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「凄い……。テレビや雑誌でしか見たことがなかったんですけど、芸能人がお忍びで来るのも納得です……」
夕暮れが迫る頃、宿に到着した二人は車を降りて旅館の玄関前へやって来た。
山間の高台にひっそりと佇む全二十室の高級温泉旅館【夕凪庵】。
豊かな自然に囲まれた立地と一流の料理、そしてプライバシーを徹底して守る行き届いたサービスで知られている。
一度宿泊すれば他の旅館には行けない。
そんな評判が立つほど宿泊客からの満足度は高く、芸能人や著名人が人目を避けて訪れることも少なくない。
ただその分、宿泊料金も相応のもので、一泊二食付きで一人八万円から二十万円ほど。
中でも最上級の離れともなれば二名一泊で三十万円を超えるという。
そんな宿を目の前にした羽衣子は改めて隣にいる昴を見上げた。
「あの、本当に良かったんですか? こんな立派な宿……」
自分にはあまりにも不釣り合いなのではないかという気持ちが拭えずに恐る恐る尋ねるも、昴はまるで何を心配しているのか分からないとでも言うようにキッパリと言い切った。
「良いに決まってるだろ?」
「でも……」
「寧ろ、俺たちの初めての旅行には相応しい宿だと俺は思うがな」
あまりにもさらりと言われ羽衣子は思わず頬を赤く染める。
『初めての旅行』
その言葉が嬉しくもあり少し恥ずかしくなった羽衣子はそれ以上何も言えなかった。
「ほら、行くぞ」
「は、はい」
旅館の中へ入ると、落ち着いた照明に照らされたロビーには上質な調度品が飾られていたり、ソファーが配置されている。
「羽衣子はここで待ってろ。受付を済ませてくる」
「はい」
昴に言われた羽衣子はロビーのソファーへ腰を下ろし、昴は一人受付へと向かう。
「お待ちしておりました、京極様。ご予約は【花霞】でお間違いないでしょうか」
「はい」
スタッフの確認に昴は迷いなく頷く。
昴が予約したのは【夕凪庵】にある客室の中でも最上級の離れで、他の宿泊客と顔を合わせることがないよう客室には専属のスタッフが付いている。
勿論、滞在中も必要以上にスタッフが客室へ立ち入ることは無く、徹底的にプライバシーを重視したこの宿で最も特別な部屋だった。
そんなことを知らない羽衣子は手続きを終えた昴や案内係のスタッフと共に客室へ向かう。
そして、案内された離れを見た羽衣子は驚き、呆気にと取られた。
#年の差
水無月 京
836
鷹槻れん

34,723
鷹槻れん

60,493
#強引
「……ここ、ですか?」
「ああ。この宿で一番良い部屋だ。予約が取れて良かったよ」
「…………」
「それでは、何かありましたらいつでもお声掛けください」
「ああ、ありがとう」
案内係は一礼すると、二人を残して去って行った。
「この宿の離れのお部屋って……お値段……凄くしますよね……」
案内された部屋を前に羽衣子は落ち着かない様子で室内を見回した。
旅館の中でも特に格式の高い離れ。
広々とした和室に贅沢な調度品。
この部屋専用に広い露天風呂まで備えられている。
素晴らしい部屋なのが分かるからこそ、自分にはあまりにも不釣り合いな気がしてしまう。
「値段なんて気にするな。折角の旅行なんだから良いところに泊まる方がいいだろ?」
昴は何でもないことのように言うけれど、
「で、でも……」
羽衣子は俯き言葉を濁してしまう。
勿論羽衣子も嬉しくないわけではない。
ただ、こんなにも高価な部屋を自分の為に用意してもらったことが申し訳なくて、どう反応すればいいのか分からなかったのだ。
そんな羽衣子の様子を見ていた昴は少し表情を曇らせる。
「……迷惑だったか?」
「え!?」
「お前に喜んでもらいたくてしたことなんだが……普通の部屋の方が良かったか?」
先程までの余裕のある表情は消え、どこか申し訳なさそう。
「そ、そんなことないです! 嬉しいです、凄く! その……こんなに素敵なところに泊まれるなんて思っていなかったから驚いてしまって……。反応が薄くてすみません……」
必死に言葉を重ねながら羽衣子は首を横に振る。
「嫌なんてこと全然ないです! 本当に!」
「……そうか」
羽衣子の言葉に安心したのか昴の表情が緩んだ。
「それを聞けたなら安心だ。俺はお前の喜ぶ顔が一番見たいんだ。だから、もっと素直な気持ちを出してほしい」
「…………はい」
「飯は十九時にしたからまだ時間がある。外を散歩しに行くのでもいいし、部屋でゆっくりするのでも風呂に入ってもいい。どうしたい?」
「……えっと」
どうしたいか問われて少し考えたあと、羽衣子は窓の外へ視線を向ける。
「折角ですし……少しお散歩してからお風呂に入りたい……です」
「分かった。それじゃあ外に出るか」
「はい!」
二人は夕食までの時間を過ごす為、まずは旅館の周囲を散策することにした。
「綺麗ですね」
外へ出た二人は旅館の周りを散策しつつ、夕日に染まる山並みに視線を向ける。
綺麗な夕焼け空を前にした羽衣子の顔には子供のような無邪気な笑みが浮かび、
「本当だな」
そう答えながらも昴は景色ではなく嬉しそうに笑う羽衣子の姿を見つめていた。
コメント
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わあ、第94話、読ませていただきました……! 高級旅館「夕凪庵」、もう描写だけで特別な空気が伝わってきました😊 羽衣子さんが「自分には不釣り合い」と遠慮するところ、すごく共感できる反面、昴くんが「お前の喜ぶ顔が一番見たいんだ」って言い切るのが本当に優しくて……胸がきゅっとしました。夕焼けを見ながら、昴くんが景色じゃなくて羽衣子さんの笑顔を見つめてるシーン、すごく好きです。二人の距離がまた一歩縮まった感じがして、次のお風呂の時間も楽しみです🌇