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「新婚仕様! 主は御方の永遠の新妻だから、いいでしょう?」


にやりとチシャ猫笑いをされる。

ちらっと横を見れば彩絲も同じチシャ猫笑い。

瞼の裏に浮かんだ夫の笑顔は、俗に言う満面の笑み……。


そこはかとなく敗北感を覚えながら私は、エプロンを身につけた。


ランディーニが浮かべるだろうチシャ猫笑いには耐えられそうだが、他の皆が浮かべるだろうきらきらした、主様、可愛いです! という純粋な賛美の微笑には耐えきれるだろうかとある意味、笑えるに違いない覚悟を浮かべながら、キッチンへと向かった。


迎えられた全面の微笑にはスルースキルを発動させてやり過ごす。

意外とやればできた。


「……これから夕食を作ろうと思うんだけど、皆のリクエストを教えてほしいの」


「私はお魚があれば嬉しいですわ~」


こういったときに遠慮は無用だと知っているローレルが、真っ先に意見をくれる。


「私はその……キャロトが入っていると嬉しいです」


兎人はやはりニンジンが好きらしい。

遠慮しつつのセリシアの発言に目を細める。


「私たちは木の実が入っていたら、究極のごちそうなのです!」


ネルがリス族を代表して声を上げた。

ネルの隣にいる二人も大きく頷いている。

ほうれん草のごま和えにクルミを入れると、香ばしくて美味しいと聞いたので、それに挑戦してみようと思う。


「私はその……何が自分の好みなのかわからないので……主様が美味しいと思うものを食べてみたいのですが……」


フェリシアは、こんな意見を言ってもいいのだろうか? と不安げに告げてきた。

長く虐げられてきた彼女は、天使族が何を好むのかすら知らないのだ。


「ええ、私が向こうで食べ慣れていた料理を出すつもりよ」


「では、是非それでお願いします!」


フェリシアはきっと、私と同じ料理が食べられるだけで幸せなのだ。

だからこそ、天使族が根本的に好むものがあれば反映させたかった。


今回が初めてだから、手伝いはノワールだけと告げてキッチンへと向かう。

先ほど考えたメニューにちょっと手を加えれば、皆の要望に応えられるようだ。


ノワールに聞いたところ、天使族は肉を好むとのこと。

しかも生か焼いて食べるだけなので、調理された肉の美味しさは高位の者しか知らないらしい。


今回は肉じゃがの肉をましましにするとして、照り焼きやタルタルソースなどで味付けた料理を、フェリシアにたっぷり食べさせようと誓いながら、ノワールが用意してくれた包丁を握り締めた。


ノワールが自前の倉庫から指示した食材を取り出し、一通り並べてくれる。

大所帯なので野菜一つとってもなかなかの量だ。


「豆腐とかもあるんですねぇ」


異世界作品を読むと存在しないことが多い豆腐。

料理チートをする場合、ダイエット料理として女性が、精進料理として聖職者が喜ぶという設定をよく見かける。


「はい。主様が御存じの食材はほとんど存在するかと思われます。あちらの世界とではほとんど呼び名が違っているようですが、概ね同じ食材と判断していただいて問題ないかと」


「豆腐も豆腐って呼ばれてる?」


「似た感じでございますね。とーふと呼ばれております。エッグルどーふ(卵豆腐)、まごまごどーふ(ごま豆腐)、こーやどーふ(高野豆腐)などがございますね。もーめんどーふ(木綿豆腐)、きぬごしなとーふ(絹ごし豆腐)もございますよ」


豆腐文化はちゃんと根付いているらしい。

豆腐好きには嬉しい環境だ。

不意に出汁醤油をかけたおぼろ豆腐が食べたくなったが、またの機会にしようと、頭の中から振り払って、イモッコを手にする。


「一つ見本を作っていただければ、あとは自分が下準備をいたしますので……」


「そうね。何分量が多いものね……ピーラーってある?」


「はい。ございますよ。こちらは王都一の鍛冶師が作ったピーラー極《きわみ》でございます」


「……王都一の鍛冶師ってドワーフなのかしら?」


「ええ、そうでございます。生粋のドワーフですが、御方が見いだした変わり者気質らしく。毎日の糧となる料理を作る道具を製作することこそが、鍛冶師の誉れ! と豪語していらっしゃいますね。彼の作った調理器具を使うと、他の調理器具は使えなくなります。切れ味がすばらしい上に手入れも簡単なのです。主様が使われる予定の調理器具は全て、その鍛冶師の手による物で揃えてございます」


そしてきっと、そんな鍛冶師が作る武具も一流なんじゃないかなぁ、と勝手な妄想を膨らませながら、イモッコの皮を剥く。

向こうでも包丁専門店で売っているピーラーを使っているが、それよりも刃《は》の滑りがいい。

メークインタイプのじゃがいもだったので特に剥きやすいのかもしれないが、凹凸に沿って過不足なく皮が剥けるのは、そういった魔法でも施されているのだろうと思えるほど楽なのだ。

さすがは、極!

