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シロちゃんを連れてフローズメイデン家の馬車に戻ると、使用人やメイドたちは目を丸くして私を迎え入れてくれた。

それから【青暗き夜空の眷属ダーク・ホース】が引いてくれる馬車に揺られながら、フローズメイデン伯爵領に戻る。


道中、私の膝の上で『くぅーくぅー』と寝息を立てながらぐっすり安眠しているシロちゃんを見て思う。

あー私って案外・・かわいいものが大好きなんだなあ。

いや、案外は嘘だった。


本当は女勇者時代も可愛いものが好きだった。

でもそれは私には許されないことだと思い込んでいた。


屈強な恵まれた体格が、勇者として殺し合いの日々が。

『そんなの自分には似合わない』と他人の視線が突きつけてきたから。


今、思えば……似合う似合わないじゃなくて、愛でたいって願望だったのだから……周囲の目なんて気にせずに愛でればよかった。

あんな風に処刑されるなら、せめて自分の好きなものにはたくさん触れておきたいと思えるようになった。

だから今、私は私のためにワガママを通す。


「あの、マリアお嬢様……そのような得体の知れない生物を、本当にお屋敷に入れてもよろしいのですか?」


私の専属メイド、アンが遠慮がちに進言してくる。

彼女が心配も含めて忠言してくれたのは理解しているけれど、私はもちろんシロちゃんを手放すつもりはない。


「だまりなさい。メイドの分際で私の決定に口を挟まないで」


うわー……マリアぁぁぁ……。

この口はっ! どうしてこの口はッ、そんなに棘があるんだ!?

違うんだアン。

私のワガママだってのはわかっているが、シロちゃんはどうしても譲れないって言いたかっただけで……。

そんな私の内心は届かず、アンは辛そうに顔を伏せた。


「……し、失礼いたしました」


「全くもってマリアお嬢様の仰る通りです。ほら、アン! 貴女はまがりなりにもお嬢様の専属メイドでしょう? 退屈な道中、お嬢様を楽しませるお話でもなさい!」


アンの隣に座るメイド長が叱責を浴びせる。

うわ、相変わらずメイド長の無茶ぶりがすごいなあ。


ちなみにフローズメイデン伯爵家にはメイド長が二人ほどいるけど、私の馬車に同席しているのはピュンゲルという名の中年女性だ。

ピュンゲルさんは常日頃からアンに紅茶をわざとかけたり、掃除を押し付けたり、悪い噂を流したりしている。果てはアンの部屋から虫やネズミの死骸が出たと騒ぎになっていたけど、それも多分ピュンゲルさんの仕業だと思う。

そして伯爵家に仕える面々から敬遠されがちな、ワガママお嬢様マリアローズの専属メイドにアンを任命したのもピュンゲルさんだ。


うわ、マリアわたしは今までそれを全部知っててスルーしてた。それどころか楽しんでる節があった?

やば。メンドクサ!



「さっさとなさい、アン! まったくこの子はいつも気が利かないわね!」


「せ、先日……て、庭園を見ておりましたら、鳥がピーピー鳴いておりました。その鳥はしばらくするとピヨピヨと鳴き声を変えたので、どうしたのかと思い————」


「アン! 貴女あなたは言われたことをすぐ忘れる鳥頭ですか!? ピーピーピーピー何をつまらない話をさえずっているのです! 私はお嬢様が退屈しないよう、面白いお話を披露なさいと言ったはずです!」


えっ、いや……普通に話の続きが気になったよ?

ピーピーがピヨピヨか。どうして鳴き方が変わったんだろう?

うん。っていうか、これっていじめだよね?


確かに傍から見れば、メイド長が部下のメイドを叱責しているだけだ。

でも、中年女性ピュンゲル十代女性アンを執拗にいびっている構図はキツすぎる。



「見苦しいわね……」


つい口からこぼれたのは辛辣な本音。


「ほら! マリアお嬢様もこのようにおっしゃってるじゃない! 早く違う話をなさい、アン!」


私は早口でまくしたてるピュンゲルさんをさえぎる。


「ピュンゲルさん。私は貴女あなたが見苦しいと言っているの」


「えっ?」


思えばアンは……ワガママ三昧なマリアわたしによくしてくれていた。マリアお嬢様の専属メイドと言えば聞こえはいいけど、その実状は大ハズレの役職だ。

それでもアンは辛抱強くマリアに尽くしてくれた。

数少ない味方を逃してはいけない。


「ピュンゲルさん。私はアンを次期メイド長に推しますわ」


「「えっ?」」


驚きで目を丸くするピュンゲルさんとアン。


「しっ、しかし旦那様の許可もなく……そのようなご采配は……」


「メイド長風情が私の決定に意見するのかしら?」


「め、めっそうもございません! ……失礼いたしました」


ここでいじめを強行するメイド長にピシャリと釘を刺しておこう。

そしてアンの立場を向上させよう。

その上で必要なのは飴と鞭か。


「そして長年、フローズメイデン家に尽くしてくれたピュンゲルさんには、格別な報酬を用意しますわ」


「格別な……?」


「ええ。あなたがメイド長を引退なさっても、今のお給金の半分を支払い続けます」


「そっそれは!?」


平民からするとメイド長のお給金はかなり高い。

そして辞めてもその半分を払ってもらえるというのは物凄く破格な申し出だろう。

ピュンゲルさんはこの話に、喉から手が出そうなほど前のめりになっている。


「ただしピュンゲルさんが引退後も、アンがしっかりメイド長として働き続けられるのなら、のお話よ」


「私が勤め上げた後も、アンが働き続けられれば……?」


「ええ。アンが今後、心を病んでしまって塞ぎ込んだり、体調を崩して辞職する場合はピュンゲルさんの年金給付はなくなります。もちろんアンの出産休暇などは例外ですが」


さあ、これでアンを大切に扱わないと自分も損する構図になったな?


