テラーノベル
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キッチンに漂う甘い香り。控えめな電子音が焼き上がりを告げる。
時間は夜23:00
オーブンから中にいる物を取り出すと久しぶりに作ったにしてはなかなかの上出来な見た目をしているカップケーキが鎮座している。
「仁人がお菓子作りたいなんて珍しいわね」
だなんて言う母親に太智からお菓子もらったから、と言い訳をしてキッチンをかりたのが1時間ほど前。
『明日、勇斗に告白をする』
柔太朗と太智に背中を押してもらってからの行動は早かった。勇斗に連絡をしてご飯の約束を取り付けてバレンタインにあげるお菓子の意味を調べてみたり。耳元に流す音楽はベタなラブソング.…だなんて正しく片想いを楽しむ人間そのもので、らしくもなく舞い上がっているようだ。
「……受け取ってくれると、いいけど」
ラッピングをしたケーキを前に呟かれた言葉は誰にも拾われることなくまるで願掛けのようだった。
「仁人、柔太朗おはよう〜!」
「おはよ、太智」
「太ちゃんは今日も元気だね笑」
「まぁ俺は元気が取り柄なもんですから?」
いつもと同じ朝の教室、朝練をする部活動の掛け声。ただ、仁人の手荷物はいつもより紙袋ひとつ分多くて。
「じゅう、太智、これあげる」
紙袋の中から取り出したラッピングが施された袋を差し出すと2人は目を丸くする。
「昨日、太智がお菓子くれたから。その…お返し、的な?」
「え、なにこれ!ええの??!」
「俺なんて何もあげてないけど…」
中身を見て2人は大層喜んでくれてたまにはお菓子作りも悪くないものだ、とおもう。
「そうだ、これ舜太に渡しておいてくれね?」
「俺?」
「うん、どうせ会うんでしょ」
紙袋からもう1つケーキを取り出して柔太朗の手の中に収める。
「…まぁ、いいけど」
少し間が空いた返事を聞いて袋から手を離す。
「なに、吉田の手作り?いいな、俺にもくれよ~俺昨日バレンタイン一個ももらえなかったんだよなぁ。俺、人気あるはずなのに」
「いや、お前モテねぇだろ。その自信分けてほしいわ」
窓側の後ろを陣取る自席でそんな談笑をしていると登校してきたクラスメイトが声をかけてきた。
「あぁ~わり、これそんなに数なくて…」
「吉田にまでフラれたか…」
「ごめんなぁ~幼馴染の特権で」
煽るように太智がにっこりと笑いクラスメイトの顔の前に袋を掲げる。
「おい吉田、こんなやつより俺の方がいい男だぞ、乗り換えるならいまのうちだ!」
「なんの争いだよ…ったく、太智も煽るもんじゃないだろ」
あきれ顔を隠し切れないまま大きな紙袋の中身をあさり、一回り小さなラッピングを友人に差し出した。
「これ、同じものじゃないけど…残った材料で作ったやつ。よければやるよ」
「え、まじ?いいの?!っしゃぁ、これでバレンタインゼロ個記録更新回避!」
「え、俺もいいの?さんきゅ。つか、バレンタイン昨日だし、もらったの男だし。お前はそれでいいんか…」
「バレンタインといえばさぁ、3年の佐野先輩ってめちゃくちゃモテるよな。昨日も3年で一番に綺麗って言われてる先輩に呼び出されてたし。あの人もお前らの幼馴染なんだろ?」
出てくると思わなかった人名に体が一瞬強張る。紙袋を持つ手に一際力が籠った。中には彼、勇斗に宛てたケーキを忍ばせている。これが仁人の本命だなんて知ったら彼らはどんな反応するのだろうか。
「まぁ…そう、ね」
「……ほら、もうチャイムなるし、席戻った方がいいんじゃね?」
柔太朗が時計をみて、解散を促す。
「うわ、ほんとだ。じゃ、吉田これサンキューな」
「はいはい」
彼らが自席に向かってから仁人も授業の準備を始めると背中にばしん、と鈍い痛みが走った。
「…っつたぁ、なに」
「気にしてんじゃないかなぁって思って」
「何が」
「わかってるくせに」
「吉田さん、日和っちゃあかんよ。決めたんやろ」
「…わかってる」
先ほどのクラスメイトの発言。
勇斗が3年イチの美女と謳われる人から呼び出された事実。その呼び出しが告白だったのかどうかなんて仁人に知る由もないけどもう、引き返せない所まで来ている。
「大丈夫」
ひとつ息を吸って言い聞かせるように吐き出すと2人も満足気に席に戻って行った。
「私、吉田くんのことが1年の頃からずっと気になってて…!」
4限の体育後。教室に戻る途中で引き止められて連れ込まれた人気のない渡り廊下で言い渡されたのは告白の言葉。まさか2日連続で告白をしてもらえる日が来るとは思わなかった。昨日は曖昧な言葉で返事をして泣かせてしまったけど今日はハッキリ告げられる。
「…ありがとう、気持ちは嬉しいよ。でもごめん、俺ずっと気になってるヤツがいるんだ」
