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「はぁ……」
閉店時間を過ぎ、お客さんが帰る。
時計を見ると、日付が変わっていた。
こんなに遅い時間なら、葵に会いに行けないよな。仕事が終わるたびに、そんなことを考えてしまう。
「何またため息ついてるのー?今日、調子良さそうだったじゃん!」
春人が隣に座る。
「なんでもない」
お客さんがいなくなった静かな店内で話せるわけがない。同じ店で働いていても信用できる奴ばかりではない。金がかかっている、俺の売上を落そうとしている奴がほとんどだってことくらい理解している。競争の世界だからな、この仕事。
「じゃあさ、ご飯食べに行こうよ?」
「ああ、わかった」
「ここのうどん美味しいんだよ。俺さ、最近これでも食生活気をつけてるんだ。今後のために」
春人が最近好きだと言ううどん屋に連れてきてもらった。
こんな夜遅い時間なのに店内は混んでいる。
ほとんどが夜の仕事をしている人間とその客だな。
「ん、美味いな」
確かに美味しかった。
あっさりしていて、食べやすい。
でも、葵の作ってくれるご飯を食べたいと思ってしまう自分がいる。
「葵ちゃんの作ってくれたご飯の方が美味しいとか思っているんでしょ?」
なぜか春人に勘づかれた。
スープを飲んでいたが、咽てしまう。
「なんでわかるんだよ。まぁ、最近会えてないし。食べたいって思ったのが正解だけどな」
「流星とはなんだかんだで十年くらいの付き合いでしょ。そりゃ、なんとなくわかるよ。最近、会ってないの?葵ちゃん、流星のこと嫌だって?」
失礼なやつだな。
「違う。時間が合わなくて、休みも違うし。迷惑かけたくないから、仕事終わりには行けないし……」
春人はふーんと聞いていたが
「流星もちゃんと考えているんだね。仕事はほぼ完璧なのに、本命の子にはなんかどんくさいから心配してたよ?」
「なんだよ、それ」
そうだなと一言呟き
「葵ちゃん、誕生日いつなの?」
葵の誕生日?
「……。知らない」
「えー!!好きな子の誕生日聞かないとか、やっぱりプライベートだとダメダメじゃん。サイテー」
最低は言い過ぎじゃないかと思ったけど、俺、何をしてるんだろう。
「もし誕生日が近かったら、旅行とかどう?うちの店だって夏期休暇あるじゃん?ま、実際にはあってないようなものだけどさ。二人で旅行とか行ってくればいいのに」
葵と旅行。考えただけで、なんか緊張する。
「なんで流星、顔赤くなってんの?いやらしいなー、ヘンタイ!」
俺をからかって面白がっているのは、ムカついたけど、いい提案だな。
「誕生日、聞いてみる」
「うん、聞いてみて。近くだと良いね!会えるキッカケにもなるじゃん?」
春人はフフっと笑ったあと
「じゃあ、俺がいいアドバイスをしたってことで、ここは流星の奢りね?」
「は?」
まぁいいか。
葵に連絡してみよ。
・・・・・
次の日の朝、スマホを見ると瑞希くんからメッセージが来ていた。
<葵の誕生日いつ?>
急にどうしたんだろう、いきなり。
<私の誕生日は、七月二十七日だよ。瑞希くんは?>
出社し、お昼休憩の時にスマホを見ると、瑞希くんから返事が来ていた。
<俺の誕生日は十二月十二日だよ。マジか、前に聞いておけば良かった。葵の誕生日、休みとれる?急な提案でごめんだけど、一泊二日とかで旅行に行かない?今日の夜、電話する>
「ええーっ!!」
想像もしていなかった返信に必然的に声が出てしまった。何事かと振り向く社員もいる。
「ちょっと、先輩!恥ずかしいですよ、そんな大きな声出して」
お昼ご飯を買いに行っていた華ちゃんが戻って来た。
「ごめん」
みんなこっちを見ている気がする。
私も恥ずかしい。
「なんかあったんですか?また流星さん?」
一応気を遣ってか、彼女は瑞希くんの話をする時は、小さめな声で話をしてくれる。
「えっと……。まぁ、そう」
華ちゃんに追求されたらどうしよう?
「幸せそうで何よりですけど。あー。私も春人さんに会いたいな。今月もう一回だけ会いに行っちゃおうかな」
華ちゃんは、春人さんがお気に入りらしい。
本人曰く、ホストには本気にはならない、ストレス解消のために遊びに行っているんだってこの間話してたけど。
瑞希くん、今日の夜、電話してくれるんだ。
彼の声が聞けると思っただけでドキドキしちゃう。
仕事も三十分程度の残業で終わり、一人、自分のマンションに帰宅しようとしていた時だった。
「えっ」
自分のマンション前に立っている男性の姿が尊に似ていた。
ドクンドクンの嫌な心臓の高鳴りがする。
向こうは、私に気づいていないみたい。
まさか……。
違うよね?
念のため、建物に隠れゆっくりと男性を見た。
あのスーツ姿、カバン、あの髪の毛の形、背格好。
「やっぱり。尊だ」
結婚を考えた大好きな人も、浮気をされ、殴られ、お金を盗られたら、さすがに恐怖の存在へと変わっていた。
どうしよう、話しかけるべき?でも怖い。
合鍵だってもう返してもらう必要がなくなった。
私のことを恨んでいるのかな?
ここで彼に会うのは危険な気がする。
私は家に帰ることをやめ、人がいる駅方面へと戻った。
どうしよう、誰かに相談……。
真っ先に、瑞希くんの顔が浮かんだが彼は仕事中だ。
今は何かされたわけでもないし。
ネットカフェとかで時間潰そう。
数時間後、さすがにもういないだろうと思い、もう一度帰宅をする。
慎重に家に近づいたが、誰かがいる様子もない。もし部屋の前にいたら……。
そう考え階段を使ったが、誰もいなかった。急いで部屋に入り、鍵をかける。
「ふう……」
呼吸を整える。
どうしていたんだろ、まさかこれから毎日?
そんなことないよね?
夕ご飯も食べる気になれず、ソファに座り、考えているとスマホが鳴った。
「あっ、瑞希くんからだ」
<もしもし?>
「もしもし、お仕事お疲れ様」
<葵もお疲れ様。どうした?なんか、元気がないように聞こえるけど?>
いつも通り話したつもりなんだけどな。
「そんなことないよ!旅行って聞いてすごく嬉しかった!」
<そう?うん、旅行のことなんだけど、いきなりでごめん。葵さえ良かったら、どうかな?>
「私は大丈夫、有休まだ残っているし。でも、瑞希くんが大変なんじゃないの?」
<俺も夏休みみたいなものがあるから大丈夫。嫌?>
「ううん。嬉しい」
誕生日を好きな人と過ごせるなんて、なんて贅沢なんだろう。
<わかった。行きたいところあったらまた教えて?もしお任せで良ければ、葵に喜んでもらえるようなところ、俺が考えるから大丈夫だよ>
「うんっ、わかった。考えとく」
<ああ。ごめん。少ししか話せなくて。じゃあ、何かあったら……>
「瑞希くんっ…!」
どうしよう。
尊のこと、伝えた方がいいのかな。
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