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私、谷崎ハルナは、内心追い出されるだろうと思っていた。
人の家に上がり込んで、襲って、それを写真に撮って、シャワーを勝手に借りて、服も借りて、突然居候宣言をする。
その前は、帰り道に話しかけて、家に押しかけて、パンケーキをご馳走してもらった。
学校では、委員会を教えろとしつこく付きまとった。
これ以上無いほど、私の印象は最悪だと思う。ここまで誰かからの印象を下げたのは、これからある人生で3度あるかないか。
でも、柴田さんは許してくれた。
彼?彼女?どちらか分からないが、柴田さんはこんな私を追い出さないどころか、逆に迎え入れた。しかし、無償ではなかった。
「取引、しない?」
私が居候宣言をして、柴田さんが言った。
「取引?」
私は頭上に?を浮かべる。柴田さんはこくっと頷く。
「僕は、谷崎、さんを……居候として、迎え入れる。その代わりに……、谷崎さんに、1つ要求する……。どう?」
一旦、考えてみた。
私は居候になれてハッピー。柴田さんは、私に何かを要求できるので、ハッピー。
お互いにハッピーだ!それに気付く。
「うん、分かった!」
あっさりと、私は取引に応じる。
「……えっ」
柴田さんは少し困惑していた。本当に、本当にいいの?と念を押してくるが、私はOKの一点張り。
「で、要求って何?」
逆に、命令を待つ犬のようになっていた。
でも何故か、柴田さんは顔を赤らめて、俯いて、手をモジモジさせて。まるで、告白する前の女の子みたいだ。
深呼吸して、柴田さんは言った。
「これから……僕の要求には、必ず……応じること」
「了解!」
柴田さんは心底びっくりしたような顔をして、えっ、本当?と呟いた。
「だから、OKだって」
そう言っても、え、としか言わない。
流石にしつこいので、私もちょっと怒った。柴田さんはごめんと言ったが、え、でも本当に?夢じゃない?とまだブツブツ呟いている。
……?そういえば、
「話し方、途切れ途切れじゃないね」
なんとなく、関係が縮まったような気がして、思わずそう言った。だが、禁句だったらしい。
柴田さんの顔が、真っ赤っかになって、ベッドに顔を押し当てる。小さな声で、うぅ〜〜と唸っているのが聞こえるから、恥ずかしさでこうなっているのだろう。
「……可愛い」
耳元で悪戯っぽく囁いて、私は紙袋の中身を棚やケースに収納し始めた。
柴田さんは、ルンルンで作業する私の背中をチラッと見て、今度は枕で顔を隠した。
***
「……よし!」
顔を隠した柴田さんの指示に従いながら、私は荷物を整理していって、終わったのでベッドに倒れ込んだ。
日は沈んでいて、月が昇り始めた頃だった。私の正確な腹時計が鳴ったので、今は午後7時ちょうどだろう。
「……終わった?」
お風呂に入って、部屋着に着替えた柴田さんが声をかけてきた。
「うん、終わっ……」
私は絶句した。柴田さんが、可愛すぎたのだ。
ミディアムの黒髪を後ろでまとめて、白のTシャツに茶色の長ズボン。学校ではコンタクトなのか、今はメガネをかけている。
なんだろう……すごいエッチだ。
柴田さんの持っている部屋着は、黒と白と茶色の無地しかない。だが、だからこその可愛さとエロさがあった。この格好で学校に行ったら、まず可愛いと言われるだろう。次にエロいだ。
「どうかした?」
柴田さんが聞いて、何でもないと大慌てで返事する。しつこく聞いてきたが、諦めてくれた。
「じゃあ、晩御飯作るよ」
「……えっ!?」
「どうかした?」
柴田さんは、さも当たり前のようにエプロンを着ている。だが、私はびっくりした。
「ご飯、自分で作ってるの?」
柴田さんは少し固まって、
「自分で作らなきゃ、ご飯ないから」
とため息をつきながら言った。
***
コトっと、テーブルと皿が触れる音がした。
「ご飯!」
私は、暇だったので眺めていた柴田さんの本棚から離れると、すぐに椅子に座る。
「そうですよー」
ちょっと笑って、柴田さんは自分の分も持ってきた。今日の晩御飯は、ザ・和食。焼き魚、味噌汁、野菜の漬物とお茶碗いっぱいの米。
「「いただきます」」
「美味しかった……」
「お粗末さまでした」
柴田さんは皿洗いをしながら、独りごちた私に返事をする。私はへへっと笑うと、さっき味わった夕食を思い出す。