「っ、そっか。嫌がらないで聞いてくれてありがとう。私、吉田くんの恋応援するよ。じゃあまた合同体育で会おうね!」
「うん」
昨日と変わらずこの返事をしたあとはどうも罪悪感が残るけど、どこかすっきりもしている。
自分に好意を抱いてくれたこと、恋路を応援すると言ってくれたことに感謝をすることにして向けられた背中に頭を下げた。
「……俺も頑張らないと」
曇りかけの空に向かって気合いを1ついれて、教室へと戻った。
気が付けば放課後になりクラスがバタバタと帰宅の色を見せる。
「よっしー、俺ちょっと急ぐから先帰るね。じゃあ頑張って」
そう小声で告げた柔太朗の手には先程自分が託した紙袋と、それからもう1つ。
「ん、わかった。じゅうも頑張れよ」
「……なんの話」
「舜太のとこ、行くんだろ」
「〜っ、ばか、違うこれは、よっしーがお使い頼むからそのついでというか…!」
「はいはい、じゃあ舜太にお願いね」
分かりやすく動揺を見せて紙袋を後ろに隠す姿は同性の幼馴染でありながら可愛らしい。仁人の勇斗へ抱く恋心が分かりやすいというが、こいつも大概だと思う。緩む頬を押さえていると携帯がバイブで連絡を告げた。
『ほーむるーむ終わった。そっち迎えいく?』
差出人は待ち合わせをしている勇斗で彼もちょうど教室から出られる状態になったらしい。
『いま終わった。俺ももう出るから校門の前でいい?』
『ほい』
「じゃあ太智、俺も先帰るわ」
「ほいほい、じゃあねぇ」
手短な文章に既読をつけて足早に校門へと向かう。
「勇斗、ごめん遅くなった」
「お、きたきたお疲れ、じんちゃん」
「どこ行く?」
「俺気になってるラーメン屋あるんだよね。そこ行かん?」
「まじ?え、行きたい」
「よっしゃ、このラーメン屋は最初に仁人と行きたいって思ってたんだよな」
そう、歯を見せて笑う勇斗は絵に描くような好青年で自分だけ特別なのではないか、なんてわずかにでもありえないような期待をしてしまう。
「ん〜!美味かった!」
勇斗が勧めてくれたラーメン屋はこってりの豚骨でなかなか自分好みの味をしていた。暖簾をくぐって外に出ると空が薄暗く澱んでいて傘を持ってきていたか、だなんて頭の片隅で考えてしまう。
「あ〜…なんか、雨振りそうだし早いとこ帰る?」
空を見あげた勇斗も同じことを考えていたらしく、提案をしてくる。あとひとつ、自分にはやるべき義務がある。というか、これが今日の本命というべきか。
ただ、いざ自分から誘う側になるとなんと声をかければいいものか。
「仁人?」
反応を示さない仁人に心配をするように顔を覗き込んでくる。
「…まだ、少しだけ時間ある?話したいことが、あって」
「……なに、どうしたの」
ただでさえ大きな目をさらに大きくして驚く勇斗に「ちょっと、ね」と濁した言葉を告げる。
「ん、いいよ。俺も少し仁人に話したいことあったし。いつもの公園でいい?」
その一言に一瞬どくんと、胸がなる。
仁人に話したいこと。
自分の隣に立つひとができた報告、なんてされた時に今の自分は笑って素直に祝福ができるのだろうか。
「そんじゃ、行くか」
前を歩く勇斗の背中を見ながら背中のリュックに忍ばせたケーキがずしりと重みを増した、そんな気がした。
公園に向かうまでの道中は正直、気が気ではなかった。いよいよ自分の気持ちを打ち明ける緊張と、勇斗が仁人に告げたいと言っていることがなんなのか分からない恐怖。今更中身のある話をするような仲でもないので割と適当に会話を返していても成り立つことが唯一の救いだった。
「よし、ついた!おい仁人、久しぶりにブランコ乗ろうぜ!」
あまり広くは無い公園で真っ先に昔から好きだったブランコに向かって走る勇斗は昔と変わらずとても年上とは見えない。
「おい仁人、早く来いよ!2人乗り、お前は下な!」
「いや流石にこの歳で2人乗りなんてしたら壊れるだろ笑」
現に立ち乗りで軽く漕ぐだけでぎいぎい音を立てるブランコを見て大人しく隣のシートに腰をかける。思ったよりも低い座板に思わず足を踏ん張り直した。
「ちぇ〜」
相変わらず抜群の運動神経で立ち乗りの状態から軽々しく飛び降りて仁人と同様にシートに大人しく座る。
「うお、ひっく!」
慌てて鎖を掴んでバランスをとる勇斗に思わず笑みが零れた。
「んで、仁人くんは改まって俺に何の話?」
「え、あ…っ」
突然振られた話題にまた一気に身体が固くなる。ばっと横を見ると丸くて真っ直ぐな瞳に見つめられて飲み込まれるようでクラクラする。『お前が好き』単純な言葉なはずなのに喉につっかえて上手く言葉に乗らない。心臓が口から出そう、とはこのことを言うのだろう。
「っ、俺は別に急ぎじゃないし、先に勇斗が言いたいこと言っていいよ。なんかあった?」
