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ゆ
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#specter
ゆ
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強制されたテーブルマナー。
痛みすら意味を失い、何もかもが無菌の光へと変換されてしまう世界。
ヴァニティにとって、それは単なる不快ではなかった。
自分が信じてきた「美学」そのものを、笑いながら否定されているような侮辱だった。
だが――
怒りは、いつまでも燃え続けるものではない。
やがて炎は消え、その下に残ったものが姿を現す。
ヴァニティの場合、それは――冷たい蔑みだった。
「……」
ゆっくりと立ち上がる。
赤い野球帽のつばへ指先を滑らせる。
先ほどまで激しく揺れていた黒い瞳には、もう怒りの色はなかった。
ただ、底の見えない冷たさだけが宿っている。
「ねえ、アクチュアリティ」
ヴァニティは首を傾げる。
「キミ、自分がこの異界の偉大な支配者だとでも思ってるの?」
アクチュアリティは黙っている。
「……ふふ」
ヴァニティの唇が歪む。
「滑稽だよ」
白銀のダイニングルームを見回す。
「白い服。
白い床。
白い壁。
そして、都合のいいルール」
クスクス。
「痛みまで勝手に別のものへ変えて、それで『完璧』だなんて言ってる」
ヴァニティはアクチュアリティへ視線を戻した。
「それってさ」
一歩。
「ただのおままごとじゃない?」
アクチュアリティの瞳が、ほんのわずかに細くなる。
ヴァニティはそれを見逃さなかった。
むしろ――嬉しそうに笑った。
「ほら」
さらに一歩。
「やっぱり効くんだ」
その瞬間、白銀の空間に奇妙な圧が生まれた。
ヴァニティの背後に、濃い影が揺らめく。
その姿は、ここには存在しないはずの誰かを思わせた。
スペクター。
ヴァニティが絶対の忠誠を捧げる存在。
「ボクが仕えるスペクター様はね」
声が低くなる。
「こんな無菌の箱庭で、お上品にお茶会を開いて満足するような存在じゃない」
黒い瞳の奥が燃える。
「命そのものを支配する」
「恐怖を生み出す」
「絶望の中に放り込まれた者たちを、何度でもゲームへ戻す」
ヴァニティは胸元へ手を当てる。
「それがスペクター様だよ」
その声には、一切の迷いがなかった。
「血の匂い」
「逃げようとする足音」
「恐怖に震える声」
「最後まで生きようとする意思」
ヴァニティは一つ一つを数えるように指を折る。
「そういうものがあるからこそ、命には価値がある」
そして、白銀の世界を見回した。
「でもキミの世界には、それがない」
アクチュアリティは何も言わない。
「何も壊れない。
何も汚れない。
何も失われない」
ヴァニティの笑みが深くなる。
「そんな世界で、いったい何を『支配』してるの?」
静寂。
ヴァニティは包丁をゆっくりと持ち上げる。
白銀の刃が、アクチュアリティの前で止まった。
「キミは痛みを別のものに変えてる」
刃先がわずかに揺れる。
「苦しみから意味を奪ってる」
そして――
「それを『優しさ』だと思ってる」
ヴァニティの声が、冷たくなる。
「……違うよ」
朱色の瞳が、まっすぐ女王を射抜く。
「ただの逃げだ」
アクチュアリティの表情から、微笑みがわずかに消える。
ヴァニティは満足そうに笑った。
「キミは神様なんかじゃない」
一歩、踏み込む。
「苦痛すら自分の都合のいい形に変えないと受け止められない――」
そして、吐き捨てるように。
「空っぽの女王だよ」
白銀の空間が、しんと静まり返る。
「……」
アクチュアリティは答えない。
ヴァニティは包丁を下ろした。
「ボクの神様とキミじゃ、格が違いすぎるんだよ」
その顔には、怒りではなく――
確信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「キミがどれだけ世界を白く塗り潰しても」
赤い帽子のつばを、指先で軽く弾く。
「ボクの中にある『赤』までは消せない」
ヴァニティは背を向ける。
「だって、それが――」
振り返る。
「ボクがスペクター様からもらった、最高の美学だから」
白銀の女王と、赤を纏う狂信者。
二人の間に、言葉では埋められない価値観の亀裂が走っていた。
そしてその亀裂こそが――
SWAPSAKENに刻まれた、最初の本当の「傷」だった。