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ガヌロンの再婚相手は、ある意味でガヌロンの無自覚な望みを叶えていた。
自分よりも愚かで、何もわからず。
何か問題があればすぐにガヌロンを頼る女。
愚かであれば、前妻クリスティーヌのように賢さから俺の面子を潰すこともないはず。
半歩下がってついていくような女が、ガヌロンが持つひとつの理想だった。
だが、その反面。ガヌロンは自分の能力不足にも気づいていた。
前妻に依存して成立している統治が、前妻の死によって揺らぐことはわかりきっている。
なので、口では賢しげなことを言う癖に本質的には愚かな女を選んだ。
矛盾しているように感じるかもしれない。
そんなことをしても、ガヌロンの不安である統治の問題は解決しないし、そもそも空気を読んで半歩下がれるのはそのように振る舞う知性があるものだけだ。
少なくとも、愚かな自分に嘘をついて賢しげに振る舞っているだけの女には到底できるわけがなかった。
だが、前妻の件がある以上、賢い女をガヌロンが受け入れることができるわけもない。
この矛盾を解決するために、ガヌロンは無自覚に矛盾した選択をした。
人間というものは、常に自分の望みを理解しているわけではない。相反する本音と建て前を都合良く組み替えながら、時に不可解な行動を取ることもある。
それでも、ガヌロンと彼女の結婚には必然性があった。
ガヌロンもまた、口では賢しげなことを言う癖に本質的には愚か者だからだ。
一言にするなら、似たもの同士なのである。
「なんでこんなことになっているの! あなた何か知ってるでしょう!?」
「うるさい! 何もわからぬ女風情が! いきがりおって!! お前はもう黙っていろ!!」
「~~~~ッ!! 何よその言い草は!! 女を守るのが男の仕事でしょう!! 私は、何も、守られてないじゃない!! あなたより私の方がうまくできるに決まっている!! この愚か者!」
継母の言葉がガヌロンに刺さる。
似たもの同士であるからこそ、彼が何を気にして、何を求めていて、何をしたいのか理解できた。だからこそ、的確に相手の心を傷つけることもできる。
ガヌロンが怒鳴り散らすが、はもはやガヌロンを恐れない。
この人に任せていればいずれ自分と娘は破滅する。それだけは避けたかった。
破滅はガヌロンだけに訪れればいい。
どうせ自業自得なのだ。
ああ、なぜ私はこうなのだろう。
ろくでもない男と結婚してしまうのだろう。
前の結婚も失敗した。今回も失敗した。
私は何も悪くない、すべては守ってくれない男のせいだ。
なんて私は不幸なんだ。
故郷に帰ろう。
そして、そこからすべてをやり直そう。
この時代、神への誓いである結婚はそう簡単にとりやめることはできなかった。ガヌロンの前の結婚も、実は完全に解消されたわけではない。ガヌロンにはあまりにも自分に理があったので、例外的に離婚が認められたと説明していたが、嘘だ。
相手と当時結婚に関わった神父が慮って、黙っていてくれているだけである。
ならば話は簡単だ。前の旦那とよりを戻せば良い。
アンナも実の父と一緒にいられるなら幸せだろう。
ガヌロンの再婚相手になったのは公爵夫人になれば何不自由ない暮らしができると思ったからだ。元旦那には適当に難癖をつけて別れただけだった。
だが、ガヌロンとの結婚生活はそこまで幸せなものではなくなっている。
金こそ湯水のように使えるが、娘を娘と呼べなくなるなどありえない。このような屈辱を味合わされてまで妻でいたくなかった。
もっと金持ちで強く、自分に優しくしてくれる王子様のような男が現われるはずだ。
元旦那はそれまでのつなぎに過ぎないが、自分で働くよりはずっといい。
面倒なことはすべて男にさせるべきだ。
女は弱いのだ。弱いのだから、守ってもらわなくては。
二度も実の父と引き離されるアンナは不憫かもしれないが、私には私の人生がある。養ってもらっている分際で意見するなどありえないことだ。我慢するのが当然だろう。
妻が邪悪な知恵を回していることに、ガヌロンは気づく。
二人は賢しげに振る舞うだけの愚か者ではあるが、それでも夫婦なのだ。
表情ひとつ見ただけで、こいつは自分を裏切るつもりだと理解できた。
やられたならやり返す。
やられる前でもやり返す。
そうでなければこちらがやられるのだ。
「この女を地下に落とせ。食事は与えるな」
使用人達が驚きもせずに従う。
両腕を掴まれ、引きずられていく公爵夫人は困惑し、不敬であると繰り返すが誰も気に留めない。
理由はシンプルだった。
これは夫人がかつてフェーデにやったことだ。同じ目にあっているに過ぎない。
長い間、虐待に加担させられた結果、良心ある使用人は皆辞職している。
残っているのは嗜虐的で、人の不幸を嘲笑うことができる者ばかりだ。
唯一の良心として働いていたガヌロンの腹心もいたが、歯に衣を着せない忠言をした結果、早晩ガヌロン自らの手で殺されてしまった。
そのような環境からは逃げ出したいと考えるのが善良な人間というものだろう。
「助けて! 助けて! 誰か! 誰か私を助けなさい!!」
「アンナに! アンナに会わせて!! アンナ……!」
公爵夫人を可哀想だと思い。助けようと思う使用人はもういない。
自分で追い出してしまったのだから。
「奥様、これは自業自得ですよ。悪さをするから罰がくだったんです」
散々虐待に加担していながら、自分たちだけは正しい側にいるかのように振る舞う。歪んだ笑み。その心のねじれに、夫人は自らの死を予感した。