「うっ・・・・ううっ・・・・・・・・っ――――」
骨壺を抱きしめて一人で泣いた。
詩音を失ってしまって、溢れる黒い感情を止められへんかった。
光貴との仲も今、決定的に亀裂が入ってしまった。
アーティスト寄りの考えは、光貴にさえも理解してもらえないのだ。
私の選択が悪かったんだろう。
でも、私は間違ったことをしたなんて思わない。サファイアのライブを控えている状態の光貴に、詩音が死産であったことを伝えなくて良かった。
今日のライブは大成功だったことだろう。そうでないと困る。私が人生の中でいちばん辛い思いをした意味が無くなってしまうから。
光貴が事後報告であったことを怒ったのは、私が理由もなく全員に黙っていたと思われたのかもしれない。
私だって本当は心細かった。一人きりで辛かった。
泣いて、縋って、なにも考えずにみんなに頼りたかった。
光貴が普通の会社員のような仕事で、一日くらい休みを取っても業務が回るような仕事ならよかったけれど、サファイアで光貴の代わりはいないから。
誰も光貴の代わりはできない。
光貴しか、光貴のギターを弾けないのに。
デビューのために必死で努力して、この日を成功させるために大勢の人が一丸となってきたことを知っているから。
せめてそれが終わるまでは、たとえどんなに辛くても黙っていようと思った私の気持ちは、誰にもわかってもらえない。
最愛の我が子を失った上、黙っていたことを少しは理解してくれると信じていた光貴に、ここまでの剣幕で責められてしまうなんて。
あの時。
詩音を失ったあの日。
私も一緒に逝っておけばよかった。
生きる意味や希望を失ってまで、この辛い世で生きていけないよ――
※
あの事件から一か月ほどの時が流れた。
あれから殆ど手につかなくて、最初の二週間くらいは一日中泣いて過ごしていた。それを過ぎると、ただぼんやりして過ごした。
光貴はデビューしたので、イベントやライブが立て込んでいるため、忙しくしているのであまり家に居ない。決定的な亀裂が入ったままだから、顔を合わせなくてすんでよかったと、内心ほっとしている。
喧嘩をしてしまったあの日。光貴は飛んで帰ってきて私に謝ってくれた。
後日談を聞くと、当日、やまねんさんにお説教を喰らったらしい。
やまねんさんは私の気持ちをきちんと理解してくれて、光貴に平手打ちを見舞ってくれたようだ。
今回のライブがサファイアにとってどれほど大切か、ビジネスのことも含めて私の気持ちを代弁してくれたらしい。
――りっちゃんがどんな思いで一人で堪え、ライブが終わるまで黙って待ってくれていたのか、理解してやれ、と。
やはり私の取った行動を責めずにきちんと理解してくれるのは、アーティスト側の人間しかいない。
新藤さんとやまねんさんだけが、本当に解ってくれたのだ。救われたのは事実だけど、肝心の光貴がわかってくれなかったことは、自分の中で非常に堪えた。
胸の中でしこりとなって、今もある。
もう、どうすることもできない。
消化出来ない思いを引きずったまま、毎日を過ごしていた。
そんな中、私は再び光貴と決裂するような言い合いをしてしまった。
多分もう溝は埋まらない。
お互い――いや、厳密にいうと私が光貴を尊重することを放棄してしまったから。
今日は珍しく光貴が早く帰ってきた。アーティストは出勤時間も休日も不定期だけれど、夜が遅いのは必須だから、光貴と顔を合わせることが極端に減っていたのだ。それを心配したやまねんさんの計らいだろう。彼はそういう気遣いをできる人だから。
光貴がはりきって夕食を作ってくれて、ベッドで蹲(うずくま)ってぼんやりしている私に声をかけてくれた。彼は飲食店でたくさんバイトをしていたから、料理が私より巧い。今日はチャーハンとラーメンを作ってくれた。
「食べなきゃ元気にならへん。ちょっとでいいから食べよ!」
ありがとうと呟いて一口チャーハンを食べた。
正直、食事を美味しく食べられるような精神状態ではなかったので、せっかくの好意を苦痛に感じた。
「……もうこれ以上食べられない。ごめんね」
ラーメンについては一口も食べられなかった。吐き気がどんよりと胸の中を渦巻いていたから、無理をすると本当にリバースしてしまいそうだったから止めておいた。
詩音のことがあった日からあまりご飯を食べられなくなってしまったため、私の体重はバンドをやっていた頃の痩せ体型を維持していたそれ以下になってしまった。
生きる気力が失われてしまったから。
光貴のチャーハンやラーメンを食べることが好きだったから、私のことを思ってこの食事を選んでくれたのだろう。でも身体が受けつけなかった。
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