テラーノベル
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その手が、引き寄せるでもなく、触れてくるでもなく、ただそこにあるだけなのが――ずるい、と思った。
逃げ道を残されたまま、選ばされる。
その事実に、息が詰まりそうだった。
「あー、いや……すまん。……嫌、だったか……?」
今朝からやたら強引だと思えば時折こんな風に弱気になる。そういうのが本当に巧妙すぎて、なんだか腹立たしい。
「い、嫌じゃないですっ。ただ……」
「……ただ?」
「ただ、ちょっと……、その……、びっくりしただけです!」
本当は照れ臭かったのだけれど、それを言うのはダメだと思った。
***
差し出した手が、空を切ったままになる可能性も、正直考えていた。
瑠璃香は黙って視線を落としたまま動かない。
その沈黙が、やけに長く感じられて、晴永は喉の奥が詰まる。
(……やっぱ、やりすぎたか)
今朝からのこと。
部屋に押しかけたこと。
買い物に連れ出したこと。
全部が一気に頭をよぎって、後悔が遅れて追いかけてくる。
「あー、いや……すまん。……嫌、だったか……?」
ついそんな気持ちが弱音を吐かせた時――。
瑠璃香はびっくりしただけで、嫌なわけじゃない……と晴永の心を救ってくれた。
びっくりしただけだと言いながら、どこか照れたように頬を染めているように見えるのは、自分の願望だろうか?
ただ、異性と手を繋ぐ。
たったそれだけのことが、こんなにハードルの高いことだなんて、思わなかった。
嫌じゃないと言いながらも、一向に握り返してくれる様子のない瑠璃香に、差し出したままの手が何となく寒く感じられてしまう。
(いっそこちらから握りに行くべきだろうか? でも……)
こちらからいくのは、瑠璃香に可否をゆだねた身としては何かが違う気がする。
(ああ、どうすればいいんだ!)
そんなことを考えて、表情には出さないまま……あれやこれや悶々とし始めた晴永の視界の端で、瑠璃香の指がわずかに動いた。
そっと。
確かめるみたいに、躊躇いながら伸びてきた指先が、晴永の手のひらに、かすかに触れる。
(……っ)
反射で、息が止まった。
触れたのはほんの一瞬。
なのに、その温度がやけに鮮明で、ぞくりと背筋が粟立つ。
(ひるむな! そして……絶対に焦って掴むなよ、俺!)
頭の中で何度も自分に言い聞かせて、晴永は指に力を込めそうになるのを必死に堪えた。
逃げられたくない。
けれど、怖がらせたくもない。
結果、指先がほんの少し動くだけになる。
絡めるでもなく。
引き寄せるでもなく。
ただ――そこにあるだけ。
こういうことに手慣れた男なら、うまいタイミングで瑠璃香の手をギュッと掴んで、指先を絡めたりできるのだろうか?
今まで自分がどんな風に、付き合ってきた女性たちと手を繋いだり腕を組んだりしてきたのかすら分からなくなって、晴永の心臓はフル回転で血液を全身に掛け巡らせている。
自信のない晴永の手の感触を確かめるようにゆっくりと……瑠璃香の小さな手が、晴永の大きな手の上にしっかりと重なった。
手のひら同士が合わさり、指が触れ合う。
その感触に、胸の奥が一気に熱を持つ。
晴永は無意識に瑠璃香の指先を絡めとるように手指を握っていた。
おずおずと遅れたように、瑠璃香の指先がそれに答えて握られる。
(……ちょっ、待て! ヤバすぎるだろ、これ!)
柔らかくて小さくて、ちょっとでも力加減を間違えようものなら、簡単に手折れてしまいそうな瑠璃香の華奢な指先が、自分の手に絡まっている。
ポーカーフェイスのまま手元を見やれば、いわゆる〝恋人繋ぎ〟というやつが完成していた。
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