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私の名前はニーナ。
二年くらい前まで、王都でとある伯爵家の
分家で―――夫婦で使用人をしていました。
夫はその分家に仕えて長く、使用人といえど代々
忠誠を誓ってきた身。
それだけ信頼も高く、発言も重みがありました。
実際、使用人という事は平民ですが……
王都で歴史のある貴族に代々仕えてきたという
実績は―――
下手な男爵よりも身分の扱いが上であり、
夫婦で使用人として働きつつ、子供も
三人産まれ、平民ではあるがかなり裕福な
暮らしが保障されていました。
……あの時までは。
分家が取り潰しになったと聞いた時は、
何があったのかと思うのと同時に、
ある程度の覚悟もありました。
貴族社会は複雑怪奇であり、底の知れない混沌。
金・名誉・権力、そしてプライド。
ある意味、それすら飲み干す欲望の底なし沼。
それで使用人まで解雇されるのは、
仕方の無い事。
でも、それだけならまだ希望があります。
夫のように、代々仕えてきたという実績―――
それは他の貴族に対し、この上ない信頼、
そして武器となるのです。
たいていの場合、こうなった使用人たちは他の
貴族家が交渉に来たり、迎えに来たりするもの。
そういう意味では夫は、どこの貴族家も欲しがる
価値があったのです。
……普通、ならば。
問題は、取り潰された理由が、『本家の当主の
不興を買った』という事。
これは取り返しがつきません。
他の分家や貴族家がそこの使用人を雇おうと
する事は―――
『その当主の決断に不満があった』と言うのも
同然。
そうなると誰も手を出してきません。
いえ、出せないのです。
しかも夫の話では、当主も幾度となく分家を
たしなめたそうですが……
それを聞き入れず、最後の一線を越えた。
これは数ある取り潰しの理由の中でも、最悪の
部類に入るでしょう。
幸い、蓄えはそれなりにありましたが―――
今後どうやって使用人以外の仕事で働いて
いくのか、私は夫と共に悩む日々が続きました。
そんな中……
何と本家の当主が私たちに会いに来たのです。
その女性当主様はまず、私たちが仕えてきた
分家を取り潰した事情を説明してくれました。
謝罪ではありませんが―――
平民である私たちに対する、精一杯のそれに近い
形を取ったのでしょう。
そして彼女はある提案をしてきました。
ドーン伯爵領へ行ってみる気はないか、と。
そこの噂は私たち夫婦も知っていました。
ある時期を境に、王都に入ってきた新しい料理や
魔導具、娯楽品の数々。
それらは全てドーン伯爵領から流れて来ると。
「あなたたちにはまだ小さい子供も
いる事だし……
子育てにおいては、あそこはこの上無い
環境だと思うから」
そして、目の前に大きな皮袋を置きました。
置いたのは当主様の使用人ですが……
金貨百枚だそうです。
これで心機一転、新天地で―――
という事でしょう。
後で聞いたのですが、彼女は分家の縁者や
使用人に、今後の生活についていろいろと
斡旋や面倒を見て気を遣っていたそうです。
そして提案ではありますが、伯爵家の当主から
言われた事に拒否権などありません。
事実上の命令です。
まとまったお金が入るのは嬉しいですが、
要するに『都落ち』です。
いくら話題の領地とはいえ、王都と比べるべくも
ありません。
せめて子供たちは王都でそれなりの教育と生活を
受けさせてやりたかった……
そんな私と夫の表情を読んだのか、
「まあ騙されたと思って行ってみなさい。
決して後悔はさせませんから」
どちらにしろ選択肢の無い私たちは―――
家族でドーン伯爵領へ向かう事になりました。
「あ、未成年のお子さんが3人ですか。
えーと……まだ『ガッコウ』へ通う年齢では
ありませんね。
ですが、児童預かり所へ通わせる事が
出来ます。
お仕事の適性検査は受けましたか?」
伯爵領のその町に到着した時―――
まず詰め所という施設に案内されました。
伯爵家当主から紹介状を頂いていた事もあり、
御用商人の方があれこれと世話を焼いてくれ、
当時新規開拓したばかりの東側の地区に、
何とか一軒家を購入出来たのですが……
「お、おい。トイレが最新式のヤツだぞ!」
夫が放った第一声がそれでした。
確かに王都でも、あの機能付きトイレは
導入され始めていたのですが―――
また家の前には魔導具の外灯が、そして
中にも二つほど装備されており……
何より、お風呂もついていたのが衝撃でした。
あのシャワーという設備付きで。
私たちも王都でそれなりに裕福な暮らしを
してきたと認識していましたが、ここはそんな
思い出を吹き飛ばすには十分で―――
そこから先の生活は驚きの連続でした。
ドラゴンが空を飛んでいました。
ここの冒険者の妻だという事です。
つまりここを襲うという事は、ドラゴンを敵に
回すという事。
この上無く安全な町という事です。
また食事においても、目を見張るものばかり。
主食だけでもパン、麺類、米という穀物があり、
それだけでも献立で悩みます。
何より『ガッコウ』というところへ行けば、
有料(と言っても一ヶ月に金貨一枚ですが)で
