テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
🌙第3話「いつもの攻防」
「朔ちゃん、今日は風呂、一人で入るからな」
リビングでくつろいでいた朔に向かって、結衣斗は先に釘を刺した。
タオルを肩にかけたまま、少しだけ警戒した目を向ける。
「……入る」
即答だった。
「いやダメだから。今日はほんと無理」
「なんで」
「なんでって……なんでもだよ!」
曖昧な理由で押し切ろうとするあたり、すでに弱い。
朔はソファから立ち上がる。
ゆっくり、でも迷いなく距離を詰めてくる。
「ちょ、来んなって」
一歩下がる。
朔は一歩進む。
「朔ちゃん、ほんとにやめ――」
気づけば、壁際だった。
「……狭い」
ぽつりと呟かれる。
「お前が詰めてきてんだろ…!」
そのまま、腕を取られる。
「っ、だから今日は――」
「入る」
短い一言。
逃げ道は、もうない。
─────────────────────
結局。
「……絶対見るなよ」
湯気の中で、結衣斗はやたらと警戒していた。
落ち着かない様子で、やたら距離を取ろうとする。
朔は何も言わず、ただそこにいる。
近い。
「朔ちゃん、近いって」
少し離れようとすると、逆に距離が詰まる。
「なんでだよ…!」
抗議の声も、どこか弱い。
朔は相変わらず無言のまま。
でも、その距離だけは変えない。
(……ほんと、なんなんだよ)
視線を逸らす。
湯気でぼやけた視界の中、妙に意識してしまう自分がいる。
「……兄ちゃん」
ふいに、呼ばれる。
「な、なに」
「逃げないで」
一瞬、言葉に詰まる。
「逃げてねぇよ…!」
反射的に返すけど、説得力はない。
朔はそれ以上何も言わない。
ただ、少しだけ近づく。
その距離に、もう抵抗しきれなくて。
「……もういい」
諦めたみたいに、結衣斗は小さく息を吐いた。
「どうせ入るんだろ」
毎日のことだ。
分かっている。
その言葉に、朔はほんの少しだけ目を細めた気がした。
─────────────────────
風呂から上がった後。
「はぁ……」
結衣斗はソファに倒れ込む。
「疲れた…」
「……なにが」
隣に座る朔が、ぽつりと聞く。
「お前のせいだよ」
即答。
でも、強くはない。
少しだけ沈黙があって。
朔が、そっと結衣斗の肩に寄りかかる。
「ちょ……風呂上がりにくっつくなって…」
言いながらも、押しのけない。
「……いいだろ」
小さな声。
結衣斗は少しだけ目を閉じて、
「……まぁ、いいけど」
ぼそっと呟いた。
その距離は、やっぱり変わらない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
25,273
井上 _🪼💙💫