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『ずっと、好きなやつがいるんだよね』
立春を迎えたばかり春風はまだ冷たくて、仁人の頬に痛いほどに突き刺さる。好きな人がいる、なるほど。確かに恋人を作らないにはいちばん納得のいく理由だ。
「……そんなん、初めて知った」
「あー…まぁ言ってなかったし?そんな恋バナとか恋愛相談とかするような関係じゃないというか。」
「確かに笑 へぇ、そっか勇斗も恋とかするんだな」
「…お前、俺の事なんだと思ってるわけ?」
「悪い意味じゃないって」
「まぁ、でもほとんど叶わないんだろうなって思ってるけど」
「んなことないだろ。どんな鉄仮面な子でもお前みたいなやつが告ってきたら誰でも揺れるって。たぶん。」
「多分ってなんだよ笑」
いやだな、目が合わせられない。
自分は、上手く笑えているだろうか。
「…じゃあ、俺次の授業移動だから行くわ」
「おう、またな」
上手く言葉を紡ぐことができなくて、本当は移動教室なんてないのに、逃げるように立ち去る。
「あ、そだ仁人ー!」
背中に追いかけてくる言葉に少しだけ振り向く。
「明日さー、久々に飯でも行こうぜ」
爽やかに笑う彼は昔と変わりない太陽みたいな眩しさで、少しだけ目を細めた。
「…何も予定がなければな」
授業寝るんじゃねぇぞーという相変わらず親のようなセリフを背中に受けながら校舎へと戻っていく。
「お、よしださん生還です…ってなんやなんやその顔!?」
教室に戻ると迎えられるやいなや、太智が大声をあげて駆け寄ってくる。
「なにが」
「いやなにがじゃなくて」
「よっしー泣きそうな顔、してるよ。なんかあった?」
「……別に」
「ふーんそっか。あ、そうだ。放課後今日いつものファミレスね」
「いやだから別に何もないってば」
「なんの話?俺が行きたいだけだけど。一昨日から期間限定のイチゴ味のチーズケーキが売られてんだよね。だいちゃんとよっしーも付き合ってよ」
「え、まじ?行く行く!」
「じゃあ、だいちゃんのおごりってことで。また放課後、ね」
「いやなんでそうなるん?!」
「ほら、先生来たから戻った戻った」
「いやお前も自分の席戻るんだよ」
賑やかなクラスメイトを見送って間もなくチャイムが鳴り響き、5限目の授業が始まった。
放課後。
相変わらずクラスはバレンタインムードでいつも以上に賑やかな教室の中、荷物を詰め込んだリュックサックに顔を埋める。
なんか、疲れた。
漠然とそんな思考が頭をよぎる。
「ね、いついく?ーーー勇斗先輩のところ」
盗み聞きするつもりは毛頭なかったけど数歩歩けば届く距離にいる人の会話は耳に入ってきてしまうようで。
「勇斗先輩、来てくれるかな…」
「大丈夫だって!」
「いきなりひとりで逃げるとか、なしだからね!玉砕する時は一緒だよ!」
「……いや、玉砕前提かよ」
小さくこぼした皮肉の独り言は誰に拾われることもなく目の前の視界に広がるリュックへと吸い込まれていく。
きっと彼女たちは勇斗に告白する気なのだろう。
いつから好きなの、
なんで好きなの、
勇斗とどういう接点を持っているの
ーーー俺も、好きなんだけどなぁ
同性だから、長い付き合いだから。
目の前の異性からしたら喉から手が出るほど欲しい勇斗との共通点なのかもしれない。だけどそれを理由に伝えられないということはあまりにも大きすぎる不利益である。自分が女性だったら、想いを伝えることは赦されたのだろうか。それこそ玉砕の可能性だってあるけど、目にとめて貰える可能性も同時にあった。男に生まれたという事実がこれ程憎いと思ったことはあるだろうか。
「アホくさ…」
そこまで考えてから思考を晴らすように首を振ってカバンを片肩に背負い、退散しようとしたところでくいっと袖を引かれた。
「よっしー何帰ろうとしてるの?俺のチーズケーキ巡りに付き合って約束してたじゃん」
「いや、俺行くなんて一言も言ってないんだけど…」
「え〜…どうせ帰ってもゲームするだけでしょ。だったら有意義に俺とデートしようよ」
「なんだよそれ」
「ほら、だいちゃんももうすぐ掃除当番から戻ってくるし。ね?」
余程新作のケーキが食べたいのか、いつにも増して積極的な柔太朗にどうせ家帰ってもやることがないのも事実だと思い、ひとつ肯定の頷きをしてやる。
「お待たせいたしました、こちら季節のケーキドリンクセットでごさいます」
学校から少し離れた行きつけのファミレス。価格もリーズナブルで学生にも使用しやすいため友人とはもちろん、ひとりで使用することも多々ある。テスト勉強で使用するには喧しいBGMも客の話し声が生む騒音も今はどこか心地よい。木目のテーブルとオレンジが基調のあかりはどこか安心感をもたらしている。
「わ、美味しそ〜」
「ごゆっくりどうぞ」
目の前に置かれたケーキは淡いピンク色がベースで粒感の残る深紅のジュレが重なっている。その上に鎮座する扇形に開かれたいちごと垂れ流れる白いクリームがさらに見た目に彩りを与えていてなんとも可愛らしい。写真撮影をひとしきり楽しんだ柔太朗はフォークを通して口に運ぶ。
「ん、おいし」