料理を教えてもらえ、
外食も、家族で店に入ると……
『あー、子供3人だね?』と聞かれ、最初は
何の事かわからずうなずくと、
未成年者に対しては、一食まで銅貨一枚で
提供されるメニューがあると聞いて、
私も夫も口をポカンと開けたままになった
ものです。
これはこの町のどの飲食店も同じだそうで―――
何でも、この町ではかつて子供たちが奴隷として
誘拐されそうになった事があり……
ドーン伯爵様が率先して、子供たちの保護と
育成に力を入れ始めたのだとか。
王家がその人柄に惚れ込み、ドーン伯爵家の
末娘を王族にぜひにと望まれたという話が
ありますが、これだけの人格者であれば
納得も出来ます。
また、野菜も多種多様にあり、肉や魚も
呆れるほど安い値段で売られていて、
さらには卵までが王都と比べ物にならない
低価格。
正直、王都に住んでいた時よりも生活が
楽に豊かになったのは疑いようもなく。
あの時、当主様が言った―――
『決して後悔はさせませんから』という言葉を
改めて嚙み締めました。
とはいえ、子供三人の家庭。
いつまでも蓄えに頼るわけにもいきません。
家も購入したし、子供たちが立派に成人するまで
教育する義務があります。
それが新たな目標となり、詰め所で言われた
仕事適性を二人で受ける事に。
実は夫は雷魔法の使い手であったのですが、
とても弱い雷しか出せず、戦闘には向かない
程度のもの。
本人はそれを恥として隠して生きてきました。
『もう少し強い雷魔法が使えたら、護衛も出来る
使用人として出世していただろうに』
お酒が過ぎると、時々そんな愚痴を私にこぼして
いたものです。
しかし適性で雷魔法が発覚した途端、
大騒ぎとなり―――
夫にはある仕事が紹介されました。
この町の主力商品の一つに『浄化水』という
ものがあるのですが、怪我の消毒から卵を
無毒化する事まで出来る医療品で、
その生産は雷魔法が出来る人間が必要との
事でした。
どんなに微力でもいい、むしろ弱い雷魔法で
ないと出来ないらしく……
ドーン伯爵家の次男もそんな雷魔法の使い手で、
彼を中心に『浄化水』作りの事業が展開され、
雷魔法を使える人手はいくらいても足りない、
という状況との事。
また、それを例に挙げて―――
『強弱に関わらず、どんな魔法にも
使い道はある』という方針を掲げ、
それは後の、陛下の戴冠記念式典での演説に
大きな影響を与えたとも言われています。
(■95話 はじめての みそ参照)
夫に話を戻すと―――
彼には高額な契約金と賃金が持ち掛けられ、
一も二も無く承諾。
使用人をしていた頃には届かないけど、
それでも王都の平民の平均年収を大幅に上回る
待遇で、働く事になりました。
また私はと言うと……
一般的な『身体強化』しか使えなかったものの、
当時町では出産を控えた妊婦が多く、
出産と子育て経験のある女性は、この町にある
病院が募集していて―――
この町でも出産経験のある女性は珍しく
なかったのですが、地元の住人はたいてい
決まった仕事や職場についており、
そのため外部から来た私のような女性が、
とても重宝されていて……
そこで私も働く事が決まったのです。
聞くと夫が働く『浄化水』も、その病院兼
研究所で作っているらしく、
思いがけず私たちは、夫婦で同じ職場で
働けるようになったのです。
子供たちは日中は児童預かり所という施設に
通わせ―――
そして私たち夫婦は一緒に仕事場へ、
という生活になりました。
その私が働く病院も、治癒魔法を使える薬師
というとんでもない人が院長をしていて、しかも
この方もドラゴンが奥さんだというから
驚きです。
また医療に関する制度も王都とはまったく
異なっていて、ここでは人頭税が無い代わりに
一世帯につき月に金貨一枚が、共同保険として
徴収されます。
どうせ人頭税の名前を変えただけだろう……
よくある手口です。
ある税金を減らす、無くしたかと思えば別の
名義で取っていくというのは。
しかしここでは、この共同保険を払ってさえ
いれば―――
未成年は無料で、大人でもよほどの怪我や
大病で無ければタダで治療が受けられるのです。
ウチの子供たちはよく熱を出すので……
王都でも月に二・三回は誰かが治癒魔法の
使い手なり薬師にお世話になっていました。
次は誰が体調を崩すのだろうと、気が気では
ありませんでした。
治療費はだいたい一回につき金貨三枚から五枚。
バカにならない出費だったものです。
それが本当に無料で病院で診てもらえる。
薬代まで『共同保険に加入しているから』という
理由で、支払った記憶がありません。
しかも子供の病人が出たという話が出ると、
近くの飲食店から『病人食』が自宅まで
配達されてくるという……
至れり尽くせりの制度。
『子育てにおいては、あそこはこの上無い
環境だと思うから』
今となっては、この町に行く事を勧めてくれた
当主様には、感謝しかありません。
そしてその後、町に人が集まり続け―――
新規開拓がその度に行われ、やがて王家の
結婚式すら執り行われるようになり……
気付けば公都『ヤマト』と呼ばれるように
なっていました。
「ニーナ。そろそろ仕事終わりだろう?
