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追憶のマッチング
東京の夜は、雨に濡れていた。 ネオンが滲み、街の輪郭がぼやける。そんな夜に、手嶋刑事は一人、廃墟となった水族館の前に立っていた。
「ここに、吐夢が現れるという情報があった。…本当に、来るのか?」
手嶋は、濡れたコートの襟を立てながら、静かに建物の中へと足を踏み入れる。 かつて子どもたちの笑い声が響いていた場所は、今や静寂と湿気に包まれていた。
奥へ進むと、まだ電気が通っている水槽が一つだけ、青白く光っていた。 クラゲがゆらゆらと漂い、まるで時間の流れを忘れたように、静かに踊っている。
その前に、男が立っていた。 黒いコート、濡れた髪、そして…どこか空虚な瞳。
「君が…吐夢か」
手嶋の声は、静かに空気を裂いた。
男は振り返る。
「刑事さん、マッチングって…運命を試すものだと思う?」
その言葉に、手嶋は一瞬、言葉を失う。 吐夢の瞳には、狂気ではなく、深い孤独が宿っていた。
「君は…なぜ、そんなことをした?」
「誰かに選ばれたかった。ただ、それだけだったんだよ」
手嶋は拳銃に手をかける。だが、撃てない。 この男は、ただの殺人犯ではない。何かが、彼の中で壊れていた。そして、それは手嶋自身にも通じるものだった。
「君を…逮捕する。でも、その前に…話を聞かせてくれ」
吐夢は微笑む。
「じゃあ、クラゲが踊り終えるまで、話そうか」
水槽の中で、クラゲがゆらめく。 ふたりの距離は、少しずつ、静かに縮まっていく。