テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
東京都千代田区永田町。
日本国の権力の中枢である首相官邸。
その地下深くに設けられた危機管理センターの一室は、地上とは隔絶された重苦しい沈黙と、僅かな空調の駆動音だけに支配されていた。
壁一面に張り巡らされたモニターは、今は全て電源が落とされ、黒い鏡のように出席者たちの険しい表情を映し出している。
唯一、中央の大型スクリーンだけが発光し、そこには惑星テラ・ノヴァからの最新レポートが表示されていた。
円卓を囲むのは、内閣総理大臣の副島(そえじま)、内閣官房長官、防衛大臣、経済産業大臣、外務大臣、そして内閣情報官――といった、この国の舵取りを担う「共犯者」たちだ。
彼らの手元には、極秘の赤いファイル——『テラ・ノヴァ・プロジェクト定例報告書』が置かれている。
「……まずは朗報からだ。日下部くん、報告を」
副島総理が重い口を開いた。
スクリーンの脇に控えていた日下部駐在員が一礼し、手元のタブレットを操作した。
画面が切り替わり、テラ・ノヴァの荒野で撮影された一枚の写真が映し出される。
そこには、青白く怪しい光を放つ鉱石の山と、それを採掘する電動ドリルの列が写っていた。
「ご報告いたします。
現地時間で昨日未明、特務開拓官・工藤創一氏より、新たな資源採掘に関する第一報が入りました。
FOB(前線基地)から北東へ15キロ地点に建設された『アウトポスト・ブラボー』周辺において、高純度の『レアメタル(Rare Metals)』を含む複合鉱脈の採掘が開始されました」
「レアメタル……!」
経済産業大臣が弾かれたように顔を上げた。
その表情には、隠しきれない歓喜と興奮が浮かんでいる。
「本当かね? 以前の隕石からの回収ではなく、鉱脈からの採掘なのか?」
「はい。工藤氏の報告によれば、埋蔵量は極めて潤沢。
成分分析の結果、ネオジム、ジスプロシウムといった希土類(レアアース)に加え、チタンやコバルトに近い特性を持つ、地球外起源の未知の重金属も多数含まれているとのことです」
会議室にどよめきが走った。
レアメタル。
それは「産業のビタミン」と呼ばれ、ハイテク製品や次世代自動車、そして最新鋭兵器の製造に不可欠な戦略物資だ。
だが、その供給は長らく中国などの特定国に依存しており、日本の経済安全保障上の最大のアキレス腱でもあった。
「素晴らしい……。実に素晴らしい成果だ」
経産大臣が震える手で眼鏡の位置を直した。
「国産レアメタル……。なんという甘美な響きだ。
これが安定供給されれば、我が国の半導体産業やバッテリー産業は、完全なる自立を果たせる。
工藤氏の『工場』の建設速度を鑑みれば、実用化レベルのインゴットが出荷されるのも時間の問題でしょう」
「……だが、手放しでは喜べんぞ」
冷水を浴びせるように発言したのは官房長官だった。
彼は腕を組み、天井を仰いだ。
「銅の時は『都市鉱山のリサイクル』で誤魔化せた。
木材は『ナノマシンによる促成栽培』で煙に巻いている。
だが、レアメタルは訳が違う。
日本列島にレアメタルの鉱脈など存在しないことは、世界の地質学者の常識だ。
いきなり大量の国産レアアースが市場に出回れば、銅の比ではない騒ぎになる」
「その通りです」
外務大臣が苦渋に満ちた顔で頷いた。
「特にアメリカは、先日の木材の一件以来、日本の資源動向に神経を尖らせています。
『日本はどこかから資源を密輸しているのではないか』と疑っているCIAが、この情報を掴めば、いよいよ『魔法使い』の正体を暴きに、強硬手段に出るでしょう。
銅のように『ゴミを混ぜてリサイクル品に見せかける』という手も、レアメタルでは通用しません」
「ではどうする? 指をくわえて見ているのか? 目の前に宝の山があるのに?」
防衛大臣が苛立たしげに机を叩いた。
「いいえ。策はあります」
官房長官が一枚の極秘資料をテーブルに滑らせた。
表紙には『南鳥島周辺海域における深海底資源開発計画(改定案)』とある。
