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翌朝、目を覚ますと隣にひながいないことに気づいた。
しかも部屋が違う。ここは祖母が使っていた和室だ。
そしてひなの温もりとは違う、なんだかもっと熱くて大きなものが私の背中を覆っている。
「あ……」
そうだ。私昨日、鷹也と……。
「ママー、このおじちゃんだれ?」
「へ? ひなっ?」
鷹也と私が寝ている布団をひなが覗き込んでいる。
まずいっ。寝過ごした!
「ママー、はだかでねたら、かぜひくよー?」
ひえっ! 服っ! どこ??
「あ、ひなっ」
私の後ろからガバッと鷹也が起き上がった。
「お、おはよう、ひな!」
「こうえんにいたおじちゃん?」
「そうだよ」
「どうしてひなのおうちにいるの?」
「そ、それは――」
……お願い、鷹也。そのままひなの気を逸らして!
私は鷹也とひなが話している隙に、何とかマキシ丈のロンTを頭からすっぽり被った。
とりあえず下着は諦めよう。
「ひ、ひな、お腹空いた?」
「うん。いちごジャムトーストがいい」
「わかった」
私はゴソゴソと布団から抜け出した。
「おじちゃん、それ、だだのパジャマだよ」
ひなが鷹也の着ているスエットを指して指摘する。
「だだのバジャマ貸してあげたのよ」
「ふーん……」
ちゃんと説明するつもりだったのにこれはまずいな。
「ひな、この人は――」
「ひな、ごめんな。おじちゃんパジャマ持ってなくて、大輝くんのを借りてるんだ。ちゃんと大輝くんに返すから」
「……うん」
そうか。ひなは大輝のパジャマを勝手に着ていると思ってるよね。
鷹也が謝ったことでひなの機嫌は少し良くなった。
「ひな、おじちゃんを洗面所に連れて行ってあげて? ひなはタオルの場所知ってるよね? おじちゃんは知らないから教えてあげてね。お願いね?」
「うん。おじちゃんこっちだよ」
この家の中で動き回るのはひな主導の方がいい。ここはひなの家であって、ひなのテリトリーなのだから。
それにひなの保育園ではやってあげよう精神を大切にしている。ママに「お願いね」と言われたら応えなければいけない。
洗面所から二人の声が聞こえる。今のところ恐がられてはいないみたい。
ひなにはこの家の先輩としてのアドバンテージがあるからかな。
でもこのままじゃいけない。
どうやって鷹也がパパだと伝えようか。
「ママー! みてみてみて!」
朝食の準備をしていると、ひながキッチンまで走ってきた。
「どうしたの?」
「おじちゃんも、ふくみみなの!」
「え」
「そしたらね『ひなは、おれににてるんだな』っていったの。ひな、おじちゃんににているの?」
「う、うん……」
鷹也、何を言ってるのよ……。
「――杏子、ごめん!」
遅れてキッチンに来た鷹也が焦っている。
おそらく心の声が漏れてしまった、というところだろう。
たしかにこうやって並んでいたら二人とも福耳が目立っている。
もうこうなったら――。
「本当だね、二人とも福耳だ。よく似てるよ」
「……」
ひなが考えている。
どうして似ているか考えているのだろう。
ひなは同じ歳の子供の中でも抜きん出て聡い子だ。
何も言っていないのに、パパが居ないことを受け入れていることもそう。
ママを困らせないように、この歳で気遣いも出来る。
きっと私が鷹也のことをパパだと説明したら受け入れてくれるのだろう。
でも今のこの状態になったら話は別だ。
ひなの中では『真相解明の時間です!』って感じになっちゃってる。
私は少しの間放っておくことにした。
「さあ、食べようか」
「ベーコンエッグトーストか。美味そうだ」
「コーヒーでいい?」
「ああ」
「ひなはオレンジジュースね」
「うん……」
まだ考え事をしているようだ。どうしても気になるらしい。
「杏子、美味いよ」
「焼いてのせただけよ」
「ママ、あのね……」
「ん? ひなどうしたの?」
「あのね、りょうくんはパパとおめめがにているんだって。ゆなちゃんはパパとふわふわのかみがにているんだって。ひなはね、おじちゃんとふくみみがにているの」
「うん……そうだね」
「おじちゃんはひなのパパなの?」
ひな……!
正解です! うちの子、賢すぎるんですけど!
鷹也が食べていたパンをお皿に置いた。
そして私を見る。
私はただ頷いた。
「ひな、おじちゃんの名前は森勢鷹也といいます。おじちゃんが……ひなのパパです」
「……パパ?」
「うん……ごめんな。今までひなの傍にいられなくて」
「ママ、おじちゃんがパパなの?」
「……そうよ。鷹也がひなのパパなの。パパはずっとアメリカにいたの」
「あめりか?」
「遠い外国よ。お仕事でね、ひなが生まれる前にアメリカに行ってしまったの」
「おしごと……。そっか、おしごとだったんだ」
「杏子――」
鷹也がそれ以上のことを話そうとしたが、私はそっと首を振った。
今言ったことに嘘はない。
説明が足りないかもしれないけれど、今はまだ話すときではない。
ひなが年齢より聡い子だとしても、私たちの事情を理解できるのはもっと先の話だろう。
それに、鷹也がひなに謝るのは違うと思うのだ。
私だって意地を張っていたから。どちらかというと、非は私にある。
「ひな、パパの名前はね、森勢鷹也。鷹って鳥、知ってる?」
「たか! うん、しってる! えほんでみたことあるよ」
「そう。大きくて、強くて、格好いい鳥。鷹也って漢字はその大きな鳥の名前なの」
これはひなや鷹也だけでなく、まだ誰にも言ったことがなかったこと。
「鳥の子供はね、『ひな』って言うの。知ってる?」
「しらない」
「ひなはね、鷹也の子供だから『ひな』って名前を付けたの」
「え⁉ そうなのか?」
「ふふふ……うん。可愛いひな鳥でしょう?」
「ひな、パパのこどもだからひななの? ひな、かわいいひなどり?」
「ああ! 最高に可愛いひな鳥だ……」
ひなの顔がパァーっと晴れていくのがわかる。
『答えを見つけた!』という顔だ。
鷹也は涙ぐんでいる。
「ひながお腹にいるとき、ママは赤ちゃんの呼び名を考えたの。生まれてくるまでこの子のことをなんて呼ぼうかな? って。ママは『ひな』しか浮かばなかったの。愛するパパの子供だからね。だからお腹の赤ちゃんにずっと『ひな』元気に生まれてきてねーって言ってたの。それでひなが生まれて、顔を見たら『ああ、やっぱりこの子はひなだ。名前はひなしかない!』って思ったの。だからそのまま『ひな』になったのよ」
「杏子……ありがとう……」
自己満足だと思って付けた名前。でもどうしても鷹也と繋がりを持たせたかった。
二人の晴れやかな顔を見ていると、この選択は間違っていなかったようだ。