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#恋愛
篠原愛紀
<どうした?>
「お仕事頑張ってね」
やっぱり言えない。
ただでさえ、尊のことで瑞希くんにはたくさん迷惑をかけている。
もうこれ以上、負担をかけたくない。
<ありがとう。ゆっくり休みな?おやすみ>
「うん。お休み」
瑞希くんとの旅行について考えると、嬉しい。
けれど、尊がもしまた来たらどうしよう。
そう考えるとその日は眠れなかった。
「ホントですかー!!てか、ヤバくないですか?先輩、引っ越しした方がいいんじゃ?」
華ちゃんに尊がマンションの前にいたことを話しちゃった。
一人で抱えきれそうになかったから。
「だから先輩、今日、顔色悪いんですね?」
華ちゃんは、私の顔をじーと見つめてくる。
「あんまり眠れなくて」
「そりゃそうですよ、私だって同じ立場だったら怖いですもん」
引っ越しか。この間、契約更新したばかりなのに。
転居となると、また費用がかかる。なるべくなら避けたいな。
「警察とかに相談したらどうですか?」
「そうだね」
大事にしたくない。そう言ってこの間は瑞希くんに甘えてしまった。
「うん。今度相談してくる」
「華の家、泊まらせてあげたいけど、狭いし、汚いし、ごめんなさい」
手を合わせて彼女は謝ってくれた。
「ううん。大丈夫」
華ちゃんの家の状況は理解できたから。男友達も多そうだから、私が泊まっていたら、人を呼べないもんね。
「今日は元カレいないといいですね!」
仕事が定時に終わり、華ちゃんと帰ろうとした時だった。
「えっ」
私の足が止まる。
「どうしたんですか?」
動悸がする。手が震える。
会社の正面出口で立っている男性がいた。ずっとこちらを見ている。
目が合った。ニコッと笑い、手を振りながらこちらに向かって歩いて来ようとしている。
「あれ、元彼なの」
どうしよう、動けない。
「ちょっと?先輩」
華ちゃんに引っ張られ、再び会社の中に戻る。
さすがに尊は会社の中にまで入って来ようとはしなかった。
「マジ、やばいですね。あれ、元彼なんですか?」
向こうからは見えないであろう、会社の中から様子を伺う。
「うん」
まさか会社にまで来るなんて。別れてから日が経つのに。
何がしたいの。優亜ちゃんにフラれたんだら、お金だって必要ないはず。
「私、何の用事ですか?って聞いてきます」
華ちゃんが会社から出て行こうとする。
「ダメ!もしも何かあったら危ないからやめて?」
彼女は不満そうな顔をして
「でもっ!!」
私は大丈夫ですよと言ってくれたけれど。
「私、しばらく会社にいるから。華ちゃん先に帰って?」
「そんなっ!一緒にいますよ!」
「大丈夫。一時間とか二時間とかしたらきっとあの人も帰ると思う。仕事もまだあるから。ねっ?明日からどうするかはきちんと考えるから」
私の頑なな態度に
「わかりました。じゃあ、すみません。絶対、あの人がいなくなるまでここにいて下さいね?また連絡しますから」
「うん。わかった」
彼女は念のため、裏口から出て行く。
昔、尊と一緒に帰ったことがあるから、遅くなった時から出る裏口とか出口はどの辺りかはわかっているはず。
ずっとエントランスにいるわけにもいかず、社内の自席に戻る。
華ちゃんのいう通り、対処法を真剣に考えなきゃ。
一時間くらいは経っただろうか、自分のデスクで資料を呼んでいた時だった。
「すみません」
警備の人から話しかけられる。
「はい?」
なんだろう。
「今日、残業届け、管理部に出しましたか?」
やばい、急な予定だったから出していない。
「すみません。出してないです」
「提出されていないと、もうここ閉めなきゃいけないんですよ。あなたしか今日は残っていませんし。決まりなので、退出をお願いします」
そうだよね、この人だって仕事なんだから。
「申し訳ないです。今、片付けて出ますので」
頭を下げると警備員さんは特に嫌な顔をしないで、待っていてくれた。
私は再度帰る準備をして、出口へ向かう。
さすがに、もういないよね。