焼き魚が特によかったなぁ〜。塩がきいてて、ちょっとしょっぱいけど、照り焼きソースの甘みが引き立って……。
「へへっ、へへへ……」
ヨダレを垂らしながら、私は美味しさを反芻していた。だが、柴田さんの冷たい目線で目を覚まして、すぐにヨダレを拭いた。
「ところで、宿題しなくていいの?」
柴田さんが聞いてくる。僕は終わったから平気だけど、やってないでしょ?と付け足して。
私は無言で鞄を開き、メモ帳を確認する。今日のページの、『宿題!!』の欄には、理科の今日のまとめ、数学のプリント、の2つが書かれていた。
「……どうしよぉ〜」
私は柴田さんに縋り付く。だけど、自分の宿題は自分でしなさいの一点張り。何だかさっきの私のマネをしているみたいだった。
「うぅ〜、薄情者……」
私は最後にそう言うと、諦めて宿題をし始めた。
柴田さんは、前の洗濯物を取り込んで、今の洗濯物を干して。今日少し余った米を、おにぎりにしてラップで包んで冷蔵庫に入れて、新しく米を炊いて……。
家事を全て終わらせると、全教科のノートを取り出して書き始めた。これで、学校の授業は昼寝するらしい。実際、今日の分のノートは黒板通りだった。
黙々と、2人で机に向かう。時折、イタズラしようか悩んだが、昼寝をするために真剣な柴田さんを見て、思いとどまった。
「終わったー……。疲れた」
私がそう言って机から離れたのが、9時。もう疲れたし、眠気は強くなっていく。
もう寝よう。
歯磨きして、水を飲んで、トイレを済ませる。そのまま、ベッドインすると、意識と瞼はスーッと落ちていった。
***
「……」
僕は、寝てる谷崎を見る。布団も被らずに、スースーと寝息を立てている。
少しノートを書くのに手間取って、終わったのが9時半。寝ようと思って、歯磨きなど諸々を済ませてベッドを見たら、これだった。
少し困った。
僕は布団を被って寝る派なので、布団を被ってないと寝れない。しかし、谷崎が布団に乗って退く気配は無いので、僕は布団を被れない。
実に困った。
白雪姫の、王子のキスでもやってみるか?いや、ファンに殺されるな。
力ずくで?僕にそんなテクニックはない。
そういや、要求すればいいんじゃない?確かに。
僕の脳内作戦会議は、谷崎を起こして要求する、で終了した。
「おーい、起きて」
そうと決まれば、僕は谷崎を起こしにかかる。呼びかけながら、ほっぺをつねってみるが、一向に起きる気配なし。そして、
「起きないと、学校遅刻するよ」
で、谷崎は目を覚ました。起きた瞬間、谷崎が動き出そうとするから、慌てて止める羽目になった。
「なんで起こしたの?」
少し苛立っているのか、声が低い。寝起きなのもあるかもしれない。ムスッとしている。
「要求するから」
「……え?」
しかし、要件を伝えると谷崎は一瞬ポカンとしたが、すぐに理解したのか、寝る前のようなニコニコの谷崎になった。
「で、何?」
谷崎の後ろに、横にブンブン振れるしっぽが見える。目は輝いているし、犬耳も見えた。
「えっと、まずそこをどいて下さい」
僕はベッドを指さして言う。谷崎はすぐに下りた。僕は布団の中に入って、次の要求をする。
「一緒に寝よ」
布団をめくって、僕の隣をポンポンと手で叩く。
「……えっ?」
谷崎は赤面して、両手で顔を隠す。隙間からは、
「いや、ちょっとそれは〜……ね?」
と震えた声での反論が聞こえた。でも、僕はちゃんと正論を返す。
「僕の要求に必ず応じるっていう契約に同意したのは、谷崎さんだよ?」
谷崎の体全体がギクッと震えると、こちらに顔は向けずに、布団の中に入ってくれた。
「ねぇ、谷崎さん」
「……何?」
こちらに顔を見せてはくれないけど、多分赤い。声から先程までの強さは無くなっていた。
つまり、押せばいける。
「ハグしていい?」
「……っ」
谷崎は一瞬固まった。けれど、こくっと頷いて体の向きを変えてくれた。顔は真っ赤、目線は俯いて、表情は女の子になっていた。躊躇いがちにだが、両手を前に出してくれた。
可愛いなぁ。
特に考えず、そう思った。そして、谷崎の出した両手の中に僕が入り込む。手を後ろにまわして、ぎゅっと抱きしめる。谷崎も、抱き返してくれた。
「ありがと」
僕は口の真横にある谷崎の耳に、甘い囁き声でそう言うと、瞼をゆっくりと下ろした。
翌朝、谷崎はひどい寝不足で、僕は逆によく眠れてサッパリしていた。