テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
4,307
黒 透 。
To マイキー
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
件名:集会についての報告
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
マイキー、ごめんドジっちゃった。
千冬と二人で芭流覇羅のアジトに乗り込んだけど、バレてさ、
バジに会ったよ。
バジは、本当に東卍を辞めるつもりみたい。千冬を……信じられないくらい、ボコボコにして。私にも、拳を振るった。
でもね、バジの拳はすごく震えてたよ。一虎っていう人の隣で、すごく悲しい顔をしてた。
千冬は今、病院で治療中。意識はあるけど、ひどい怪我。
私は大丈夫。ちょっと顔が腫れただけ。
稀咲っていう人を外す条件、私たちがバジを連れ戻すことだったよね。
バジの目は……「あっちに行く覚悟を決めた奴」の目になってた。
―― もう戻れないっていう。
まだ諦めてないよ。千冬が起きたら、また考える。
───────────────
廃ゲーセンの空気は、鉄錆と埃、それにむせ返るような血の匂いで澱んでいた。
ウタハは、意識を失いぐったりと項垂れる千冬の腕を自分の肩に回し、細い身体を極限までしならせてその体重を預かった。
「……っ、ぐ……」
一歩踏み出すたび、殴られた脇腹が悲鳴を上げる。膝がガクガクと震えた。
千冬との身長差は十センチ以上。ズリ、と彼の足がコンクリートを擦る音が、静まり返ったアジトに響いた。
腫れ上がった瞼を無理やり持ち上げ、ウタハは奥にいる二人を見据える。
首筋に虎を刻んだ少年、一虎。
そして、長い身体を気怠げに折り曲げ、煙草を燻らせる半間修二。
「……ねぇ。もう、行っていいかな」
湿った声だった。
怯えじゃない。ただ――早く千冬を助けたい、それだけが張り付いていた。
半間が、細い目を三日月みたいに歪める。
肺いっぱいに溜めた煙を、ゆっくりウタハの顔へ吐き出した。
「……あは、いい根性してんねぇ、お嬢ちゃん。場地にあんだけやられて、まだそんな声出んの?」
紫煙の向こうで、一虎が鈴を鳴らす。
チリン。
壊れた玩具でも見るみたいな目で、じっとウタハを見ていた。
「……行っていいよ。でもさ、ウタハ」
一虎が、音もなく歩み寄る。
耳元に顔を寄せ、凍りつくような声で囁いた。
「次は、その特攻服……脱いでから来なよ」
わずかな間。
「じゃないと、今度は――本当に殺さなきゃいけなくなるから」
背筋に、氷を差し込まれたみたいな悪寒が走る。
ここは、あっち側の世界だ。
昨日までの、守られていた場所とはまるで違う。
暴力だけが通じる場所。
「……バイバイ、場地の『踏み絵』さん」
半間の笑い声が、背中に絡みつく。
ウタハは歯を食いしばり、千冬を支えながら出口へ向かった。
一歩。もう一歩。
背中に突き刺さる視線。
誰か一人が気まぐれを起こせば、それで終わりだ。
胃の奥が、じわりと持ち上がる。
(……マイキー……)
心の中で、一度だけ名前を呼ぶ。
けれどすぐに唇を噛み、その甘えを血の味ごと飲み込んだ。
鉄の扉を押し開ける。
夜の冷たい風が、傷口に沁みた。
暗闇の中、千冬を背負って一歩、また一歩と歩いていく。
自分たちの居場所へ戻るために。
その足跡は――
口元から滴る血で、点々と黒く汚れていた。
⸻
深夜の病院の自動ドアが開き、乾いた機械音が静まり返った廊下に響いた。白い蛍光灯の光が床を冷たく照らし、その中を重い足音がまっすぐ近づいてくる。
現れたのは、万次郎とドラケンだった。特攻服ではなく私服姿。それでも、その場の空気がわずかに沈んだように感じられる。
「……マイキー。ドラケンも……」
椅子から立ち上がろうとした瞬間、脇腹に鋭い痛みが走り、身体がわずかに揺れた。その小さな動きを、万次郎は見逃さない。眉がほんの一瞬だけ寄る。
腫れ上がった頬。裂けた唇。白い包帯。視線が、ゆっくりとそこをなぞっていく。
「……ごめん。ヘマした」
消え入りそうな声だった。それでも、目は逸らさない。
廊下に沈黙が落ちる。怒鳴り声よりも重たい、息苦しい沈黙だった。