正面はもう閉まっている。従業員専用のところから出ないと。
恐怖はあった。
出口から出たら、人目につくようなところまで急いで行かなきゃ。
そう思い、社員証をパネルにタッチし、会社から出る。
尊らしい男性はいなかった。
怖いな。早く駅方面に行かなきゃ。
走ろうとした時だった。
「葵!」
うしろから私を呼ぶ声がした。
この声、知っている。
振り向きたくないけど……。
「尊……」
うしろを振り返ると、尊が笑いながら立っていた。以前、殴られた恐怖がフラッシュバックする。
とりあえず、気づかれないようにスマホだけバックから出さなきゃ。
「どうしたの?なんで尊がここにいるの?」
尊は少しずつ距離を詰めてくる。
思わず、後ずさりしてしまう。
もっと人がいるところへ、明るいところへ行かなきゃ。
「ごめん、葵!!」
彼は少し大きな声を出したかと思うと、その場で土下座をした。人通りは少ないが、その姿を通行しながら見ていく人もいる。
「なに?」
頭を上げ
「俺が全部悪かった。葵がいなくなって。俺、気づいたんだ。俺が一番好きなのは葵だって」
いなくなったって。あなたが先に別れようって言ったんだから。
「あの子はどうしたの?」
瑞希くんから教えてもらって知っているけれど、聞いてみる。
「あの子とは完全に縁を切ったよ。葵の方が大切だから」
いやいや、フラれたんでしょ。
本当は知っているよ。
尊は立ち上がり
「連絡しても返事くれないし、マンションに行っても会えなくて。ずっと会いたかった」
連絡はもちろんブロックしているし、やっぱり私の家に来ていたんだね。
「尊、それは本当に都合が良すぎるよ。あの子にフラれたから私?散々バカにして。この間だって、私のことを殴ったよね?そんな人とまた付き合えると思う?」
尊の表情が曇る。
「ごめん。あの時は、本当にどうかしてた。でも俺は葵じゃないとダメなんだ」
えっ。嘘でしょ?泣いてる。
情緒が不安定なのはわかるけど。ここで私が断ったら、どんなことをされるかわからない。そんな嫌な予感がした。
けれど
「ごめん。私、尊とはもう付き合えない。会いたくもない」
中途半端な態度は取りたくない。
「葵、ごめん。お金のこととか、俺が手を出しちゃったこととか怒っているんでしょ?それは本当に俺が悪いから。謝るから。直すから。だから、これからも一緒にいてほしい」
何をこの人は言っているんだろう。
「俺、葵がいないと死んじゃうかもしれない」
何それ。本当に自己中心的。いつからこんな人になったの?
「私、好きな人がいるの!尊よりかっこ良くて、優しくて。私のこと大切にしてくれる人。だから、あなたとやり直すつもりはない。もうここにも来ないで。マンションにも来ないで。さよなら」
怒るだろうな。
間違ったことはしていない。
私は彼に背中を向けて歩き出した。
少しずつ距離は取っていたので、もう少しで明るいところ、人通りが多いところに出られる。
「待てよ!」
その声にビクっとしてしまい、再度尊を見てしまった。彼の手には、果物ナイフのような物が握られていた。
「葵がいなくなるくらいだったら、本当に俺、ここで死んじゃうから」
彼は首にナイフを突きつけている。
どうすればいい?どうすれば。
私は彼を許すつもりはないし、彼の脅しに屈したくもない。
「どんなことをしても、私は尊と付き合わない!」
尊に聞こえるように声を出し、その場から離れる。
「おいっ!ふざけんなよ!」
尊は、走って私を追いかけてきた。
だからなんでそんな風になるわけ!?
ふざけるなって、こっちがふざけるなって思うけど。
走って逃げようとする。が、靴のヒールが邪魔をして早く走れない。靴を脱ぎ捨て走る。
再び走り出すがつまずき、転倒してしまう。
やばいっ!
振り返るとすぐ近くに息を切らした尊が立っていた。
「はぁっ……。はぁっ……!もう一度聞いてあげる。葵は俺と一緒にいたいよね?」
この人、頭狂ってる。
私は地べたに座りながら、彼を睨みつけた。
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