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「私たちは、落ちてゆく」
私は声に出して読む。
夢日記。
私が付けていた9日間の記録。
それはもう過去のものだ。
いま、あえて読み返す意味などない。
けれども、良いこともある。
これを読むたびに、私は生きていると実感する。
もう1人……”友人の犠牲”と引き換えに。
伸びをする。
もう新しくなくなったカーディガンがひらりと揺れる。
立ち上がり、キッチンへ向かう。
ケトルに水を入れ、台へセットする。
意味もなくカレンダーを見たり時計を見たりして、木製の食器棚の引き出しを開ける。
インスタントコーヒーのパックを取り出し、パッケージを開ける。
お気に入りのコーヒーカップへ掛けて、暫し空想する。
あの時、あの場所で起こったこと。
あれは、何だったのだろう。
夢であり、現実であり、そのどちらでもある場所。
死のせめぎ合い。
何を意味するのかわからないが、なにか文学的であり、哲学的。
そんな風味。
カチッ。
ケトルに入れた湯が沸いた。
コーヒーカップにケトルを傾ける。
コーヒーの芳しい香りが漂ってくる。
私はその香りと音を楽しみ、カップを片手にテーブルへ戻る。
テーブルの上には、一冊の日記帳。
夢日記がある。
椅子に座る。
コーヒーを飲む。
ほっと一息ついた。
そして、私は開いた日記帳の字を辿る。
「だが。私たちは。落ちてゆく」。ここが先ほど読んだ最後の記述。
顔を上げ、友人の言葉を思い出す。
「全部あんたのせいだ!」
友人はそう言った。
そして。
「全部夢日記のせいなんだ!」
そうも言った。
私は穏やかに笑みを浮かべる。
確かにそうかもしれない。
私が夢日記を書いたからこそ、自由に動くことができるようになった。
もし、友人だけ書いていたらそのまま犠牲になったのは私の方だったかもしれない。
でも、それだけではないだろう。
友人自身が招いた事態でもあったことだろうに。
そう。
私が悪夢に悩んでいる時、偶然にも友人も悪夢を見ていた。
いや、必然だったのだろう。
そこで、友人は黙っておけばよかった。1人悩んでいればよかった。
でも、友人はそうしなかった。
友人は、私の元へ相談しにきたのだ。 そして、”私が夢日記を勧めた”。
友人は恐れながらもやる気を出したようだった。
“怖い話が好きな私”はそんな姿を見て、自分もやってみようと思い立った。
これがなければ、いつか私はやられていた。
「おまえをころす、か」
独りごつ。
あは。
あはは。
あははははは。
私は生きた。
生き延びた。
死神の手から逃れたのだ。
「死ぬのが私じゃなくて」
犠牲になったのは、友人ただ1人。
友人。
そう、最後まで日記にはその名を残せなかった。
後ろめたい気持ちがあったのだから。
記録は一生残るのだから。
でも、言葉に出すことはできる。
彼女。
そう、彼女の名は。
「ああ。ユメでよかった」