「バジのことは……怒らないであげて……。私たちが、勝手にアジトに乗り込んで、あの状況を作っちゃったから。……ね? バジは、あそこに居続けるために、やらなきゃいけなかっただけなんだよ」
言葉が途切れないように、必死に繋ぐ。ここで自分が被害者の顔をすれば、きっとこの二人は止まらなくなる。それが分かっているから、ウタハは引きつる頬を無理やり持ち上げた。
「それにさ、抗争で殴られるなんて……前からあったでしょ」
震える指で、ゆっくりとピースサインを作る。
「これ、東卍一番隊の……『勲章の傷』。かっこいいでしょ?」
歪んだ笑顔だった。
ドラケンが顔をしかめ、大きく息を吐いた。
「……ったく。お前は本当にアホだな」
低い声だったが、怒鳴ってはいない。困ったような、どうしようもないものを見るような目をしていた。
「そんなツラして、よくピースなんてできんな」
一方で、万次郎は何も言わない。
ただ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
足音が近づくたび、空気が重くなる。
目の前で止まると、何の前触れもなく――ウタハの頭をぽん、と触れた。
ぐい、と胸の中へ押し込まれる。
「……笑うなよ、ウタちゃん」
耳元で落ちた声は低く、少しだけ震えていた。
消毒液の匂いの中に、知っている匂いが混ざる。背中に回された手が、特攻服の生地を強く掴んだ。指が食い込むほどの力だった。
「……勲章なんて、いらねぇ」
怒鳴っていないのに、逃げ場がない。静かな怒りが、じわじわと滲み出ている。
その目は――もう、迷っていなかった。
「バジのことは……わかった」
「でも、お前をこんな目に合わせた奴らは……俺が絶対に許さねぇ」
静かな声。
けれど、その奥にははっきりとした決意があった。 一人の少女を傷つけられた男の、冷たい覚悟が。
⸻
「私は、平気だよ……。バジ、たぶん私には手加減してくれたんだと思う。女の子だからって、あいつなりの気遣いだったのかも」
そう言ったわりに、頬の腫れはひどかった。赤黒く膨れ上がり、少し口を動かすだけでも痛みが走る。それでもウタハの意識は、自分の傷よりも処置室の奥に向いていた。
「……千冬の方が、ずっと痛そう。あんなにボコボコにされてさ……」
その時、処置室の扉が開いた。看護師に押されて、千冬が車椅子で運ばれてくる。顔の半分以上が包帯で覆われ、片目は腫れて完全に塞がっていた。それでも、万次郎とドラケンの姿を見つけると、千冬は無理やり背筋を起こした。
「……マイキー君」
声は掠れていたが、はっきりしていた。
「場地さんは、本気で東卍を潰すつもりじゃありません……。あの人は、一人で何かを背負い込んでるだけです。だから……信じてやってください……っ」
言い終えた途端、息が乱れる。激痛をこらえているのが見て分かる。その様子に、ドラケンが苦しげに顔を歪めた。
ウタハは万次郎の腕の中から、そっと身体を離した。そして、三人の顔を順番に見つめる。その瞳には、怯えよりも、あの場所で見たものを知っている者だけが持てる確信が宿っていた。
「マイキー……。私、一虎さんとバジの顔を見て思ったことがあるんだ」
声は静かだったが、迷いはなかった。
「一虎さんさ、すごく迷子みたいだった。自分の居場所が分からなくて、誰かを恨んでないと立っていられない……そんな顔してた」
少しだけ息を吸う。
「……バジはね、そんな一虎さんを、放っておけなかったんだと思う」
廊下は静まり返っている。遠くで機械の小さな電子音が鳴っていた。
「救いたいのか、連れ戻したいのか……そこまでは分からない。でも、バジはあそこで、一虎と一緒に沈む覚悟をしてる。スパイみたいな器用なことは出来ないかもしれないけど……離れてても、あいつの心はまだ、私たちの隣にあるよ」
ウタハは、自分の薬指をそっと握り込んだ。そこに残る感触を確かめるみたいに。
「白とか黒とか、そんな簡単な話じゃないと思う。どうしても、グレーにならなきゃいけない時ってあるでしょ。バジは今、その中にいる。……一人で戦ってる」
小さく息を吐く。
「だからさ、マイキー。私たちが、あいつを迎えに行こう?」
万次郎は何も言わなかった。ただ黙って、ウタハの言葉を聞いている。その瞳の奥にあった冷たい怒りが、少しずつ形を変えていくのが分かる。