凄いね、ドワーフ!


「あとはキャロトの皮も剥いて……オニオーンの皮も剥いて……」


「レンソはざく切りでよろしゅうございますか?」


「あ! 根っこだけ切って、そのままでお願い。ゆで終わったら、食べやすい大きさに切る感じで。そうそう、しらたきか糸こんにゃくってある?」


向こうでは夫の好みでどちらも入れないことも多いのだが、食感が面白いので存在するなら入れてみたいと思い、聞いてみた。


「はい。どちらもございます。シロタキとスレニャクと申します。こちらで肉じゃがによく使われるのはシロタキのようでございますね」


「じゃあ、そちらを使いますぅ?」


取り出されたシロタキは、透明なスライムに似た生き物の中に入っていた。

中は水が詰まっている感じで、その中で拳大のシロタキが揺蕩っている。

ふるふると揺れているので、生き物なのだろうか?


「奥方様に一人前、私に九人前出していただきましょうか」


ノワールがスライム? に話しかける。

スライム? はぴょんぴょんと飛び跳ねて、私の使っているまな板の上に、ぷふっと一人前分のシロタキを吐き出した。

ノワールの分は彼女が差し出した、大きめのボウルの中に一度で吐き出される。

拳大が九個分まとまっていた。

バスケットボール程度だろうか。


「ありがとうね」


そっと撫でてみれば、ひんやりとした弾力のある肌触り。

ふるんと返事をするように揺れたスライム? は、ノワールの倉庫へと再び収納されたようだ。


「今のってスライムでいいの?」


「人工種ですが、スライムと定義されております。クリアスライムと呼ばれて、幅広い用途に重宝されている種でございます。保管している物の重さを感じさせない超軽量に加えて、さらには収納物を大切にする習性があるので、収納物が損なわれないのですよ。個性もありますので、時々収納物を食べ尽くしたり故意に消失させたりする個体もおるようですが、私が使っているクリアスライムは、皆優秀と自負しております」


スライムの便利な性能を兼ね備えた、プラスチック容器のような感じだろうか?

スライム好きとしては、一匹二匹、アイテムバッグに忍ばせておきたいところ……。


「お気に召したようであれば、残りの家具購入の際にでも買いに行かれるとよろしゅうございましょう」


「そうしようかしら。好きなのよね、スライム」


ペット枠として本格的に迎え入れたい気もする。


シロタキはさっと水洗いをして、ざく切り。

イモッコとキャロトは大きめの乱切りで、オニオーンはくし切りにして、ボウルに入れた。

横ではノワールが、私が切った野菜を見本にして、どんどん大鍋の中に食材を投げ込んでいく。


「豚肉は……オーク肉? のぶたんでもいいけど。ダントンとミートスライムの肉とかでもいいのかしら?」


ダントンは肉じゃがに向かなそうな鑑定結果だけど、ノワールなら上手な調理方法を知っている気もするので一応選択肢に入れておく。


「その中ですとミートスライムが肉じゃがには向いておりますね。旨味がぎゅっと凝縮された肉でございますから」


気を遣った皆がダンジョンアタックのお土産として、ダンジョンの素材を一通り持って帰ってくれた。

ミートスライムは掌サイズの正方形肉。

ぱっと見、赤身のブロックに近そうだ。


「……細切れをお願いしてもいい? ちなみに普通はどういった食べ方をするのかしら?」


「岩塩を振って丸焼きが冒険者の食べ方ですね。貧民は薄く切ってスープに、一般民は厚切りスライスして焼く、もしくは炒めるのが普通でございます」


この赤身加減なら、ジャーキーも美味しい気がする。

ノワールがミートスライムを薄切りにする手際の良さに見入ってしばしのち、我に返った。


「あーそういえば、ほうれん草のごま和えに入れるナッツはるみくを使いましょう! お味噌汁にはかめーわを!


