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若菜を泣かせた時点で、もう俺はあいつの傍にいる資格すらないんじゃないかと思えてくる。



自分が自分で死ぬほどイヤになりながらコテージを離れると、すこし先に自販機の明かりが見えた。



何気なく近づいて、あるジュースに目が留まった。アーモンドのイラストが目を引く、アーモンド・オレだった。



いつしか若菜が「これおいしいよ!」と俺にくれたことがあって、俺には甘すぎでも若菜は「おいしい」と気に入っていて、これを見つけるといつも喜んで買っていた。



遠い日の若菜を思い出しながら、俺は無意識に財布から小銭を出して自販機に入れていた。



ボタンを押し、落ちてきたアーモンド・オレを拾い上げる。



しばらくそれを眺め、俺は踵を返してグランピングのほうへ歩き出した。



ごめん、若菜。



泣かせたくなんてなかった。



若菜にあんな顔をさせるつもりなんてなかった。



謝ってもどうしようもないだろうけど、それでも言わずにはいられなくて、足取りはどんどん速まる。



その時、ポケットでスマホが震えた。



若菜かと思って見れば、メッセージの差出人の名前には「原田」とある。



名前を見ただけで苦いものが胸にきて、俺は反射的にスマホをポケットに押し込んだ。



内容は見なくてもわかる。



きっと『多田さんに告白した』というものだ。




原田は悪いやつじゃない。



意味わかんないとこもあるけど、若菜を好きという気持ちはまっすぐで、自分の気持ちにも正直だ。俺があいつに勝っているところなんて考えても思いつかない。



嫌いじゃない。



だけど今原田のメッセージを見たくなかったし、話したくはなかった。



グランピング施設に戻ると、俺たちのほかの利用客である大学生のグループはすでに片付け始めていた。



それを横目にさらに奥へ進み、俺たちが使っていた場所が見えると、若菜はチェアに座って林のほうを見ていた。



姿をとらえてまた動悸が激しくなる。



テラスに足を踏み入れると、若菜はゆっくりこちらを向いた。



目は赤く、あれから泣いていたのかもしれない。



「これ……」



俺は買ってきた缶ジュースを若菜に差し出した。



「これ、散歩してて見つけたんだ。若菜が好きだと思って」



若菜は俺が差し出したアーモンド・オレを見つめて、すこしだけ驚いたようだった。



「……それ、久しぶりに見た」

「俺も」



若菜はゆっくり手を伸ばし、俺から缶を受け取り、両手で包んだ。



「ごめん」



缶を見つめてうつむいている若菜に、喉から押し出すように言った。



若菜はうつむいたままじっとしている。やがて膝の上で包みこむように持っている缶から目を離さずに言った。



「それって、どういうごめんなの?湊がいなくなっちゃうこと?」




聞かれても「ごめん」と思った理由は複雑でひとつじゃない。でも―――。


「泣かせたこと。ごめん」



それが一番、俺には堪えた。



言うと、若菜は視線をあげた。



「湊はほんと……そういう人だよね。ほんとにバカ」

「……バカって」

「ほんとにバカだよ。こんなに長い間いるのに、私のことぜんぜんわかってないもん」



若菜は弱々しく、本当にかすかに笑った。まるでどうしようもない弟に対してのように、諦めを含んだ声で。



「……でも、湊のことは私はわかってるよ。私と私の家のこと、お父さんのことを考えてくれてること、わかってる」



ひと言ずつゆっくり口にした若菜は、肺の空気を吐き出すような息をついた。



「さっき、突き飛ばしてごめんね」



そう言って顔をあげた若菜は、眉を下げた弱々しい笑顔で、まるでだれかに振られる度に、俺に見せてきた表情と瓜二つだった。



「さっき……原田くんからメッセージが来たの。またごはん行かないかって。……お父さんのこともあるし、お礼がてら行ってみる」



言って、若菜は俺から視線を逸らすように、渡した缶のプルタブをあけた。



あけたけど、なかなか口へは運ばない。



缶を見つめて、浅い息をする若菜を、胸を締めつけられたような気持ちで見ていた。



原田が若菜に告白したのはわかっている。若菜は返事をしていないだろうが、原田と近いうちに会うだろう。



俺はふたりの間にもう立ち入れない。



鼻の奥がつんとして、喉の奥から潮の味がした。



なにかが目や口から溢れてきそうで、俺は「そっか」と呟いて若菜から背を向けた。そうするしかできなかった。



「そろそろ片付けるな」

「あ……私も手伝うよ」

「いや、すぐ終わるから若菜は座ってて」



言って若菜の座るチェアから離れた。片付けている間に、この気持ちを悟られない程度に平静を装えるようになれることを願った。


片づけを終え、グランピング施設を出てタクシーで家に帰る間、俺も若菜もほとんど話さなかった。



行きは若菜と今日うまくいくかもしれないし、ダメかもしれない緊張からドキドキしていたけど、表面上はいつも通り笑って会話ができていた。



でも今は若菜がなにか考えているのはわかるし、話しかけられることなんて思い浮かばなかった。



若菜と俺の家の間にある空き地の前で別れ、自分の部屋に入ると、点在した、すでに封のされた段ボールが目についた。



重いため息をついて、どさりとベッドの縁に腰を落とす。



そのまま後ろに倒れ込むと、自己嫌悪と共に今日のことが頭をまわった。



最初に頭に浮かんだのは泣いている若菜で―――。



“湊……遠くへ行っちゃうの?”



あの時の潤んだ瞳。うつむいて涙をこぼしたところ。それに俺を突き飛ばした後、涙をためて俺を睨んでいた若菜が順番に思い起こされた。



「……なにやってるんだ、俺」



手の甲を目に当てて瞼を強く閉じる。



最低だ。若菜を傷つけた。でもそのくせ自分も傷ついている俺は、どうしようもなく最低だ。



若菜を泣かせて、ずっと若菜の近くにいたのに、あいつを一番理解していると思っていたのに、「私のことわかっていない」と言われて。



この胸を裂かれそうな苦しさは、若菜を傷つけたからなのか、若菜がほかのやつとうまくいくことを、俺の口から後押しした苦しさからなのかわからない。



“私のことわかっていない”



若菜の言葉が抜けない棘になって心に刺さっている。



……ああ、若菜が言ったのは、原田をどう思っているか聞きもしないで、若菜のためだと言ったからだろうか。



「それもそうだよな。俺……」



おじさんのことや若菜の家のことを考えると、俺より原田のほうがふさわしいと思っている。



でも若菜が原田をどう思っているか―――好きなのかはなにも聞かなかった。



俺は俺の考えだけで原田を勧めたから……若菜の気持ちを無視した形になったから、若菜はあんな目で俺を睨んだのかもしれない。

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