海の風が冷たく、波の音が響く中、タクトは少しだけ目を閉じて考えた。ルシファーと向き合ってから、何度も同じような思考を繰り返してきたが、今回は少し違った。
ルシファーは、どこまでも冷徹だ。彼は常に全てを把握しているように見える。しかし、その冷徹さこそが、タクトにとっては隙だった。人間にとって、冷徹すぎることは時に致命的な欠点となる。タクトはその隙を突くことに決めた。
「さて、そろそろ終わらせるか。」
タクトが低く呟くと、ルシファーが反応する。その眼差しには、何かを察知したような鋭さがあったが、タクトは構わず、目の前のルシファーに新たな警告を発動させる。
「――警告、発動。」
その言葉を聞いた瞬間、空気が一瞬で変わる。タクトの異能によって、周囲の温度が急激に下がり、寒気が漂い始める。ルシファーが一瞬その異変に気づいたが、すぐにそれを受け入れ、冷静に対応しようとする。しかし、その直後、背後から冷たい風が吹き抜け、何かが急速に変化していく。
ルシファーが振り向くと、目の前には見覚えのあるものが現れていた。それは、彼がかつてマデス相手にぎりぎり勝利した時に経験した、そして心の中で封印した恐怖の一つ――急速冷凍。
「――塩化ナトリウム。」
タクトの手のひらから放たれる冷気と共に、空気中の水分が急激に凍結し、ルシファーが先程触れた塩化ナトリウムと反応して一気に冷却が進む。氷の結晶が浮かび上がり、空間全体が凍りつくような感覚が走った。
タクトは一歩前に踏み出し、手をルシファーに向けて差し伸べる。するとまるで精密な機械のように冷気が塊となり、ルシファーの体を包み込む。
ルシファーは一瞬驚愕の表情を浮かべ、動きを止めたが、すぐに冷静さを取り戻し、自身の能力を発動しようとする。しかし、今のルシファーには時間的余裕がなかった。
「なん…だと…?」
ルシファーが呆然とする中、氷はどんどんと広がり、彼の体を包み込み、最終的にその全身が完全に凍結していく。塩化ナトリウムの影響で冷却は加速し、急速に進行した。
タクトの目が、冷徹に光る。
「お前がどんな力を持っていても、冷凍されるだけだ。」
冷気と氷が、ルシファーの体に張り付いていく様子は、まるで時間が止まったかのように感じられた。ルシファーはその中で、動くこともできず、ただその静止した空間に閉じ込められていく。
タクトは静かに、しかし確信を持って言葉を続けた。
「お前も、もう終わりだ。」
その瞬間、ルシファーの体は完全に氷の塊となり、動くことはおろか、言葉を発することすらできなくなった。
タクトはその冷凍されたルシファーをじっと見つめた。彼の目には、どこか満足そうな光が宿っているが、同時に冷徹な決意も感じられた。ルシファーを倒すためには、ここまでしなければならないのだ。
「さて、これでようやく終わりか。」
タクトは一歩後ろに下がり、深呼吸をした。彼の体からは、冷気が徐々に収束し、再び常温に戻っていく。
その時、海からの風が静かに吹き抜け、タクトの髪を揺らした。すべてが終わったのだ。ルシファーは倒され、次の戦いへと進む準備が整った。
しかし、タクトはその後に待っている未来に対して、どこか不安を感じていた。彼の手には、まだ多くの決断と戦いが待ち受けていることを、よく知っていたからだ。
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