テラーノベル
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フロッピーディスクを差し込んだ瞬間、世界がノイズに満たされた。
視界がざらつく。耳がキーンと鳴り、肌がざわつく。気づけば、自分の立っていた床は消え、周囲は闇に沈んでいた。
「……記録、か?」
誰に向けてでもなく、ぽつりと呟く。
足元に、砂のような質感の床。空には、天井のない灰色の空間。建物のようで、廃墟のようで、記憶の中にしか存在しない「どこか」。
――否。それは自分の記憶だ。
重たい足取りで進む。
建物の陰、鉄柵の向こう、何かがうごめいている。
と、そのとき――
目の前に「自分」が立っていた。
年齢も姿も同じ。だが、目の色だけが違う。血のように深い赤。表情は無機質で、何も映していない。
その“いぬい ねこ”は、無言で誰かを撃ち殺した。
遠くにいた小柄な人物。こちらに手を伸ばそうとしていた、名も知らぬ影。
ねこは、思わず声を上げそうになったが、喉が塞がれるように言葉が出なかった。
次の瞬間、銃を手にしていた「ねこ」がこちらを向く。
目が合った。
「……まだ、思い出すな」
そう呟いた瞬間、映像が弾けるように崩れた。
現実へと引き戻されたねこは、膝をついて荒い呼吸を繰り返した。
隣で見ていたしろが、驚いたように身を屈める。
「ちょ、大丈夫!? 顔、真っ青だよ!」
「……ああ。少し、昔を見ただけ」
手の中には、もうディスクはなかった。光の粒となり、空気に溶けて消えていた。
“誰かを殺した記憶”
“自分に似た誰か”
“思い出すな、という警告”
ねこは立ち上がり、歯を食いしばった。
「少なくとも、俺は俺を信じられなくなった」
「でも、君は今、誰も撃ってない」
しろが静かに言った。
「僕のこと、助けたし」
その言葉は、妙に重かった。
ねこは少し黙ってから、苦笑する。
「……変な奴だな、お前」
「よく言われるよ」
それだけで、少しだけ空気が軽くなった。
ねこは、壊れた壁の先を見る。先にはまだ知らない階層が続いている。
そしてきっと、まだ知らない“自分”が。
記憶の回収は始まったばかり。
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