コンビニに行こうと家を出たら、雨が降っていた。そこまで強くない雨だから、一気に行こうと思って走り出そうとした時、電柱の脇の箱の中の仔猫に向井は気がついた。
みゃあ
🧡どうしたん?お前
黒い小さな仔猫で、身体の大きさとは対照的な大きな瞳をこちらに向けている。寒いのか、寂しいのか、ずっと小刻みに震えていた。
みゃあ、みゃあ
鳴き声は注意深く耳を傾けようとしないと聞こえないほど小さく、か細かった。
向井は放って置けずに、仔猫を抱き上げた。
ちょうどウインドブレーカーを羽織っていたから、このまま懐に入れてしまえば、雨に濡れることもないだろう。
家路へと引き返した。
今住んでる家はペット可の物件ではない。
なるべく他の住人に会わないように、急いで部屋に戻った。
みゃ?
家の中に仔猫を入れると、見たこともない目の前の景色に興味津々で、あちこちを嗅いだり、触ったりしている。
🧡なんか食べるか?
冷蔵庫を開ける。
カニカマが入っていた。
向井は小さく裂いてあげてみた。
仔猫は遠慮がちにひと舐め、ふた舐めして、食べた。
向井は嬉しくなり、どんどん裂いてあげた。
よほどお腹が空いていたのか、仔猫は勢い付いて全部食べた。
🖤康二
玄関のドアから、恋人の目黒が入って来た。
約束していたのをすっかり忘れていた。
向井はいったん仔猫から離れて目黒を迎えてキスをした。
🖤猫?
🧡うん、そこで拾ったんや
🖤可愛いね
目黒はしゃがんで、猫を見つめた。
🧡抱っこしてみる?
🖤やめとく。モコちゃんに悪いし
目黒は自分の愛犬を思い出して、少し離れたところに座った。
🖤飼うの?
🧡飼えへん。引っ越さなあかんくなるし
向井は情が移る前に、貰い先を探すつもりだと言った。
同じ猫を飼ってる佐久間あたりが相談に乗ってくれないだろうか。
夜中。
遅い時間にも関わらず、佐久間が繋いでくれた縁で、ジュニアの子が引き取ってくれることになった。
明日の朝にはこの子ともお別れだ。
🧡寂しい
目黒は黙って、康二を抱き寄せる。
🧡俺に似ててん
🖤猫が?
🧡上京したての俺、思い出したんや
🖤そうなんだね
🧡幸せになれるとええな
🖤きっとなれるよ
仔猫には情が湧くのを恐れて名前を付けなかった。
名前のないあの黒猫が、貰われた先で幸せになるようにと向井は祈っている。
そして今の自分のように、愛する人とずっと一緒にいられるといい。
おわり。
コメント
3件