美味しいものを食べるとまゆが垂れ下がり幸せそうな顔をするのは昔から変わらない。そんな彼の顔を見るとこの場に足を運んで良かったと思う。隣で太智も美味しい!と絶賛しているのを見て左手でゆっくりとフォークを握ってケーキを口に運ぶ。程よく酸味のある口どけ滑らかなケーキと甘すぎないクリームと苺がどれも喧嘩することなく口の中で混ざる。素人の感想だがカフェで販売されていてもおかしくない逸品だ。
その後は今日出された課題の話や、次のクラブで踊りたい曲、発表に向けた簡易的な打ち合せなど尽きることのない日常の話題に少しずつ自分を取り戻した。
気が付けば時計の短針が1周をゆうに回っていて周りの客層も変わっていた。ちょっと俺トイレ行ってくる、と太智が立ち上がる。太智が見えなくなったのを確認してから残された柔太朗がSNSを見ながら口を開いた。
「あれ、はやちゃんがストーリーあげてる。」
どきんと胸が鳴る。
忘れたかったのに、絶対に忘れられない存在。
何をしているの、誰といるの、
もしかして今日クラスの中にいた女子の誰かと付き合ってーーー
嫌な思考が頭をグルグルと渦をまく。こんなにも苦しくなってしまうなら恋なんてしたくなかった、だなんて馬鹿げた発想に至ってしまう。
「…今日は舜太と焼肉だって。あいつらこんな日に焼肉かよ笑」
「舜太…と」
「……ねぇよっしー。やっぱり昼休み、なんかあった?」
「……っ」
「ごめん、お節介だって分かっているんだけどさ。今日のことも色々口出した手前、気になっちゃって」
「柔太朗が気にすることなんて何もないのに……」
「うん。でもよっしーの気持ちを唯一打ち明けてくれていたのに無責任なこと言っちゃったなって」
ほんとうに、どこまでも優しい男だ。
「…ほんとに何も無いよ。ただーー」
「ただ?」
「ーーっ、勇斗は」
体育館裏で告げられた言葉、表情。どれもが鮮明に脳裏に浮かんでかて思い出しただけで胸が苦しくなる。
ああ、思っていた以上に自分はあの男に惚れ込んでいたようだ。
「ずっと…ずっと好きな人が、いるんだってさ。じゅうもずっと応援してくれていたのに、俺の出る幕なんて最初からなかったんだわ」
ごめんな、と吐き出した自嘲の笑みは思ったよりも力なく、繕えない表情を隠すように頬杖をついて窓の外をみる。曇天が広がる空は今にも雨が降りだしそうだ。
「……ほんと、はやちゃんのこと好きだよね。ちょっと妬けちゃう」
拗ねたように呟かれた柔太朗の言葉に頬を掴む力が強くなる。
「ね、はやちゃんのどこが好きになったの?」
「どこが……」
馬鹿みたいに真っ直ぐで慢心を知らない所
おチャラけているように見えて根は真面目な所
お節介なくらいに他の人のことを気にする所
グループでも先頭にたって突き進んでいく所
だけど決して置いていく事はしないで気が付くと隣に立って支えてくれる所
そして
ーーーー『仁人!』
視界に入るだけで明るくなる満面の笑みで名前を呼んでくれる所。
「……っ、よっしーごめん、泣かないで」
「え、」
柔太朗の声に我に返ると自分の頬を一筋の涙が伝っていた。
「うそ、なんで…」
そんなつもりなんて全くなかったのに1度決壊した涙腺は崩れていく一方で。今があまり人気のない時間で角席のお陰で周りから死角になっている席で良かったと心から思う。
「……そんなに好きなら言っちゃえばええのに」
トイレから戻ってきたらしい太智がはぁ、とため息を零しながら仁人の隣に腰掛ける。
「…だから、俺はもうフラれたんだって」
「それやそれ。お前まだフラれてはいないやん」
「なにいって、」
「ええか?フラれるっていうのは勇気をだして告白をして、それでもやっぱりごめんなさいって言われることを言うんよ。仁人、お前は勇斗に勇気をだして告白したか?」
「……」
「してないやろ。フラれたっていうのは勇気をだして想いを伝えた人だけが使える特権やで。お前はまだその特権を使えるまでに達していない」
ビシッと胸元を指さされてまた身体が強ばる。
「優しい仁人は関係を崩しちゃうとか、要らんこと考えとるんやろ。ただな、俺も柔太朗もお前の気持ちを聞いてそんな兆し見せたか?舜太もそんなことするやつに見えるか?」
確かに柔太朗にバレて、太智にもバレたけど2人は変わらず接してくれる。後押しだってしてくれている。舜太だって自分の口から話してはいないけどグループを崩すような奴だとは思わない。
「……勇斗だって、そういうやつやん。お前の気持ちをちゃんと受け止めてくれる。だから、好きになったんやろ?」
ふわり、と優しく肩を撫でる太智は同い年なのに頼もしくて、柔らかく包み込んでくれる。吸う空気が軽くなるのを身体で感じた。
「…っは、ほんとかっこいいよなお前らは」
「そういうことは佐野さんに言ってあげてくださーい」
「…あした……勇斗にご飯誘われてる」
「うん」
「から、言ってくる」
「そうだね」
「ダメだったら……話聞いて、ほしい…かも」
「ん〜〜!じんちゃん可愛いっ、聞く!ダメでもダメじゃなくてもいっぱい聞くからな!」
「〜〜っ、太智うるさい」
「ふふ、そうと決まれば早めに解散する?明日のご飯行くってはやちゃんにもちゃんと連絡しないとね」
「うん、ありがとう。2人とも」
支払いをして外に出ると昼間は突き刺すような痛みを感じた風が少し緩くなっていて。広がっていた曇天からは一筋、光が差し込んでいる。びゅうと吹く強めの春風は仁人の背中を押してくれている、そんな気がした。
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