ーー明が入院してから1週間。
俺は毎日のように、あいつの病室へ足を運ぶ。
理由は、ただ守るため。
それだけで、息をするように、ここへ来てしまう自分がいる。
現在の明は、入院当初よりも少しだけ明るくなってきた。
…それでも、俺がドアを開けるたび、肩をビクリと震わせる癖は残ったままになっている。
「今日も来たぞ……」
いつも通りの“親友らしく”、いつも通りの声で。
どれだけ心の奥底がどう叫ぼうと、表には出さない。
「あ、ありがとう…」
見ているだけなのに、崩れそうな笑みも、震える体も、その全部が、かつて恋人だった明の姿を思い出させる。
抱きしめて「大丈夫だ」と言いたい。髪を撫でて、安心させたい。でも、それはできない。
俺のせいで怯えるようになってしまったのだから、二度と恐怖を与えたくない。
窓から差し込む朝日が眩しくて、なぜか痛い。
震える足に力を込め、明の隣へ歩み寄る。
腰を下ろすと同時に、微笑みながら口を開いた。
「今日は…どんな話がしたい…?」
なるべく優しく。
怯えさせないように、息を詰めながら。
明は体をこちらに向けて、小さく首を傾げた。
「……僕と君の、昔の写真って……ある…?」
ほんの少し期待するような声。
その無邪気さが、胸を締めつける。
俺は一瞬、息を止めた。
スマホの中にはーー恋人だった頃の写真が山ほどある。
笑いあっている写真。
キス寸前の写真。
抱きしめ合っている写真。
全部、真実だ。
だけど、今の明に見せられるはずがない。
それでも、明の瞳はまっすぐで。
「見たい」と言われてしまえば、断る理由なんてどこにも出てこなくて。
出せるはずもなくて。
(……大丈夫。恋人だった写真は見せなければいい)
そう思って、震える指でスマホを取り出す。
それを見て明は嬉しそうに少しだけ笑った。
その表情だけで、心臓が音を立てて揺れる。
俺はスマホを差し出した。
「昔の写真、見たいって言っただろ?」
明は小さく頷く。
震える手でスマホを受け取ったその姿が、俺の鼓動を激しくする。
「……君と僕の、いろんな思い出……」
かすれた声でそう言いながら、画面を覗き込む明。
俺はそっと横で見守る。
触れたい気持ちを押さえ、息を殺す。
ただ、そこにいるーーそれだけで十分だと思いながらも、心は痛い。
写真が一枚、一枚と映し出される。
幼い頃の笑顔、旅行先の景色、俺たちのささやかな日常ーー
そして、不意にーー
二人が恋人だった頃の写真を見てしまった。
面々の笑みで抱き合っている二人を見て、
明の瞳が、一瞬、大きく見開かれる。
そして、胸の奥から溢れ出してくるような涙が、ぽろりと頬を伝う。
「……うっ……」
嗚咽に近い声。
普通に見ているだけなのに、泣いてしまう明。
「ど、どうしたんだ…?」
「わからない……っ…
でも……止まらないっ……っ……」
「僕たち親友なんだよねっ……?
本当に…っ…本当に、本当にっ……!?」
明の恐怖心が蘇ってきている。
俺はあせりながらも「深呼吸だ……落ち着いて…」と声をかける。
(やめてくれ……泣いてる顔は、見たくない………)
俺は手を伸ばしたいーー
抱きしめて、頭を撫でて、泣き止ませたい。
でも、その手を動かすことはできない。
恐怖心を、より刺激してしまうかもしれない。
「……大丈夫、明……」
小さな声でつぶやく。
本当は“真実”を言いたいのに、言えない。
ただ、そばにいる。
見守ることしかできない。
それでも明は、震えながらもスマホを握りしめて、涙をこぼす。
その姿がーー痛くて、痛すぎて、たまらなくてーー
コメント
2件
目から水が、