だが、その中身は官僚たちが徹夜で作り上げた「完璧な虚構」だった。
「『深海』です」
「深海?」
「はい。近年、南鳥島周辺の深海底に、莫大な量のレアアース泥が眠っていることが確認されています。
技術的な課題とコストの問題で商業化には至っていませんが……これを隠れ蓑にします」
官房長官はニヤリと笑った。
日下部が手元のリモコンを押し、スクリーンに「捏造されたプレゼン資料」を映し出す。
そこには、最新鋭の深海採掘船のCG予想図と、もっともらしい採掘フローチャート、そして偽造された試掘成功のデータが並んでいた。
「政府として大々的に発表するのです。
『深海採掘技術のブレイクスルーにより、南鳥島沖でのレアアース商業採掘に成功した』と。
これなら、日本国内からレアメタルが湧き出てきても、地質学的な矛盾はありません」
「……なるほど。でっち上げか」
総理が唸った。
資料の精巧さに、思わず乾いた笑いが漏れる。
日本の官僚機構が本気を出して嘘をつくと、ここまでリアルになるのか。
「海洋研究開発機構(JAMSTEC)や資源エネルギー庁の調査船を総動員して、現地で派手にパフォーマンスを行わせます。
ダミーの採掘リグを浮かべ、タンカーを往復させる。
実際に泥を汲み上げる必要はありません。
『汲み上げたことにして』新木場の倉庫からテラ・ノヴァ産のレアメタルを出荷すればいいのです」
「アメリカ政府の上層部は、もちろん疑うでしょう。
『そんな短期間で技術的課題をクリアできるはずがない』と。
ですが、彼らにはそれを否定する証拠もありません。
『日本が極秘裏に開発した新技術だ』と言い張れば、それ以上は内政干渉になります」
「……アメリカ以外の国々、特にヨーロッパやアジア諸国には通用するでしょうな。
彼らは日本の技術力を過大評価している節がありますから」
経産大臣が同意した。
グレーゾーンを維持しつつ、実利を得る。悪くないシナリオだ。
「よし、その『深海プロジェクト』を進めろ。
予算は予備費から出す。嘘をつくなら、世界中が騙されるほどの壮大な嘘をつくんだ」
次に議題に上がったのは、テラ・ノヴァ側の「武力」の問題だった。
防衛大臣が深刻な顔で切り出した。
「工藤氏からの要請にもありましたが、現地の防衛戦力が限界に近づいています。
拠点が拡大し、鉄道網が伸びたことで、守るべき防衛ラインが長くなりすぎました」
「供給ラインが伸びれば、防衛ラインも伸びる。
工場も国家も同じだな」
官房長官が皮肉っぽく呟く。
リソースを拡大しようとすれば、それを守るためのコストが増大し、さらにリソースが必要になる。
無限の拡大再生産。
「バイターの脅威度も増しているそうだな」
「はい。敵の個体は大型化し、装甲も厚くなっています。
自動機銃(ガンタレット)だけでは対処しきれない局面も増えており、有人による機動防御が不可欠です。
自衛隊から追加の人員を引き抜いて構いませんか?」
「……許可する」
総理は即答した。
「中央即応連隊、第一空挺団、水陸機動団……精鋭部隊の中から、特に実戦的なスキルを持つ者を選抜しろ。
それと、警察庁からもSATの隊員を派遣していただきたい。
対人戦闘……つまり敵国の工作員が侵入した場合を想定すれば、警察の制圧技術が必要です」
堂島警備局長は静かに頷いた。
「承知しました。
彼らも平和な日本で訓練だけを繰り返す日々に、鬱屈としていたところです。
本物の『引き金』を引ける場所を提供すれば、士気も上がるでしょう」
議題は国際情勢へと移った。
内閣情報官が手元の資料を読み上げる。
「アメリカ以外の動きについて報告します。
最大の懸念事項である中国ですが……動きが加速しています。
彼らはアメリカが日本の『木材』について騒いでいることを察知し、独自の情報網で新木場周辺を探り始めています」
「テラ・ノヴァの存在に気づいているのか?」
「いえ、現時点では『日本がナノマシンによる革新的な促成栽培技術を確立した』と信じ込んでいるようです。
