ハピフルコネクトライフの二階はパーティー会場として使っている大広間がある。 今日はケーキバイキングパーティー。洸夜が以前健に提案した企画だ。
今回のパーティーは気楽に楽しめるがコンセプトらしく、立食で好きに色んな人との会話を楽しんでいいらしい。
「……って、私ここの会員よね?」
「まぁ、会員になったとは日和言ってたわね。でもほら、もう愛しの社長さんがいるじゃない」
「ちっがーーーう。もう! こうなったらこの機会に私もどさくさに紛れて混じっちゃおうかな」
「その服装じゃ無理ね。明らかにパティシエじゃない。ドレスじゃなきゃ無理無理」
白のコックシャツに黒のスキニーパンツ。明らかにケーキを配る従業員の格好だ。
「くぅ……」
綺麗に装飾された会場。上品なテーブル装飾、丸いテーブルにはティファニーブルーのテーブルクロスで爽やかに、テーブル中央には白い薔薇。まるで結婚式場に参列しているような華やかで上品な空間。
日和はパティシエとして今日はケーキをハピフルまで届けにきた。正装した男女の会員の皆さんが楽しく出会いを求めてケーキを食べているところを横目に日和はどんどんなくなっていくケーキをせっせと補充していた。
(でもまぁ、私たちの作ったケーキを美味しそうに食べてくれてて、嬉しいな)
パティシエにとってなりよりも嬉しいのはお客様に美味しいと言われ、お客様の笑顔が見れることだ。
「よお、やっぱり日和のケーキは評判がいいな。皆楽しそうに日和の作ったケーキをかこんで楽しそうに会話してる。やっぱり頼んで正解だったな」
今日もビシッとスリーピースのスーツを着こなした洸夜が目の前に現れた。
ま、まぁ、確かに綾乃の言う通り色気ムンムンなのか洸夜を見る女性会員たちの熱い眼差しが凄い。でもそんな事日和には関係ない。ハッキリさせたい事がある。
「ちょっと、こっちに来て」
一度会場を出て廊下の隅に洸夜を追い込んだ。
「あんた……今日私がどんな夢みたかしってる?」
恐る恐る洸夜に問いただす。もし知っていたら――
「ん、ああ、今日の日和も最高に甘くて可愛かったな。俺の下であんあん喘いで」
「ちょちょちょっと! もう言わないでいい! 本当にあなた淫魔……なの? 精気を吸うって事よね?」
「だからあの日、日和が俺の前に現れた時に言っただろう。淫魔だって。もちろん精気も吸うけど、別に吸ったからって日和が死ぬわけじゃないからな。むしろ日和が死んだら俺も死ぬ。でも俺が淫魔って事は二人だけの秘密だからな?」
ひ、秘密ってそんな……確かに誰かに言ったところで信じてもらえなさそうだし、なにより自分が恥ずかしい。淫魔に夢で抱かれてイッてます、だなんて。
(本当に、本当なんだ……私が死んだら自分も死ぬって……)
「信じてくれたか? じゃあ俺は今から挨拶の準備があるからまた後でな」
チュッと日和の唇にキスを落とし、満面の笑みで洸夜はまた会場内に戻っていった。
(な、なによ。いきなりすぎて避けきれなかったじゃない)
一瞬にして火照った頬を両手で仰ぐ。なぜだろう、キスされてイヤじゃなかった。
会場内に洸夜より遅れて入ると綾乃に「何話してたのよ~」と揶揄をいれられたが「なんでもない」とスルーさせてもらった。あんな話できるはず無い。
「あ、日和、社長の挨拶始まるみたいよ」
まるでアイドルが出てきたような会場のざわつき。イケメンとは凄い、前にでるだけでも会場の空気を揺らす。
(女の人達の目がハート、社長目当てで入会した人とかいそうだわ)
綾乃が社長に釘付けなので日和は新しいケーキを並べていく。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい、どうかなさいましたか? あ、ケーキのお代わりですかね?」
日和に話しかけてきた黒髪の男性はニコッと目を細めて笑うと「いえ、本当はもっと食べたいんですけどお腹パンパンで」とスーツの上から自分のお腹を擦ってみせた。
年下だろう、日和よりも若く見える男性は伊坂悠夜(いさか ゆうや)と名乗る子犬みたいな可愛らしい男性だった。
「僕、ここに会員登録してからイベントとかはあまり参加していなかったんですけど、今回はケーキバイキングだっていうから飛びついて参加しちゃいました」
「伊坂さんはケーキがお好きなんですね」
「はい、亡くなった母もケーキが大好きでよく二人で色んなお店のケーキを買って食べていたんです」
少し寂しそうに口を締めた悠夜は「本当に今日は参加してよかったです」とまたすぐに笑顔に戻った。
「一人で寂しいから早く結婚したいのにケーキばっかり食べちゃって」
「それは、辛かったですよね……私も同じようなもんですよ。早く結婚したいのにケーキばっかり作って、でもそれが幸せなんですけどね」
「凄くいいと思います! あの……貴女のお名前を伺ってもいいですか?」
「田邉日和です」
「日和さん、素敵なお名前ですね。今度お店の方にもケーキ買いに行きますね。今日のケーキはパンフレットに載ってるシュガーベールさんですよね?」
「そうです」
「近いうちに絶対買いに行きますから! あと僕の事は悠夜って気軽に呼んでください」
名字で呼ばれるのが嫌いなのだろうか、日和は子犬の名前を呼ぶような軽い気持ちで「じゃあ悠夜さん、ぜひ店頭でお待ちしています」と別れを告げた。
悠夜は物腰も柔らかく、話し方も優しい、おまけに若い。年齢は聞かなかったものの予想するに二十代前半あたりじゃないだろうか。
(悠夜さん凄いいい人オーラが出てたなぁ、あいつとは大違いだわ)
ステージ上で女性の視線を集めているあいつとは大違い。
「日和、さっき若いイケメンに話しかけられてなかった?」
誰よ、誰よ、と綾乃の顔に書いてある。
「ここの会員さんだって。ケーキが好きで気に入ったから今度店に買いにくるって言ってたよ」
「なんだ~ケーキを気に入ったのね、残念っ」
「残念って何よ、嬉しいじゃない、一人でも多くの人にうちのケーキを気に入ってもらえて」
それがまずこのイベント企画に参加した理由なのだから。
「ですね。じゃあ片付けて帰ろっか、お兄ちゃん一人で店番も心配だからね」
「だね」
残ったケーキはパピフルの社員の方が後でたべるからと洸夜が言っていたので箱に詰めておく。とはいえたくさん持ってきたケーキもほとんど無いのであっという間に片付いた。