るみくはクうぇがいるときに採取してくれたようなので、煎らずに食べられるという完璧な状態だ。

かめーわは赤いわかめにしか見えない。

わかめだと考えると、赤いところに少々違和感を抱くが、味が変わらないのなら大丈夫だと思う。

そもそも違和感を抱くのは私だけ。

皆が頑張って私のためにと、採取してきてくれた素材なのだ。

できる限り使いたい。


るみくはみじん切りにして一旦小皿へ、かめーわは色の変化が怖いので直前入れにしようと、同じように小皿へ入れておいた。


スビナ(茄子)はへたを取って、半分に割って、鹿の子切りに。

茄子の煮浸しの鉄板レシピは何種類かあるのだが、今回は大根下ろしを使うバージョンに決めた。

ダイコーンと卸し金(これも極シリーズ)を出してもらい、気合いを入れてする。

無心になって一本を下ろした。

十人前ならこれで足りるだろうか?

どうせ使うことになるのだしと、同量をノワールに下ろしてもらうようにお願いした。

 彩りに散らそうとグリーンギネン(青ネギ)を出してもらい、これも細かく刻んだ。


そろそろ調理にかかろうかーと、大鍋に入れた肉じゃがの具材を炒める。

量が多いので混ぜる用の杓文字も大きい。

薄切りミートスライムの色が変わるまで炒めてから、野菜三種を投入して更に炒める。

野菜の色が変わるまで炒めたら、今度は水と調味料を投入。

調味料は醤油・酒・砂糖・みりん。

尋ねたら、あって驚いた出汁の素。


ちなみに出汁の素は魔法を使うと結構簡単に作れるらしい。

ノワールの持つ調味料は一流だと思うが、自分好みの味を追求するのも面白いかもしれない。

料理が楽しくなり始めると、いろいろなことに挑戦してみたくなるのだ。

その一つにオリジナルの出汁はよく上げられる。


煮汁が沸騰したらシロタキを投入することをお願いして、鯖の味噌煮に取りかかった。

臭み消しのウガッショ(ショウガ)の皮はスプーンで剥く。

これだと然程手間がかからずに薄く皮が剥けるのだ。

剥いたあとで薄切り。

最後がちょっと厚くなってしまうのはご愛敬でお願いしたい。


バッサは皮目に十字の切り込みを入れてから湯通し。

キッチンペーパーで水気をとりたいところだけど……これ、なのかしら? キッチンペーパーに値する物は。

すっかり料理ができるように整えられたキッチンの一角に鎮座するそれ。

四角いティッシュ箱に瓜二つの形状。

しかし目が二つと口が一つついている。

ちなみに目は勝ち気な感じの吊り目だ。


「バッサの水気取りをしたいんなら、自分を使うとええでー。使い終わったら背中の穴に丸めて入れてくれると、リサイクルされてエコになる仕様なんよー」


しかもしゃべった!

関西弁風だ。

生き物なんだろうか?

魔道具的なものだろうか?

思わずまじまじと凝視してしまった。


「うちは、魔道具なんよー。匠シリーズと言われてるんやで! 料理用水気取りや。仲間もよろしゅうなー」


反射的にバッサの水気を切り、箱の裏側にあった穴に使用済みのものを入れる。


「おおきにー」


お礼を言われた。


「匠シリーズは優秀な魔道具ですが、おしゃべりなのが難点でございます」


「褒められるとうち、照れるわぁ」

  

もじもじする箱ティッシュ。

気にしたら負けなのだろう。

ちなみにエンボスタイプだった。

この調子なら、仲間にフェルトタイプなんかもいるのだろう。


バッサをウガッショとともにフライパンに入れ、水を入れて火にかけた。

沸騰したところを見計らって投入する調味料は、味噌、醤油、みりん、砂糖。

醤油は控えめ、砂糖は多めだと、食べやすい味に仕上がる。


沸騰してのち浮いた灰汁を取ったら綴じ蓋をして煮るのだが。


「綴じ蓋……」


何となく料理用水気取りに囁いてみる。


「みなまで言わずともわかっとるでー。召喚! 匠シリーズ、綴じ蓋用!」


まさか召喚してくるとは思わなかった。

どんな性能の魔道具なんだろうか。

超高性能であるのは間違いなさそうだが……。


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