若井side
初めて会った日の衝撃を俺は今でも覚えている。人にあれほどはっきりと「嫌悪感」を抱いたのは初めてだったのだ。
「若井、紹介すんね。藤澤涼架くん。僕らのバンドにキーボードとして入ってもらおうと思ってる」
初めまして、と机に額をぶつける勢いで頭を下げる目の前の男。ぼさぼさの金髪に趣味の悪い派手なTシャツ。ひょろひょろとしていかにも頼りない。3つ年上と聞いているが本当か?元貴から興奮気味に逸材を見つけた、早く紹介したい、一度会ってみてほしいと急かされて連れてこられたのに、紹介されたのがこれ。
「……若井滉人です」
仏頂面のままそっけなく挨拶するも、目の前の金髪はへらへらと笑っている。
「大森君から話に聞いてます!二人は幼馴染なんですよね」
よろしくお願いします、と差し出された右手を黙殺。元貴がたしなめる様に鋭い視線をこちらに向けてくるが、気づかないふりをする。
あっ……と悲しげな表情になり、ちょっと戸惑ったようにおずおずと右手を引っ込める様子に少し良心が傷んだが、こんなふわふわしたしゃべり方のやつに、軽い気持ちでバンドに加入なんかされてたまるかと強く思い直す。
元貴と初めて組んだバンドは、他のメンバーとの熱量の違いから解散している。あの時の元貴が受けたショックのことを考えたら、俺らと同じくらい、いやそれ以上の熱量で音楽に向かってくれる奴じゃなきゃ到底認められなかった。しかし、そんな俺の思いはどこ吹く風で、元貴はもうすっかりこのふわふわキンパ男をメンバーとして迎え入れるつもりでいる。元貴が何をそこまで気に入ったのか知らないが、本当に元貴の作る音楽にふさわしいか見極めてやる、と強い意志と共に何も分かっていなさそうな目の前の男をにらみつけた。
そんな出会いから数年たち、気づけばバンドメンバーとしてまるく収まりつつあったミセスだったが、休止期間中にベースの高野とドラムの山中が脱退を決めた。終わる、と思った。中学の時の悪夢がふと頭をよぎった。それでも、最初の構想とは少し違うようにはなってもフェーズ2として再始動しようと動けたのは、やめていった2人のメンバーによる説得と、涼ちゃんが頑なに元貴の側を離れなかったことがあったからだ。何となくだが涼ちゃんもやめてしまうんだろうと思っていた俺はかなり驚いたのを覚えている。なんだかんだ長い付き合いになりつつはあるが、その時初めて俺は涼ちゃんの芯、みたいなものを見た気がした。
3人体制になるということもあり、もっとお互いのことを知った方がいいだろうという周りの勧めもあって共同生活が始まった。ふりかえってみるとあっという間のことであったが、その間にいろいろな話をした。いままでみてきた涼ちゃんはあくまで一面的なものだったのだと驚かされた。それは彼が周囲に気付かせまいとしてきた面だったり、俺が昔に抱いたつまらない意地から見てこなかった面だったり、知れば知るほど、俺は藤沢涼架という人間に惹かれていった。あの時の元貴もこんな気持ちだったのだろうか。
元貴の話をするときの涼ちゃんの表情はひときわ幸せに満ち溢れていた。
「本当に涼ちゃんは元貴のことが好きだよなぁ」
何気なく放った言葉に、一瞬寂しげな色を浮かべた彼をみて俺は気づいてしまった。それと同時にチクリと胸の奥が小さく傷んだ。
「うん、元貴も元貴の作る音楽も大好き」
もちろん若井のこともねーとふわふわ笑ってみせるその笑顔は、出会ったあの日から何ら変わらないはずなのに。どうして、彼が隠した「好き」の真意に傷ついている俺がいるんだろうか。
元貴が涼ちゃんのことを好きなのは前から気付いていた。何なら一目ぼれに近かったことも。でも涼ちゃんは全然気付いていないんだろう。だからさっき、あんな、初めて見るようなさみしそうな表情を浮かべたのだ。気づかなければいいのにな、なんて一瞬でも思った自分がすごく嫌な奴に思えて俺はすぐに話題を変えた。
「BFF」の歌詞をきっかけにすれ違う2人を見ていて、俺が葛藤したのは言うまでもないだろう。正直、自分に靡いてくれないか、なんて狡いことを考えたこともある。でも苦しむ涼ちゃんを見ていたら、結局彼の幸せに満ちあふれたやわらかな笑顔の根源には元貴の存在があるのだと余計に知らしめられる気がした。
「お節介ついでにもうひとつ、涼ちゃんあの歌詞に込められた意味で、たぶん気づいてないものがあると思うんだよね……まぁ俺の憶測だけど」
さすがの鈍い涼ちゃんだって、ここまで言われたら何かしら気づくだろう。もう俺ってば功労者すぎんだろ。自画自賛しながら一人夜道の帰路につくと、
「あれ」
目の前の景色がだんだんと滲んできてうまく歩けない。嗚咽をこらえながら道端にしゃがみこむと、通行人らは怪訝そうにこちらをみながら横を歩き去っていく。酔っ払いが具合悪くなっているようにでも見えるのかもしれない。そうだ、シェアハウスをしていたころ、慣れないダンスの練習がつらくて泣いてる涼ちゃんを元気づけるためにプラネタリウムをしたことがあったっけ。長野出身の涼ちゃんは、都会は星が見えないって口癖のように言うもんだから。俺は涼ちゃんの前では泣かないようにってしてたけど、落ち込んでるときは不思議と気づかれちゃうんだ。そうすると、なんかかわいい動物のチョコくれたりしたな。幼稚園児かよ、って。あれどこで売ってんだろ、コンビニとかでみたことないな。考えまいとすればするほど涼ちゃんとの思い出が次々と浮かんでくる。ふと見上げた空はぼやけていて、星なんかひとつも見えなかった。
幸せそうに笑う君が好きだ。
でも君にその表情をさせるのは俺じゃないから。
だから、もう君が一人で泣かないように。
俺の大好きな2人が、どうか幸せになりますように。
※※※
お読みいただきありがとうございました
書きたいことがどんどん増えて当初の構想よりかなり長くなってしまいました〜
若井さん、めちゃくちゃいい人だけど報われない、影の立役者、というようなイメージがあって、今回はひたすらその役に徹してもらいました。幸せになって……。(何目線)
これで「愛情と矛先」の更新はいったんゴールになります。(気が向いたらアフターストーリーを更新するかも)
明日はフォロワーさん限定短編の更新、明後日からは別の長編(大森×藤澤、大学生パロ)を更新していきます。こちらは全体構想がまだぼんやりとしか定まっていないので更新が迷走(?)するかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いですー!
2025.1.20
コメント
17件
本当に最高でした🥹🥹🥹 最期の若井さん視点も、すごく良かったです! 素敵な作品を届けて下さり、ありがとうございました✨ そして、また明日からも新しいお話がと思うとワクワクが止まりません!♥️
最高でした(´;ω;`) なんかもう泣けてきます(т-т) 次の物語も早く読みたいです🤤
めっちゃ良かったです( ߹ㅁ߹)