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第1話「どうしてこうなった!?」
とあるホテルの、とある一室。
カーテンの隙間から日の光が差し込む程度には、一日が始まって経過した頃。
「んん……」
「んー……」
背を向けていた二人の男女が、もぞもぞとダブルベッドの上で怪しげにうごめいた。
それが同時にごろりと寝返りを打ち、うまい具合に向かい合う。
「ん……?」
「……んん?」
なんか、近い――互いに気配を感じ取った瞬間、二人はパチリと目を開けた。
「……おはよー」
「……おはよう」
寝ぼけ顔の男が言えば、女も眠そうに応える。
「――!」
「っっ!」
バネにでもなったかのように、バッと勢いよく跳ね起き。
「!!」
「!?」
これまた首が勢いで吹っ飛びそうなほど素早い動きで、互いを見る。
コントか? とでも言いたくなるほど揃っていたが、本人たちはそれどころではなかった。
第1話「どうしてこうなった!?」
(え、ちょっと待ってどういうこと!? 何この状況!?)
心の中で、桜木 夏実(さくらぎ なつみ)は絶叫した。
なぜここにいるのか、いつベッドに入ったのか――そして、どうして高校時代から友人の地位を保ってきた篠塚 京輔(しのづか きょうすけ)と一緒に布団に入っているのか。
何一つ、一切記憶になかった。
咄嗟(とっさ)に自分の姿に目を落とす。
肩紐が片方落ちたキャミソールに、太股半分くらいの短パン。
上着は脱いでいたし、多少乱れてはいるが服を着ている。
(同じベッドで寝ただけ? ぜんっぜん覚えてない……何でここにいるの? しかもよりによって……!)
混乱を押さえつけ、改めて隣人を見る。
「……」
短い髪に、目は少しつり気味だがキツい感じはなく、むしろ人懐こそうな顔つきの青年――京輔。
「ねえ、篠塚……あたしたちって……」
「……覚えてない」
「あたしも……」
京輔のほうも服は着ており、夏実と同じように全力で戸惑っている。
昨晩は、高校時代の友人たちが集まった飲み会だった。
成人し、堂々とお酒を楽しめるようになり――調子に乗って飲んだ記憶はある。
「(どうして篠塚!? 何かあったとして全然覚えてないとかサイアクなんですけど……どうせならちゃんと覚えてたかった!)」
「……桜木」
頭がぐるぐるしている中、ふと京輔が口を開く。
(思い出せ、さぁ思い出すのよ桜木夏実……大丈夫、そう簡単に大事なこと忘れるような薄情な気質ではないはず……できる、やればできる子なのよあたしは……!)
「おーい、桜木?」
だが夏実の耳には、京輔の声が全く届いていなかった。
(強くもないのに構わず飲んで、それから――)
「桜木ってば!」
「ああダメだぁ思い出せないぃぃぃ!」
「おいこら無視すんなっつーの!」
突然夏実の目の前に、京輔の顔。
「近いちかいちかいぃ!」
(今までこんな至近距離になったことないのにこの状況でいい加減にして!?)
ベッドサイドまで後ずさる夏実に対し、京輔の眉間に皺(しわ)が寄る。
「嫌がりすぎだろ……」
という呟きも、それどころではない夏実の耳には入らなかった。
「……とりあえず、出ないか? このままここにいるのも……落ち着かないし」
「そ……そうだね……」
冷静な声でそう言われ、ようやく夏実は落ちつきを取り戻した。
一度落ち着いてしまうと、人は現金なものというかなんというか。
(……さすが篠塚。慣れてるんだね、こういう状況に)
ふて腐れたように、夏実は頬を膨(ふく)らませた。
「とりあえず……整理しよう」
「……うん」
30分後、二人がいたホテルから少し離れたカフェで、向かい合って座っていた。
「昨日のこと、どこまで覚えてる?」
「篠塚と瀬能(せのう)くんが戻ってから、一緒に飲んだ気はするんだけど……そこから先はぜんぜん覚えてない」
「……だよな」
「篠塚はあのホテル……知ってた?」
思い出そうと難しい顔をする篠塚を見て、ふと夏実は尋ねる。
「いや。初めて行った」
「……」
「あのね、女の子と仲いいからって、そんなすぐホテル行ったりしないからな!?」
「そういうことにしとく」
「何その顔! ひどくね!? 俺だって覚えてないんだけど!?」
(おモテになるそっちと違って、こっちはまだお付き合いとかしたことないんですからね……)
お前のせいでな、と続けようとしたところで、篠塚が思い出したように神妙な顔で夏実を見た。
「……桜木は、その、身体……平気?」
「からだ? 何が?」
何がも何もない話なのだが――生まれて20年、彼氏ができたことのなかった夏実にとって、質問の意図を即座に察するのはハードルの高い話だった。
「……」
「っ!」
が、篠塚がとてつもなく言いづらそう(かつ恥ずかしそう)にしている顔を見たことで理解する。
(身体ってそういう……! シた後って身体重くなったりするって聞くけどどうなの!? 確かに身体重いし頭痛いけど昨日のお酒残ってるせいじゃないの!? わかるわけなーい!)
顔を真っ赤にしながら、夏実の頭の中では色んなことがぐるぐる回っていた。
「……」
それでも、恥ずかしそうでも真剣に返事を待つ篠塚を放っておくわけにもいかない。
「……わかんない、デス」
「……そっか」
夏実の辛うじて絞り出した声を聞いた篠塚の顔から、羞恥(しゅうち)が消えた。
「桜木」
「な、なに……」
まるで、何かを決意したかのような顔つきに、夏実は一瞬息を呑む。
そして――
「俺たち――付き合わないか」
次回へつづく。