家に帰ろう」
『浄化水』の仕事が終わったのか、夫が
迎えに来たので、私も仕事着である白衣を
着替えて病院を後にします。
中央地区で食材を買い込み、児童預かり所から
帰ってくる腹ぺこたちに夕食を作るため―――
最近は子供たちの送り迎えを、布ゴーレムと
いうのがしてくれるので、決まった時間に
迎える事が出来て安心です。
そして児童預かり所であった事を聞くのが、
何よりの楽しみです。
人間だけではなく、ドラゴンの子供やラミア族、
ワイバーンや魔狼の子供たちも、人の姿になって
通っているそうなので……
その友達も何度か家に遊びに来てくれているし、
人間以外の種族との生活も段々慣れてきました。
これも、王都にいたままだったら―――
経験出来なかったでしょう。
「それより、具合はどう?
大丈夫か?」
「ええ。まだまだ先の話だし、その時が来たら
産休というのに切り替わるんですって。
だから今はまだ働いていますわ」
そう、今は新しい命がお腹に宿っている。
この公都で生まれる私たちの子供……
この子はどんな人生を歩むのでしょうか。
児童預かり所へ、そして『ガッコウ』へ通い、
もしかしたらドラゴンかワイバーンと
結婚するかも知れません。
そんな事を想像しながら、私は夫と共に
東側地区にある自宅へと歩き続けました。
―――公都『ヤマト』、その中央地区。
そこが俺たちの仕事場だ。
俺の名前はマイル。ロンという相棒と共に
この公都の門番兵長を務めている。
もっとも最初はただの門番で、どこにでもいる
その他大勢の領主様の私兵だったが……
ここがまだ、ただの町だった頃―――
ふらりとその人は現れた。
そのオッサンはシンと名乗り、言い方は悪いが
くだびれた中年男性という印象を受けた。
ただその時の俺たちは、ジャイアント・ボーアが
現れたという情報で緊張しきりで……
その時のシンさんも怪しいっちゃ怪しかったが、
魔物に比べりゃ警戒する相手でも無かったので、
そのまま通らせようとしたんだ。
ただどうもジャイアント・ボーアの情報を
知っているようなので、俺はロンをその場に
残し、彼を冒険者ギルドまで案内する事に。
結果、ジャイアント・ボーアの死体は後で
見つかったと聞いたけど―――
『素手で殺されていた』という噂が広がり、
まさか、と思ったものだ。
だがその噂はすぐに証明される事になる。
選りに選ってゴールドクラスのギルド長が不在の
時に、『血斧の赤鬼』・グランツというヤツが
頭の盗賊集団に、町が襲われちまったんだ。
ヤツは金目の物と若い女たちを要求してきた。
誰もが絶望しかけていたその時、一人の冒険者が
戻って来て……
『シンさんに任せるッス!』と伝えて来た。
おそるおそる石壁の上から盗賊どもを
見下ろすと、シンさんがその集団へと
歩み寄るのが見えた。
彼は町に来てからすぐ、冒険者として
薬草取りの間に、魚や鳥を獲ってくるように
なっていたのだが―――
ちょうどそのための外出中だったらしい。
そして何事かグランツと話していたようだが、
いきなりヤツがシンさんに巨大な斧を
振り下ろし、見ていた町の連中の間に悲鳴が
広がった。
だが、斧はシンさんのすぐ真横に振り下ろされた
ようで……
彼はその斧の先端を押さえる仕草をしたかと
思うと、
それだけでグランツは斧を動かせなくなり、
やがて斧の柄を離すとその場でへたり込んだ。
何が起きているのかわからなかったが、
どうやら主導権を奪ったのは確かなようで、
『おい! お前ら動くんじゃねーッス!!
