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淡い色の中で
0.エピローグ
「またこの話か…」
街の中にある老婆が経営する本屋。
その本屋では月に一度、子供達が集まり、老婆が読み聞かせる物語を聞くイベントがあった。
大体はみんなが知ってるような、定番の昔話だったが、一つだけ誰も知らない物語があった。
僕はその話が好きだった。
その話は…
「人喰い人魚」の話だった。
昔々、ここよりも遠く離れた暖かい、鮮やかな海の近くの王国に、珍しい漆黒の髪と漆黒の目を持った美しい少女が居たと云う。
その少女は街の男から求婚され続けたそうな。国一番イケメンな男、国一番優しい男、国一番金持ちな男…とそれはそれは色々な男に求婚され続けた。だが、少女はどんなに素晴らしい男でも求婚を断り続けたそうだ。
そうして、その美しい少女にある男からの花束が届いた。
その花束の送り主は王国の次期国王…いわゆる王子だった。
1.始まり
「ユナ!!どうか僕と結婚してくれないか!!」
聞き慣れた言葉が街の市場に響く。
皆がその男女に注目する。
「ごめんなさい、私心に決めた人がいるの。」
美しい少女は男の求婚を断る。
この街…いや、この王国では見慣れた光景だった。
自分こそは…!俺こそは…!と毎日のように求婚される少女。
そして、毎日のように求婚を断る少女。
これはこの王国の名物ともいえよう。
「ユナ!!どこに行くの!!」
甲高い怒鳴り声が家に響く。
ユナ…そう、それは私の名前。
私はユナ・アワナ・アーリナ
漆黒の髪と漆黒の目をもつ、ただの少女だ。
他の子と変わらない、ただの少女…のはずだった。
10歳の誕生日から私の人生は変わってしまった。
この国は女は10歳から、男は15歳から婚約を取り付けることができた。
その10歳からだった。最悪な日々の始まりは。
毎日、毎日求婚される日々。
毎日、毎日同性から嫉妬され続ける日々。
もう、うんざりだ。
そんな日々を2年ほど続けた12歳の誕生日。
私の人生に奇跡が訪れた。
人のあまり寄らない、王国の端にある本屋。そこで私は見つけたのだ。
「人魚という美しい存在を」
人魚はこの王国の横にある、暖かい海に生息していると言われる魔法の、神話の、伝説上の生物だと言われてきた。
だかこの日、私が見つけた本には人魚の呼び出し方が書かれていた。
なんでも、人魚は自身の血と髪の毛、爪を暖かい海に投げ込むこと。そして、人魚に好かれることが条件らしい。
人魚に好かれる。人魚は外見よりも内面を重視する生物だと聞く。
「もしかしたら…わたしの事を…心から愛してくれるかもしれない。」
そう思ったのだ。
私は愛が欲しかった。
どの男も私を物としか見ていない。
美しい女を、珍しい女をモノにして、自慢したい…ただそれだけの道具としか見ていないのだ。
もし、私の見た目が悪魔の象徴と言われる金色の髪と、赤色の目だったならば、彼らは私に見向きもしなかっただろう。
私は私の見た目ではなく、私のことを愛してくれる“愛”が欲しかったのだ。
さっそく私は本屋を後にし、海に走った。
道中で男に声をかけられたが無視して走った。
追いかけて腕を掴んでくる奴もいたが、振り払って走り続けた。
前に立ち塞がってくるやつもそのまま突っ切ってやった。
王国の最北端の本屋から最南端の海まで、走って走って走っても数時間では着かなかった。
いつの間にか周囲は真っ暗で、私の足はボロボロの血まみれになっていた。
ふと見つけた宿屋で泊めてもらうことした。
幸い金持ちの男が貢いでくるのでお金には困らなかった。
2.逃げ場の無い世界
「…朝…?」
窓から差し込む暖かい日に当てられて目が覚める。清々しいような、気持ちの良い目覚めだった。
昨日は眠気と疲れで気づかなかったが、どうやら中々良い宿屋だったようで、ベットもカーテンもお風呂も用意されていた。
「せっかくだし、朝風呂でもしようかな」
そう思い、ベッドから立ち上がろうとした時だった。
「痛ッッ」
足に豆ができていたのだ。何個かはすでに潰れていた。そういえば、今まで家の近くの市場と家の周りしか歩いたことなったな。なんて思いながらそっと床に足を着く。
今の時代では高価な真っ白のタイルがはめ込まれた美しいお風呂場。 このお風呂場だけで一体いくらするのだろうか。そんなことを考えながらシャワーを浴びる。さすがはお風呂場にタイルをはめ込むだけはあって、シャンプー等の石鹸類も豪華なようで、流した後でもいい匂いがした。
すぐさまお金を払い、ホテルを後にする。
この国は広い。無駄すぎるほどに広い。だから私のような子供の足では南の暖かい海まで時間がかかる。
「遠いなぁ…」
なんて思いながら見たこともない街を歩く。
そんな時
「この辺では見ない顔だねぇ…嬢ちゃん、どこから来たんだい?」
パッと振り向くと、そこにはシワクチャの顔にシワクチャの服と帽子を着たいかにもな老爺が立っていた。
「お母さんやお父さんは?迷子かい?」
「いないわ。お父さんもお母さんも」
「あら、それはいけないことを聞いたねぇ…」
「でもその身なり…一体どうやって手に入れたんだい?」
「貴方に言う必要はないでしょ。」
「あぁ、確かに。でもなぁ、お嬢ちゃん。この街に何十年も住んでちゃ、退屈で退屈でしかたないんじゃ。どうじゃ?お嬢ちゃんはどこかに向かっているのだろう?家には馬がいる。お嬢ちゃんについて話してくれるならその馬でお嬢ちゃんを送り届けてやろう。」
本当に…?
願ってもない話だった。
私の小さな足では暖かい海まで徒歩で後10日はかかるだろう。だが、馬ならば3日で着く。
このシワクチャの老爺に話をするだけでだ。
私は一刻も早く海に行きたい。
そんな思いで老爺の話に乗ることにした。