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第2話 「こうして、そうなった」
時間は遡って、昨晩の夜。
この日夏実と京輔は、高校時代の友人たちと飲み会をしていた。
「篠塚ぁ、もう顔真っ赤じゃーん!」
「えーそうかなぁ」
「そんなになるのにガンガン飲んじゃダメでしょー」
「肉食系のお姉さまたちに食べられちゃうよぉ?」
「もう食べられちゃった後だよねー、京輔ー」
「おま、篤彦(あつひこ)! 人聞きの悪い言い方すんなよ!」
「でも篠塚、年上の女の人にウケよさそうだもんねー」
居酒屋チェーン店の、座敷。
部屋の中央で盛り上がる中、夏実はテーブルの端で京輔の様子を横目で眺めていた。
「――そんなに気になるなら、混ざってくればいいじゃない」
「!」
「何驚いてんのよ。私アンタの隣にいるのよ?」
夏実の隣にいるのは――ミステリアスな美女。
ベリーショートの髪と、切れ長の目や整った顔立ちがクールな印象を与える。
杉崎 史花(すぎさき ふみか)。
高校時代からの友人で、今は夏実、京輔と共に同じ大学に通っている。
「さやの介抱とかしてるから、話に乗り遅れるのよ」
史花の呆れ顔を見ながら、夏実はグラスに口をつけお酒を流し込んだ。
「……好きなら、さっさと言っちゃえばいいのに」
「無理! あっちはあたしのことなんて眼中にないんだから」
再びチラッと視線を動かしてみると、京輔と仲の良い瀬能 篤彦(せのう あつひこ)にいじられて不貞腐れながらも、楽しそうな京輔の姿が目に入る。
人懐こくて、明るくて――いじられたり甘えたりするのが似合う人気者。
「ちょっとごめん」
「!」
京輔が自分の方を向いたと同時に、夏実は睨むようにじっと史花を見つめた。
「篠塚がこっち来る」
「だからって何で私の顔見るのよ」
呆れ顔の史花の背後で京輔が動きが止まる。
「桜木」
「な、何?」
ぶっきらぼうに言いながら、夏実は顔を上げた。
「――さっきは、お疲れ」
そう言って、京輔は笑った。
騒いでいたときのとは、違う――落ち着いた笑顔。
そう言い残すと、京輔はそのまま座敷から出て行った。
トイレに行くつもりだったらしい。
「っ……あれなにっ」
ガンッと音と立て、夏実の額がテーブルを打つ。
(いじられキャラなクセに……時々あんな……すごい大人っぽい顔するんだもんな……!)
顔が熱い。
胸が苦しい。
でも。
(あんな顔を見せてくれるのは、あたしのこと友達だと思ってるから……なんだよね)
同時に、そんな風にも思っていた。
「飲もう、史花」
「……お酒に逃げるとろくなことないわよ?」
「いーのぉ!」
そう言うと、夏実は一気にグラスを空けるのだった。
京輔の言っていた「さっき」とは――夏実と史花のやり取りから、数分前に遡る。
「顔真っ青だよ!? 大丈夫!?」
「……?」
聞き慣れた声が大きく聞こえて、京輔たちはテーブルの端に視線を向ける。
声の主――夏実は、向かいの女性を心配そうに見つめていた。
「ごめんなっちゃん……私帰る……」
「わかった……ったく誰よ、さやちゃんに無理して飲ませたの!」
気がつくと京輔の周りでは談笑が再開されていたが、京輔は横目でこっそり夏実たちの様子を窺(うかが)っていた。
「さや、飲めないのに無理して最初の一杯全部飲んだみたいね」
「そういうことか……わかった。史花、あたしちょっとタクシー呼んでくる」
「はいはい」
そう言って夏実は席を立ち、おそらくタクシーを呼ぶ番号を探すため、スマホを弄りだした。
「ほんと、世話焼きだよなー……」
友人を介抱した夏実を労った後、トイレで京輔は一人ごちる。
世話焼きであり、姉御肌。
誰かが困っていると、ごく自然に手を貸したくなってしまう性分の夏実。
(けど俺も頑張って甘やかそうとしてんだから……もうちょっと甘えてくれてもいいよなぁ……)
ため息をつきながら思い出すのは、夏実が楽しそうに話していた相手――史花のこと。
クールな印象だが、夏実の「姉御肌」な部分を引っぺがし、甘えさせている。
もちろん、京輔の前でだって十分普段の様子とは違うはずなのだが――
「なーんか、俺の前だと冷たいんだよなー……」
「何が冷たいって?」
「ぅわっ!?」
突然の気配に、京輔は飛び上がりそうになった。
その声の主は全く気にせず、京輔の隣に並ぶ。
「な、なんでもないっ! てかいきなり後ろから声かけるなよー……びっくりするだろ」
「ごめんごめーん」
悪びれる様子もなく声の主――篤彦は笑い飛ばす。
「今日、あんま桜木さんと話してないね。いっつも面白いくらいよく喋ってるのに」
「は!? べつに普段喋ってるし……いいかなって」
「ふーん」
(何なのこいつ!? 人の心読めるの!?)」
と思うくらいビビっていた京輔だったが、その様子をおくびにも出さない。
(酒の勢いでもっと色々突っ込んだこと喋ればいいのに……桜木さんのこと、好きなくせにさー……あ、そうだ)
そんな京輔の様子を見て、篤彦は何か閃いた。
その後、篤彦のさりげないお酌術の末に、酔いつぶれてしまうことになるとは――このときの京輔は思いもしなかった。
――そして何やかんやあって、夏実と京輔の記憶は翌朝まで飛ぶ。
酔いつぶれるまで、そして酔いつぶれた後に一体何がどうなって――同じベッドで目覚めることになったのか。
二人がそれを知るのは、まだ先のお話。
次回へつづく。