ドラケンが、車椅子に座る千冬の肩に手を置いた。大きな手だった。
「……ったく、お前ら二人してバカばっか言いやがって」
ため息をつく。
「……バジも、果報者だな」
その言葉には、呆れと、少しだけ安堵が混じっていた。
万次郎が、ゆっくり息を吐く。そして、もう一度ウタハの頭に手を置いた。指先が、乱れた髪を軽く押さえる。
「……わかったよ」
低い声だった。
「お前らがそこまで言うなら……俺も、もう少しだけ信じてやる」
その言葉を聞いた瞬間、ウタハの肩から力が抜けた。張り詰めていたものが、一気にほどける。
「……ありがと」
小さく笑った。今度の笑顔は、さっきみたいな無理をしたものじゃなかった。
⸻
翌朝、雲ひとつない快晴の空の下。
公園の空気は、やけにのどかだった。
だが――ブランコに腰掛ける二人の姿だけが、その平和な風景から妙に浮いていた。
ウタハと千冬は、律儀に中学校の制服に身を包んでいる。
けれど顔面は、昨夜の惨劇をそのまま貼り付けたみたいな有様だった。
千冬は顔の半分を覆うガーゼ。片目は紫色に腫れ上がり、ウタハも頬に大きな絆創膏を貼り、唇を切らしている。
「いいかウタ。昨日の今日でバジさんは動かねぇ。……問題は稀咲だ。アイツの尻尾を掴まねぇと、東卍は本当にバラバラになっちまう」
「うん……そうだね。でも千冬、その顔で真面目な話してると、なんかホラー映画の撮影中みたいだよ」
ブランコをゆらゆらと揺らしながら、ウタハが紅梅色の瞳を細める。
――その時だった。
視界の端に、見覚えのある金髪が映り込む。
昨日、アジトで震えていた「ダサい金髪」の少年。
花垣タケミチだ。
「あ……。昨日の、クレイジーくんだ」
ぽつりと呟く。
集会でいきなり稀咲を殴り飛ばし、あの地獄みたいな踏み絵にも、なぜか証人として立ち会っていた妙なやつ。
「おい、タケミチ!」
千冬のドスの効いた声が飛ぶ。
「ひぃっ!」
情けない悲鳴と一緒に、タケミチがその場で跳ね上がった。
「ま、松野くん……! それに、ウタハさん……! そ、その顔……大丈夫なんですか……!?」
膝をガクガク震わせながら、じりじりと後ずさる。その様子は、まるで死神にでも出くわしたみたいだった。
ウタハは、不思議そうに首を傾げる。
(この子、なんでこんなにビビってるんだろ)
一度、千冬の横顔を見る。
(確かに今の千冬、継ぎ接ぎだらけのフランケンシュタインみたいでちょっと怖いけど……)
少し考えて。
(……私、そんなに強面かなぁ?)
「タケミチくん、そんなに怖がらなくてもいいよ。取って食ったりしないから。……たぶん」
「たぶん!? 今の『たぶん』が一番怖いんですけど!?」
必死なツッコミに、ウタハは「あはは」と笑う。笑った拍子に頬が痛んで、小さく顔をしかめた。
その横で、千冬がブランコを降りる。
「おいタケミチ。お前、昨日のこと誰かに喋ってねぇだろうな」
ゆっくり歩み寄る。
包帯越しの視線が、じわじわと迫る。
「しゃ、喋ってません! 誓って誰にも言ってませんからぁ!」
「……ならいい」
短く言ってから、千冬は少しだけ間を置いた。
「お前、稀咲のこと探ってんだろ?」
タケミチが、はっと顔を上げる。
「だったら協力しろ。俺たちも、アイツのことは信用してねぇ」
その言葉に、タケミチの目が大きく見開かれた。
ウタハもブランコを止め、ゆっくり立ち上がる。
一歩、タケミチの方へ歩み寄った。
「タケミチくん」
ウタハはブランコを止めて立ち上がり、まっすぐタケミチを見た。
「私たち、一番隊の隊長を取り戻したいの。バジを、もう一度東卍に戻すために……」
少しだけ笑う。
「一緒に、探偵ごっこの続き、やってくれる?」
腫れた頬なんて気にもしない。
ひまわりみたいな笑顔だった。
その横で、満身創痍の千冬がぼそりと呟く。
「……探偵ごっことか言うなよな。」
――最悪な状況の真っ只中。
それでも。
この、少し頼りないくせに、妙なところで腹が据わってる「クレイジーくん」を仲間に加えたことで。
止まっていた何かが、ゆっくりと動き出そうとしていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!