逃げるように自分の言葉を伝えるのを後回しにして勇斗の言葉を促した。
「ん、そぉ?まぁ俺もそんな急いで言いたいってわけじゃないんだけど…まぁいいか」
流れる静寂と開かれた口から聞こえる僅かな呼吸音。
自分の心音が聞こえてしまうのではないかと思えるほどにどくどくと鼓動が高鳴る。
「なぁ…仁人はさ、」
「な、に」
くっと距離をつめられてまた体に力が入るのを感じた。普段仁人を弄ぶような楽しげな表情とは言い難い、気難しい表情で少しだけ泣きそうな顔をしているようにも見える。
「…っ、仁人の好きなやつって誰?」
「、は?」
「ふ、深い意味は別にねぇんだけどさ。ただ、その…今日渡り廊下で告られてただろ」
「おまっ、えまた見てたのかよ…」
「いやだって、あの次の授業で俺らが体育だったから移動してたら仁人が見えて」
思い返せば教室に戻る時ひとつ上の学年がすれ違ったような気もする。勇斗のクラスだと思わなかったし、況してや本人がいたなんでまるで思ってもいなかった。
「んで、また人の告白現場を盗み見してた、と」
「またとか言うな!いやほんと悪いとは思ってるって」
でもさ、と続く言葉に罵倒の言葉を追わせることが出来ない。
「昨日と全然違ったっつーか。好きな人がいるってハッキリ断ってたじゃん」
「ま、ぁ…つか、言葉に出されると恥ずいんだけど」
その好きなやつが『実はお前のことだよ』だなんて言えたらいいんだろうけどあいにくそこまでの素直さや度胸は持ち合わせていなくて自然に話を合わせてしまう。だけど、そこで押し負けていたら今までと変わらない。今日はちゃんとハッキリさせると決めてきたんだから。
だけど、ひとつ呼吸ついてから口を開いたタイミングが一足遅かったようだった。
「…でもまぁ、俺には関係ないか。ほら仁人ってモテるんだから早いとこいい彼女作れよ。今度ダンスクラブのグールプ誘って遊ぶ?それか、俺のクラスメイトでも紹介するか?みんな優しい人ばっかだしさ」
今度ご飯会でも開こうか。だなんて、笑いながら言う勇斗を前に自分の中で何かが崩れる音がした。
勇斗にとっては仁人の隣にいるべきなのは『彼女』であって決して目の前に居る男だとは思っていない。そして恐らく自分の隣に立つ人、というものも同じなのだろう。
「太智も誘えばそれこそ人脈ありそうだから誘える範囲も広がるよな。放課後の方がセッティングしやすいもんかね」
相変わらず目は合わないまま一人で淡々と話を進めていく。お互いに恋人ができたら一緒に出かけられるかな、この間みんなといったご飯屋さんに行ってみたい。実現すると信じているでのあろう夢物語をつらつらと語る勇斗を見てじゃらり、と錆び付いた鎖を強く握りしめて小さく音を立てる。携帯の画面をスクロールしながら呟かれる独り言が重りとなって少しずつ、だけど確実に張り詰めていた糸が切れて、自分から表情がなくなっていく感覚を覚えた。
――ああ。なんかもうどうでもいいや
「……は……よ」
「仁人?」
仁人を覗き込むようにして見る勇斗とやっと目が合う。
「仁人、え、おま…なんでそんな泣きそうな顔……」
ぎょっとした勇斗の表情を見て一際大きく鎖の音を響かせて立ち上がる。座板が反動で膝裏に追突しても痛みすら感じない。
「…っ、だから俺の好きなやつはお前だって言ったんだよ!」
勢いのまま公園を走って後にした。後ろから仁人の名前を叫んでいたけど今更引き返せない。告げてしまった事も、声を荒らげてしまったことも。
どれくらい走ったのだろうか。息が切れて呼吸が苦しくて立ち止まった。後ろから勇斗が追いかけてくる気配はなくどっと疲れを感じる。肺に入ってくる空気が冷たくて、痛くて張り裂けそうだ。いつの間にか降り始めた雨は現実を叩きつけてくるように徐々に強くなっていく。
「あ〜あ、っんとに、まじで最悪…」
呟かれた独り言は雨音に溶け込んで地面に叩きつけられる。あんな伝え方をするつもりなんてなかったのに。応援してくれていた柔太朗や太智に顔を見せられないし何よりこれから勇斗とどう接していけばいいのか。もう、何も分からない。優しい彼はきっと何事も無かったかのように接してくるのだろう。いや、さすがに顔を見たくないと避けてくるかもしれない。どのみち仁人がまともに勇斗と話なんてできる気がしなくて。無遠慮に濡らす雨は前髪を伝って頬に垂れてくる。お陰で視界は歪んで前もろくに見えない。心做しか、頬を伝う水滴は暖かくて天を見上げた。
「……じゃあな、――――俺の初恋」
霞んだ声と共に流れ落ちた涙を拭った手のひらからは錆び付いた、ブランコの鎖の匂いがした。
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