カップからは、ふわりと香ばしい香りが立ちのぼる。
ほんのり甘くて、深みのある香り。
環奈はそっと手を伸ばした。
「……ありがとう。」
小さな声がこぼれる。
このとき、彼の名前も、性格も、何一つ知らなかった。
ましてや、数ヶ月後に彼と同じ職場で働くことになって、
笑って、悩んで、恋をするなんて――
そのときの環奈には、知る由もなかった。
一週間後。
夏の終わりを感じさせる風が、窓辺のカーテンをそっと揺らしていた。
環奈はポストの中に、白い封筒を見つけた。
差出人は、あのときの会社――そして、カフェ。
「……来た。」
心臓が少しだけ早く打つ。
部屋に戻り、封を切る指が震えているのを感じながら、慎重に中の紙を引き出す。
そこには、印刷された文字が一行。
「合格」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「……え?」
声が漏れたのは、無意識だった。
信じられなくて、何度も目をこすった。
でも、書いてあるのは間違いなくその言葉だった。
環奈は、ソファに座り込み、しばらく動けなかった。
胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
不思議と、涙は出なかった。
でも、確かに心がふっと軽くなっていた。
「……受かったんだ。」
小さくつぶやいて、空を見上げる。
その瞬間、あの日カフェでくれた一杯のコーヒーの香りが、ふと思い出された。
この先、自分がどんなふうに変わっていけるのか。
どんな出会いが待っているのか。
まだ何もわからないけれど――
環奈の物語が、静かに動き出していた。
つづく
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