もし逃げたらそいつの背中に、シンさんが
この斧を投げつけるッスよ!!』
という冒険者の一言で全員が我に返り、
盗賊たちを捕獲する事に成功。
その一件以降、
『ジャイアント・ボーアを素手で叩き殺した』
冒険者の存在を疑う者はいなくなった。
その後もシンさんはワイバーンを撃墜して
きたり、その過程で助けたドラゴンと結婚
したりと、話題には事欠かず―――
一方で大浴場を作ったり、トイレのための
地下トンネルを作ったりと……
おかげで町は異様な発展を遂げ始めた。
そして俺たちもそのおこぼれというか、
影響を受ける。
この町で初めてシンさんに接し、対応したという
理由でなぜか門番兵長に出世した。
俺はこの町の出身で、とある農家の三男
だったけど、思いがけず家で一番の出世頭に
なっちまった。
まあ確かにあの時下手な対応をして、
彼を叩き帰していれば……
今の発展は無かったわけで。
それにそのシンさんだが、相変わらず俺たちと
顔を合わせると、『ロンさん、マイルさん』と
あいさつしてくれる。
別段、それはシンさんが町に来た時から何も
変わっちゃいないんだけど―――
ドラゴンを妻とするような人間に『さん』付けで
呼ばれるんだから、そりゃあ目立つさ。
おかけで何か勘違いした連中から、シンさんに
近付くためか俺たちに何かと声をかけてくる
事が増えた。
実際、付き合い自体長いし、シンさんも
事あるごとに俺やロンに贈り物をしてくれる。
空調付きの鎧なんていい例だ。
あと必ずと言っていいくらい、何か新しい
料理を作った時は試食会に呼ばれる。
こういう関係なら、特別な身内と見られても
仕方ないかも知れないな。
ただシンさんの料理はごく稀にだがハズレが
発生する。
それさえ無けりゃ役得とも思えるんだが。
それに今回公都に連れて来た鬼人族……
彼らのおかげでソバやウドン、米系の料理が
各段に美味しくなっている。
シンさんは、彼らの料理が本物だと言って
いたようだが―――
どうも彼の故郷は、鬼人族と関わりがあった
ようだ。
という事は、シンさんの先祖に鬼人族の血でも
混ざっているんじゃないだろうか?
それならあの強さも納得出来るし、食に対する
こだわりも理解出来る。
そんな事を考えていると相棒が声をかけてきて、
「おい、マイル。何してんだ?
そろそろ上がりだぜ?」
「おー、すまねぇなロン。
それで今日はどうする?」
「最近めっきり寒くなって来たからなぁ。
うまいかき揚げソバを出す屋台があるって
話だが、行ってみるか?」
「おっ! 新しいところ開拓したのか。
どこの屋台だ?」
最近は一人用の料理荷台を引っ張り、
簡単な食事を売る事がこの公都で流行っている。
これもシンさんの故郷の風習らしい。
「そういえばよぉ、ロン。
お前、この前可愛い獣人族の娘と歩いて
いたじゃねぇか?
あの子とどうなったんだ?」
「げっ、見られていたのかよ!
