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ちなみに笹島さんは、ずっとウーロン茶を飲んでいた。
「お酒苦手なんですか?」
そう言った私は、ほぼ初対面と言っていい相手の前で醜態を晒さないように、ゆっくりとアルコール少なめのカクテルを飲んでいる。
「苦手と言いますか、あまり飲んだ経験がないので、強いのか弱いのか分かりません。酔うと思いも寄らない自分の顔が出るじゃないですか。吐いて具合を悪くする程度ならいいですが、他人に絡んだり、記憶をなくしたり……」
(う……っ)
かつてそうやって飲んで、尊さんに絡んでいた私は、胸に手を当てて反省した。
「私はなるべく冷静でありたいと願っているので、リスクは冒さないように心がけています。平和で穏やかな生活を求めているので、たとえ酒の席であっても、自らトラブルの種を作る事はしたくないのです」
「凄いですね。私、そこまで考えていませんでした。『ストレス溜まった! 自棄酒だ!』とか、友達と一緒に飲んで楽しくなっちゃうとか……」
「大きな失敗をしていないなら、いいんじゃないですか? 私は臆病者で、石橋を叩きまくるタイプなんです」
私も尊さんも〝大きな失敗〟に心当たりがあるので、とりあえずニコニコしている。
「それはそうと、お二人はお付き合いされているというのは、本当ですか?」
いきなりズバッと核心を突かれ、私はゴフッとカクテルに噎せる。
尊さんも驚いたように瞠目したけれど、すぐに答えた。
「隠しても無駄なので伝えておきますが、婚約者です。……ですが仕事中に私的な呼び方をしたり、婚約者として接する事はありませんので、ご安心を」
「社員は周知していますか?」
そう尋ねられ、私と尊さんは顔を見合わせる。
「公に発表した訳ではありませんし、結婚して彼女の姓が変わっても、人事や関わる人たちが知っていればいい話で、社員全員に通達する必要はありません。同様に、付き合っている事は業務に関係ありませんし、プライベートの関係を持ち込む事もないので、公言する必要はないと判断しています」
尊さんが答え、笹島さんは頷いた。
「その対応で宜しいと思います。ちなみに副社長も上村さんも異性にモテそうですが、今まで騒ぎが起こった事は?」
また痛いところを突かれ、私は遠い目をする。
「大きなヤマは越えたと思っています。ですが、今後も何かあった時は、ご迷惑をおかけします」
尊さんは頭を下げ、私もそれに倣う。
「いえ、問題ありません。お二人が普通に過ごされているのに、突っかかって来る人がいるなら、そちらに問題があるのでしょう。そういう場合は……」
そこまで言い、笹島さんはお造りの海老の頭をパキッともぐ。
(ヒッ……)
あまりに絶妙なタイミングだったので、私は内心息を呑んだ。
彼は淡々と海老の殻を外しながら続けた。
「このようなケースは過去に何件か経験し、処理していますので、それを生かして対処したいと思います。副社長が働きやすい環境にするのも、秘書の仕事と思いますので」
――頼もしい!
ザ・仕事人という感じの笹島さんの答えを聞き、私は思わず小さく拍手していた。
「上村さんは、副社長の事を誰より理解しているので秘書になったのでしょう。しかしながら、このような言い方は大変失礼かと思いますが、女性秘書という事で周囲から侮られた事もあるかと思います。今までないとしても、今後起こりうるかもしれません」
確かに、商談相手から含んだ視線をもらったり、社内の役員に情報共有したいのに、軽く扱われた事があった。
笹島さんの言う通り、悲しいけれど、今後もそういう事はあるだろう。
「そのような場合、男で、ある程度歳をとっている私が対処すべきです。今後、何か困った事が起こった場合、遠慮せず私にヘルプを求めてください。副社長が直接出張らないほうがいい場合もありますし」
「……ありがとうございます」
改めて私は、「第二秘書になったのが笹島さんで良かった」と感じていた。
それは尊さんも同じらしく、安心した表情で微笑んだ。
「笹島さんを迎えられて良かったです。履歴書には、前職では上司と反りが合わなくて辞められたとありましたが、具体的にはどんなトラブルが? あなたのような人を失いたくないので、参考までにお聞きしたいです」
尊さんの問いに、笹島さんは表情を変えずに答えた。
「横暴な社長だったのです。秘書を人間と思わないこき使い方で、冷静さをモットーとしている私も、さすがに腹に据えかねました」
「それは……」
私も尊さんも絶句する。
こんなに人ができていて、恐らく仕事もできるだろう笹島さんに、そんな対応をするなんてアホの極みだ。