「では、現メイド長ピュンゲル。フローズメイデン伯爵が子女、マリア・シルヴィアイス・フローズメイデンが命じますわ」


高慢な令嬢そのものの態度で私はピュンゲルさんに言い放つ。


「しっかりと次期メイド長アンを、大切に・・・育て上げなさい」


特に『大切に』の部分を強調しておいた。





私の名前はアンナ・リーシュ。

リーシュ準男爵家の庶子しょしとして生まれ、今はフローズメイデン伯爵家にお仕えしています。栄えあるマリアお嬢様の専属メイドでもあります。

そう、栄えあるのは名ばかりで……私のお仕事は地獄そのものでした・・・


高位貴族の侍女メイドは、下位貴族の息女たちが奉仕することが多いけれど、フローズメイデン家は高位貴族にしては珍しく平民出身の人材を多く登用しているの。


そして私は準男爵家といった、低位貴族であるとはいえ貴族出身。


当然、平民出身が多い職場での心象はあまりよろしくはなかったの。

『お貴族様の都落ち』だとか、『平民である自分たちと同じ立場にいるできそこない』『エセ貴族』、『アバズレ』なんて揶揄されることが多かったです。

それでも私は……マリアお嬢様の傍付きメイドとして恥ずかしくないよう、精一杯お仕事に邁進しました。


だけれどやっぱり辛いものは辛いです。

平民出のメイド長は毎日、毎日、私をいびります。


もう一人のメイド長は子爵家の三女のお生まれなので、わたしに厳しく当たったりはしません。でも救いの手を差し伸べてくれるわけでもありませんでした。

それしきのこと、乗り越えなさいと言われているようでした。


それに婚外子の血筋である私は、どう足掻いても出世の道は望めません。なぜなら本妻から旦那を誘惑した女の子供、そこには不貞や裏切りの血が流れていると危惧され、余程の事情がない限り重要な役職につけないのが貴族家の習わしでもあります。

ましてや第二夫人にすら認められなかった女の子供など、笑いものでしかない。


そして私が直接お仕えするマリアお嬢様は……少しばかり気難しいお方で、本音を言えば苦手でした。

いつも高圧的で人を人と見なさない物言いは、使用人や侍女の間でも不評です。

そして礼儀作法や、ご令嬢に必要なお勉強などもひどく嫌がり、屋敷内では好き勝手になさっていました。家庭教師の方を何度クビにされたかは数えきれません。


そんなマリアお嬢様でしたが、最近はなんだか様子がおかしいのです。


『へえ……貴族令嬢とやらはこのような事まで学ぶのね……興味深いわ』


明らかに前より意欲的な姿勢になっています。

きっと愛犬マリーを失った心の傷が……レディとしての自覚を芽生えさせたのでしょうか?

そして極めつけは、犬とも猫とも思えない妙な動物を拾ってきたり……私に妙に優しかったり……?


『ピュンゲルさん。私はアンを次期メイド長に推しますわ』


マリアお嬢様は確かに冷酷無比な振る舞いが目立ちます。

でもマリアお嬢様は、私の頑張りを、努力を、しっかり評価してくださったのです。

卑しい庶子の私にも! 平等にチャンスをくださったのです!


『では、現メイド長ピュンゲル。フローズメイデン伯爵が子女、マリア・シルヴィアイス・フローズメイデンが命じますわ————しっかりと次期メイド長アンを、大切に育て上げなさい』


さらに私の現状を憂いてくださったマリアお嬢様は……慈悲深くも私を庇護するとおっしゃってくださいました。

これにはさすがのピュンゲルメイド長も私を無碍にはできなくなりました。

それからというもの嫌がらせもおさまり、今ではこちらのご機嫌を伺ってくる始末です。その変わり身の早さは嫌悪しますが、したたかさだけは学びになりました。


また、使用人や侍女の間ではマリアお嬢様は正当な評価をしてくださる。旦那様と同じく、実力のある者は貴賤を問わず登用してくださる、と噂が一気に広まりました。

中にはマリアお嬢様に取り入れば、出世できると考える下衆な輩もいます。

そうしておべっかとお世辞ですり寄る使用人には————


『不快よ……早く失せなさい』


相変わらずキレッキレッの一刀両断です!

はあ……なんて美しく可憐で! 孤高で気高き御方なのでしょうか!

かっこいいです。


マリアお嬢様がどうしてこうも他人に攻撃的なのか、今なら理解できます。

きっとマリアお嬢様は生まれた時から、あの『凍てつく青薔薇フローズメイデン』を背負う宿命にあらせられる御方。

打算や利益目的で近寄る人間は少なくありません。

だからこそ気が置けない人物が少ないと悟ったのでしょう。


それなら私は——————



『アン……行くわよ』


『かしこまりました。マリアお嬢様』


颯爽と本邸に歩を進めるお嬢様は、戦場に赴くかのような緊張感をまとっていました。その小さなお背中に、一体どれほどのものを背負っておられるのか。


その凛々しくも切ない背中を見つめながら私は願います。

おこがましいかもしれませんが、マリアお嬢様の、そのお背中をお支えしたいと。

私を支えてくださったように。


だから私は絶対零度のご令嬢フロイラインに誓います。

マリアお嬢様の傍付きメイドとして、今日も誇りを|以《も》って誠心誠意お仕えしてゆくと。

処刑された女勇者は笑う〜冷徹令嬢に転生したので、婚約者候補たちより金貨と武力とペットに夢中です〜

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