皮肉なことに、我々のついた嘘を彼らは真に受け、それを『国家の脅威』かつ『盗み出せる技術』だと認識しています」
「産業スパイか」
「はい。ナノマシンの件が本当なら、彼らにとっては核兵器以上の価値がありますから」
「……分かった。
アメリカには『深海の欺瞞』で時間を稼ぎ、中国には防諜体制を強化して対抗する。
見るべき敵は、その二カ国だ」
総理が総括し、全員が頷いた。
そして会議の空気は一変した。
最後の、そして最も重く暗い議題が残されていたからだ。
厚生労働大臣が恐る恐るファイルを広げた。
「……『医療用キット』に関する報告です」
部屋の空気が数度下がったように感じられた。
資源や軍事は、まだ「国益」という大義名分で割り切れる。
だが、これは違う。
これは「生命」と「倫理」の領域を侵犯する禁断の果実だ。
「日下部くん、現在の備蓄状況は?」
「はい。工藤氏からの納品により、今月で備蓄数は36個に達しました。
これらは全て、都内の極秘施設にて厳重に保管されています」
「36個……。
たった36個で、世界を買えるかもしれん数だな」
厚労大臣は震える声で続けた。
「これまでに実施された臨床試験……いえ、人体投与の症例リストを報告します。
被験者は計4名。
全員が現代医療では回復不能と診断された『絶望的な症例』でした」
モニターにカルテの概要が表示される。
【症例1:鬼塚ゲン(50代男性・特別強化要員)】
症状:末期の膵臓癌、全身転移済み。余命数日。
結果:全腫瘍の完全消滅。臓器機能の若返り。
経過:肉体年齢は20代相当まで回復。超人的な身体能力を獲得。再発の兆候なし。
【症例2:自衛隊員(30代男性)】
症状:訓練中の事故による右脚大腿部からの切断。
結果:投与後約1分で骨格、筋肉、皮膚が完全に再生。
経過:リハビリ不要。即座に歩行可能。健康状態は事故前を上回る「全盛期」の数値を示している。
【症例3:元政治家(70代男性)】
症状:重度のパーキンソン病。寝たきり状態。
結果:脳神経系の完全修復。振戦、固縮の消失。
経過:認知機能も含め、50代の頃の鋭敏さを取り戻している。
【症例4:国民栄誉賞作家(60代女性)】
症状:糖尿病性網膜症による全盲。
結果:網膜および視神経の再生。視力回復(両目1.5)。
経過:基礎疾患である糖尿病も完治。全身の血管年齢が若返っている。
そして日下部が合図すると、スクリーンに短い動画ファイルが再生された。
それは症例2の自衛隊員の記録映像だった。
訓練事故で右足を失った30代の男。
彼が医療用キットを投与された直後の映像だ。
『ううわぁぁぁ……!』
男の絶叫と共に、切断面から骨が伸び、筋肉が編み上げられ、皮膚が覆っていく様子が早回しのように映し出される。
グロテスクだが、神々しいまでの再生。
次のカットでは、その男が義足なしで全速力でグラウンドを走っていた。
そのタイムは、事故前よりも速かった。
映像が終わり、会議室に重苦しい沈黙が落ちた。
「……以上4名。
全員が完治し、副作用は一切確認されていません。
それどころか、共通して『全盛期の肉体への回帰』……つまり若返りと身体機能の向上が見られます。
再発傾向はゼロ。
健康状態はむしろ、投与前より遥かに良好です」
厚労大臣の声が、わずかに上ずった。
「……今のところは」
「今のところは、とは?」
総理が問い返す。
「はい。ここが重要です。
劇的な効果は確認できましたが、長期的な予後は全くの『未知数』です。
書き換えられたDNAが、数年後にどう変異するか。
あるいは、同じ個体に二度目の投与を行った場合、拒絶反応が起きないか。
……工藤氏は『安全だ』と言いますが、我々人類の医学では検証不能な領域です」
「……なるほど。
100%の成功率だが、その先は闇か」
総理が重く呟いた。
ただの万能薬ではない。
人類という種の限界を、強制的に突破させる劇薬だ。
「さて、症例者を出したということは……次のステップに進むということかね?
