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3月頭の卒業式のあの日から、翔太はほとんどの時間を俺の家で過ごしたがった
卒業式の日も俺の家に泊まりたがったけど、ちゃんと卒業できた感謝をご両親に伝えなさいと諭して、夜ご飯の時間には家に帰した
帰りなさいという俺の言葉に、ちょっと不服そうに口を尖らせている表情が、俺からしたらまだまだ子供らしくて可愛くて
ついつい、明日も来ていいから、なんて甘やかしてしまう
そう言った途端に、ぱっと顔を明るくする無邪気さが眩しい
これから広い世間を知っていく無垢なこの子を、俺の鳥籠に捕らえてしまっていいのかという迷いが頭をよぎるけど
化学準備室で告白されたあの日から、もう何度も何度も考えたその問いは意味を為さない
逃げる時間は充分に与えた
それでも、ここにいたいと開け放した扉から出て行かなかったのは翔太だ
だからこそ、最後まで手を出すことはギリギリのところで躊躇っていた
艶を含んだ瞳で見つめられてることなんてわかっていたけど
鍵穴に鍵を差し込んでしまったら最後、もう俺の方から離してなんてやれない
「今日は、友達の家に泊まるって言ってきたから」
顔を伏せて、赤くなった頬を隠しながら、小さな声で翔太が言ったのは、卒業式から、3回目の週末だった
翔太は卒業して、長めの春休みだけど、俺はまだ下級生の授業もあるし、他にも雑務が色々あって、平日は通常出勤だ
その日はようやく1〜2年生も春休みに入った頃だった
それまでは、ほぼ毎日のように訪ねてくる翔太と、俺の仕事終わりの夕方から、2人の時間を部屋で過ごしながらも、それでも毎回、夜にはきちんと家に帰していた
隣り合わせに座ったソファの上、俺の手をそっと握ってくる
「へぇ?それで?」
なんとなく言いたいことは分かるけど、わざとはぐらかしなら頬を撫でると、いつものように口を尖らせる
「ぜんぶ、教えてくれるって言った」
「そんなに焦って大人になろうとしなくていいのに」
「でも……」
「どうしたの?」
「はやく、実感が、欲しいの」
「なんの?」
「おれが、亮平くんのだ、って実感」
「そんなことしなくても、翔太はもう俺のだけど?」
「そうだけどっ!わかってるよ……でも、」
「わかりやすい証が欲しい?」
「………うん」
ちょっと涙目で、うるうると見上げられてしまっては、もう逃げられそうにない
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