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僕らの詩 ~Our Lifetime~

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僕らの詩 ~Our Lifetime~

3 - 海辺のエンジェル

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2022年08月26日

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翌朝。

樹が目を覚ますと、まず最初に明るい陽光が視界に飛び込んできた。「眩しい…」

カーテンはあるが、閉めていなかった。でも晴れているので、朝日が気持ちいい。

今日は海に出てみようかな、と樹は思った。


食堂に行くと、昨日会ったジェシーの姿を見つける。その隣には見知らぬ男性の姿。

「ジェシーさん」

「おお樹さん。おはようございます。あ、こいつは高地です」

「こいつって。初めまして、高地優吾です。樹さんのことは聞きました。新しい友達ができたって言って。よろしく」

あたたかな笑みを浮かべる。人がよさそうだ。

「よろしくお願いします。田中樹です」

すでに彼らの前にはお粥が置かれている。朝はみんな決まったメニューだ。

お粥をお盆に乗せ、2人のもとへ行く。「ここいいですか?」

「全然いいですよ」

シエルに来て初めての朝食は、さつまいも粥だった。一足早い秋の味覚がふんだんに使われている。

一口食べると、ほくほくのさつまいもが口の中でとろけた。とろとろのお粥も、温かく甘い味で食べやすい。お腹が温まる感覚があった。

「美味しいですよね、それ」

「ええ、すごく」

「……あの、これから樹くんって呼んでいいですか?」

ジェシーが控えめに言う。樹は笑った。

「もちろん。呼び捨てでもいいですよ」

「じゃあ樹で。俺のこともジェシーでいいよ」

「俺も高地って呼んで、樹」

途端に距離が近づいた気がした。

「ジェシー…って、ハーフなの?」

「そう、アメリカと日本。英語も喋れるんだ」

「へえすごい。俺はさっぱり…」

「でも日本語がちょっと苦手なんだよね、ジェシーって」

人と笑い合いながら食事をするのってこんなに楽しかったっけ、と樹は思った。

入院中は話す人もいないから一人だった。いつの間にか、食事の楽しみを忘れていた。


樹は食堂から戻ると、薄い上着を着て、ベランダに出た。

そこから浜辺に出られるようになっている。

茂みの中の小道を行くと、目の前に広がるは抜けるような青い空、青い海。それぞれが違う青色で、グラデーションになっているみたいだ。

めいっぱい息を吸い込み、思いっきり吐き出す。

病に侵された肺も、この空気で綺麗になればいいのに。願っても、そんなことはできない。でも、肺はもうどうにもできなくても、爽やかなこの空間にいることが気持ちよかった。

と、視界の隅に流木に腰掛けている男性を見つけた。黒いニット帽をかぶっている。

「こんにちは」

話してみたくなって、ついつい声を掛けた。

「あっ…こんにちは」

振り返ったその人は、まるで西洋人形のような端麗で整った顔立ちだった。陶器みたいな白い肌に、驚いて丸くなっている目は少し中性的だ。

「俺、昨日シエルに来て、初めて海に出たんですけど。すごく綺麗ですね、ここ」

「そうですよね。好きなんです」

シエルの人だとは言わなかったが、きっとそうだと樹は思った。

「俺は田中樹っていうんですけど、お名前聞いていいですか?」

そう問いかけたが、返事は返ってこない。彼は困り顔で、「……分からないんです」と言った。

え、と声が漏れた。

「なんか名前とか病気とか全部忘れちゃって。自覚はあるんです。だから、樹さん……でしたっけ」

「そうです」

「お名前も、きっとすぐ忘れてしまいます。申し訳ないんですけど…」

「いえ。…でもどうして?」

「どうしてかなぁ…、それもわかんなくて」

微笑したまま、首をかしげた。

「そろそろ戻ろうかな。えっと、どっちだっけ…」

樹は当惑しながらも、「一緒に帰りましょう」と促した。

ふと、樹は彼の右手首についているリストバンドに目を留めた。「これ、なんですか?」

「えっ…と」

やはり分からないようだ。

ちょっと失礼します、と腰をかがめ、それを見た。そこには文字が書いてある。

『京本大我 122号室 白血病 ケモブレイン』とあった。

「あ…」

「ああそうそう、スタッフさんがつけてくださったんですよ。迷子になっても大丈夫なようにって。子どもみたいで情けないですよね」

「いいえ。京本大我さん、っていうんですね。よろしくお願いします」

部屋まで送り届け、自室に戻る。

話し方もどこかふわふわとしていたが、雰囲気も儚くて、まるで天使みたいだと思った。

そして、あのカタカナ6文字も樹が聞いたことのあるものだ。

ケモブレイン。化学療法などが原因で記憶力や思考力が低下してしまう症状がみられる。

病室で隣のベッドの人がなっていたみたいで、自分もならないか、と心配だった。でも一過性のものだから、大我もいずれ治るだろう。

病気は治らなくても。


続く

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