追加の人員で、実験台を増やすのか?」
「……はい」
日下部が意を決したように発言した。
「次は子供です」
「子供……だと?」
防衛大臣が眉をひそめた。
倫理的な防波堤が、音を立てて崩れようとしていた。
「対象は、ただの子供ではありません」
日下部は一枚の写真をスクリーンに映し出した。
車椅子に乗った儚げな少女の写真だ。
年齢は10歳前後。
酸素吸入器をつけ、虚ろな目をしている。
「名前は海道(かいどう)サクラ。10歳。
先天性の重篤な心臓疾患と免疫不全を患っています。余命は半年もありません」
「海道……?
まさか、あの『海道重工』の?」
経産大臣が息を呑んだ。
海道重工。
日本の重工業界のドンであり、防衛産業、インフラ、宇宙開発まで手掛ける巨大コングロマリット。
その会長である海道龍之介は、財界のフィクサーとも呼ばれる大物中の大物だ。
「そうです。彼女は海道会長が目に入れても痛くないほど溺愛している、唯一の孫娘です」
「待て待て、日下部くん。
経済界の大物の孫娘?
それは……実験なのか?」
総理の目が鋭くなった。
単なる医学的なデータ収集ではない。
そこには、もっとどす黒い政治的な意図が透けて見える。
「実験兼、懐柔(かいじゅう)要員です」
日下部は悪びれずに答えた。
「テラ・ノヴァ・プロジェクトは拡大の一途を辿っています。
もはや政府の隠し予算と、一部の官僚機構だけで回せる規模ではありません。
今後、『深海採掘』のカバーストーリーを補強するためにも、民間企業の協力が不可欠になります。
偽装した採掘船の手配、プラントの建設、物流の偽装……。
それらを秘密裏に請け負ってくれる、強力な『味方』が必要です」
「……そのために、海道重工を取り込むと?」
「はい。
海道会長は孫娘の病気を治すためなら、全財産を投げ出す覚悟を持っています。
世界中の名医に見放された彼女を、我々が救うのです。
『医療用キット』という奇跡を使って」
日下部の声は冷徹だった。
「工藤氏の言葉を借りれば……この薬の原料である『バイオマター』は、異星生物の巣を焼き払わなければ手に入りません。
何かを得るには、何かを燃やさなければならない。
我々もまた、倫理を燃やして国益を得るのです」
「……人質、いや、『借り』を作らせるわけか」
官房長官が低い声で笑った。
「悪魔の取引だな。
だが理に適っている。
今後はカバーストーリーにも企業を使って、技術の小出しをする必要がある。
ここらへんで致命的な『弱み』を持つ味方を、財界の中枢に作っておくのが定石だ」
総理は目を閉じ、少女の写真を見つめた。
純白のドレスを着た、死にかけた少女。
彼女を救うことは善行だ。
だがその裏には、国家の存亡をかけた冷酷な計算がある。
「……許可する」
総理の声が会議室に響いた。
「海道会長に接触しろ。
ただし、あくまで極秘裏にだ。
『政府の最先端医療研究の特別枠』としてオファーを出せ。
成功すれば、海道重工は我々の手足となる」
「はい。成功率は……現時点のデータでは100%です。
その後の彼女がどうなるかは、神のみぞ知るですが」
「ならば進めろ。
純白の生贄を祭壇に捧げ、巨人を我々の陣営に引き入れるのだ」
会議は終わった。
深海という嘘で世界を欺き、少女の命というカードで財界を支配する。
工藤創一がテラ・ノヴァで工場の煙を上げている間、地球側の大人たちは嘘と策謀で、その煙を覆い隠そうとしていた。
日下部はファイルを閉じた。
次の仕事は、財界の怪物との腹の探り合いだ。
彼のポケットの中で36個の奇跡が、まるで爆弾のように重く存在を主張していた。
「工場は成長しなければならない」。
その言葉の呪いは、いまや国家そのものを侵食し始めていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!