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「元気出してや。無理してでも食べないと、病気になるで」
もう病気だと思う。心の病気。
こんな風に閉じこもっていても、なにも解決しないのはわかっているけれど、身体が動いてくれない。
詩音に会う事ばかりを夢見て、泣いて、生きている。
それにしても――光貴との温度差はここまで違うものなんだ。
光貴は実際に詩音を産んだわけじゃないし、詩音の状態をその目で見ることもできなかったから実感が無いのかもしれない。
私は光貴みたいに元気に立ち回って、ご飯を食べて、笑って生きれない。
今の私の栄養剤は白斗の歌だけ。RBの歌、とりわけ白い華を毎日聴いている。何度も繰り返し、繰り返し。
「ごめん、今はむり。食べられない」
私はリビングの席を立った。片付けをしていた最中、なあ、と光貴に呼び止められた。
「なに?」
「あの……話がしたい。三階行って話しよう」
「今じゃないとだめ?」
「大事な話やから。寝室で待ってる」
いつになく真剣に光貴が訴えてきた。全てが面倒だと思うようになってしまったこの頃の私は確実に病んでいた。
適切に寄り添ってもらえていたら、道を踏み外すことは無かったのに。
いや、それはただの言い訳だ。私の精神が弱かっただけ――どんなに悪人でも殺したら『犯罪者』になってしまうように。
悲惨な状態でも、私が光貴を裏切る免罪符にはならない。
これから行われる話し合いで、溝がもっと深まってしまった。
二度と元には戻せない程の深い傷が、溝が、出来てしまったから。
大事な話ってなんだろう。今はまだ向き合って話し合う気力がないのにな……。
私の行動が誰にも理解してもらえないことはよくわかったから、もう誰からも責められたくなかった。
私がこんな状態だから、腫れものに触るようにみんなが扱ってくる。
原因は私にあるのはわかっている。でも、適切に寄り添ってくれる近親者は、新藤さん以外誰もいなかった。
この頃の私が生きていたのは、白斗の歌と新藤さんの定期連絡があったからだ。
新藤さんは決まって朝七時『おはようございます、昨日はちゃんと眠れましたか』等の連絡をくれて、夜九時頃には『おやすみなさい、ちゃんと眠ってくださいね』と連絡をくれる。
新藤さんと連絡を取る時だけが、じんわりと温かく心が満たされた。それは多分、新藤さんが理解者であったからだと思う。心の底から共感し、悲しみをわかってくれる人だと――
でも、光貴といる時は満たされずに苦しかった。仕方なく重い気持ちのまま寝室に入った。
光貴がベッドをポンポンと叩いているので、これまた仕方なく隣に座った。
「話って?」
「あの……どうしたら元気が出るかな、思ってさ。どっか行きたい所ある? ドライブでも行かへん?」
「ん……別にいい。行きたくない。光貴も忙しいし無理しなくていいよ。曲作りやアレンジだって、やることいっぱいあるし。サファイアのこと、ちゃんとしてくれたらそれでいいよ」
「そんな淋しい事言うなよ」
光貴にグッと抱き寄せられた。頬に彼の唇が触れる。光貴の吐息が、少し興奮した息遣いに変化した。
「こうやって触れるの、久々やな」
私のバストに光貴の手が伸びた。
今、こんな状態の私を抱くの?
光貴の神経を疑った。
「詩音のこと……辛かったな。でも、いつまでも悲しんでいたら、あの子だって悲しいやん。だから、もう一回頑張らへん?」
――もう一回頑張ろらへん?
なにを?
なにを頑張るの?
これ以上私に、なにを頑張らせるの?
なにひとつ私の気持ちも解ってくれなくて、なにひとつ私に寄り添ってくれないくせに……。
私の中で、なにかが切れた。
気が付いたら光貴の頬を平手打ちしていた。