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玉座の間は、相変わらず眩しかった。光は慈悲のようでいて、逃げ場を与えない。
「アゼリア・エリオス」
名を呼ぶ声は穏やかだった。 それが、なおさら重い。
「最近は、よく顔を見るな。」
叱責でも、問いでもない。 ただの世間話のような口調。
「任務も訓練も、よくこなしていると聞いている。」
ミカリスは玉座から立ち上がらない。 だが、その存在だけで空間は満たされていた。
「若い天使ほど、勤勉だ。 考え、悩み、学ぼうとする。」
褒め言葉のはずだった。 それでも、胸の奥が静かにざわつく。
「だが――」
わずかな間。
それだけで、続きを待たされていると分かる。
「考えすぎる者ほど、剣は遅れる。」
声は柔らかい。
だからこそ、避けられない。
「正義とは、問い続けるものではない。 定めに身を委ねるものだ。」
少年は黙って聞いていた。
「夜は、よく休めているか。」
唐突な問い。 だが偶然ではない。
「静かな時間は、人を内向きにする。 余計な思考を呼び込むこともある」
――余計な、思考。
「我らは天使だ。 迷いは、影を生む。」
名指しはされない。
だが、何を指しているかは明白だった。
「お前のような者には、 前だけを見ていてほしい。」
寄り添うような言葉。 導く者の声。
「お前は、選ばれている。」
それが、最も強い圧だった。
「…光栄です。」
少年は、そう答えるしかなかった。
「うむ。」
満足げな気配。
「近く、部隊の再編がある。」
何気ない告知のように、続けられる。
「前線に出る者もいるだろう。 信頼できる仲間と共にな。」
前線。
その言葉が、静かに胸に沈む。
「戦場では、考える時間は少ない。」
だから良いのだ、と言外に含ませて。
「剣は、振るうためにある」
それ以上は語られなかった。
だが少年、分かっていた。
これは忠告ではない。
警告を、警告と呼ばないための会話だ。
「…承知しました。」
「ふふ、よい子だ。」
玉座の間を辞した後、 胸に残ったのは、安心ではなかった。
その夜。
地下へ向かう足取りは、いつもより遅い。
鎖の音を思い出すたび、 「考えすぎるな。」と言われた声が、 かえって、はっきりと形を持ち始める。
何も名指しされなかった。
何も禁じられなかった。
それでも――
進めと言われた方向以外に、 行ってはならないのだと、分かってしまった。 そして、次に剣を振るう場所が、 思考を削ぎ落とすための前線であることも。サリエルの”守りたいもの”がそこにあることも。