いやまあ、それがこれから行く屋台で
働いている子でさぁ」
そんなやり取りをしながら俺は腹を満たすため、
相棒と一緒に街に繰り出した。
「よし、いいですよ。それくらいでいい。
的に当てなくても十分けん制となります」
「「「はいっ!!」」」
今や三十人ほどになった部下たちの面倒を
見ながら、自分も訓練に励む。
ここは冒険者ギルド支部の訓練場。
そして私は、公都を防衛するブーメラン部隊の
リーダーとして、その責務を全うしていた。
私の名前はリーベン。
この公都の出身ではないが、結構古くから
ここに住んでいる。
希少な風魔法の使い手である事から、いろいろと
仕事は多く、重宝されてきた。
ただある程度の強風を発する事が出来るだけで、
攻撃などには使えない。
全力でやって、せいぜい人間を一人ぐらつかせる
くらいだろう。
なので、匂い対策として飲食店の店内を風魔法で
換気させる、というのが主な仕事だった。
あの、シンさんという冒険者が来るまでは。
初めて会った時の彼の依頼は、
『魚を干してください』というものだった。
意味がわからなかったが、どんな魔法を使うのか
彼は川魚を大量に獲ってきて捌くので、
それに合わせて魚を乾かす。
今では一夜干しと言って他国でも知られて
いるが……
それを最初にやったのがシンさんである。
乾燥させる事である程度保存も利き、
一日かそこらで戻ってくるのなら、
冒険者たちの携帯食としても人気のある食材。
しかもそれを住人相手なら格安で売って
いたのだから、意味がわからない。
ただその時はまだ―――
『変わった冒険者が来たものだ』としか
思っていなかった。
その後、彼はトイレと大浴場を作り……
さらにそのための排水用地下トンネルを建設。
今度は定期的にその整備・清掃のため、
その前にトンネル内の空気を吹き飛ばすという
仕事を依頼された。
当人はその後、率先して清掃のため潜っていく。
今や結構な金持ちになったにも関わらず、
それでも月に一・二回は潜るのだという。
一度、もう自分でそんな事はしなくても
いいのでは? と聞いた事があるが―――
『いやまあ、言い出しっぺですから』と、
頭をかきながら答えていた。
それどころか、『ブーメラン部隊の隊長に
なったのに、いまだにこういう依頼をして
すいません』と頭を下げられた。
だから私には、『こういう人なのだなあ』
としか言えない。
そもそも私がブーメランに関わったのも、
シンさんが発端だ。
これはシンさんの故郷の武器らしいのだが、
風魔法の適性さえあれば扱えるとの事。
戦闘など不向きだと思っていた私が、
道具を扱うとはいえ誘導弾の使い手に
なれたのだ。
そして今は当初隊長を務めていた冒険者の
青年が、次期ギルド長として本部に認められた
とかで抜けたため、自動的に私が隊長に
繰り上がり、部隊をまとめ上げている。
それと、別に好戦的というわけではないが、
戦える魔力や魔法があれば、出世が出来るのは
事実。
これさえあれば王都にも行けただろうに……
そう思ったのも一度や二度ではない。
だがそんな考えをよそに、シンさんはこの町を
あれよあれよという間に変えてしまった。
魚や鳥の供給から始まり、鳥を大量に飼っての
卵の確保。
新たな調味料や料理、娯楽。
気が付けばここは公都となり、ウィンベル王国
どころか世界でも有数の都市となった。
私も世界に詳しいわけではないが、この発展が
異常という事くらいはわかる。
あまりにも快適過ぎて、ここから出て行こうとは
考えられないのだ。
夏は暑いのが当たり前だったが、今は各所に
氷柱が置かれ、それと風を起こす魔導具が
一緒に設置される。
今やちょっとした施設やどの店でもそれは
標準であり、また氷魔法の使い手も大勢
確保してあるので、誰でも氷を購入出来る。
冬は寒いのが当然だったが―――
綿花という植物を栽培し、綿という物が
出回っている。
これを入れた衣服や布団はとても暖かい。
また個人的に嬉しいのは、お酒の種類が
増えた事だ。
ワインやエールくらいしか無かったのに、
シンさんの発案で、ウィスキー、ビール、
ニホンシュ、果実酒と選択肢は広がり、
今回鬼人族が来た事で、ショウチュウなるお酒が
増えるという噂を聞きつけ、密かに期待して
いるのである。
「では今日の練習はここまで。
お疲れ様でした」
「「「お疲れ様です!!」」」
そして隊員たちと一緒に後片付けをしていると、
まだ入ったばかりの新人が近付いて来て、
「いや、ここ冒険者と公都の住人の合同部隊と
聞いたんですが、どんな怖い人が隊長やって
いるのかと……実は怖かったんですよ。
リーベンさんのような人が隊長で、
良かったです」
その言葉に私は苦笑し、
「まあ私も冒険者ではありませんし―――
それに威張るような実力ではないですよ」
それを聞いた彼は目を丸くする。
確かに、実力がついたり出世した途端に、
威張りまくったりする人間はいるのだろうが、
恐らく一番強いであろう人物が、いつまでも
礼儀正しく接してくれているのだ。
私が威張れるはずが無い。
「さて、今日は新人の歓迎会で店を
押さえてありますので……
時間のある方は参加お願いします」
私の言葉に隊員たちが振り向き、
「マジすか!?」
「やったー!!」
「さすが隊長!!」
と、途端に喜ぶ隊員たちを前に私は苦笑いした。