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ヴァニティの嘲笑を受けても、アクチュアリティは怒らなかった。
むしろ――
その瞳には、ぞっとするほど深い恍惚が浮かんでいた。
「……格の違い、ね」
アクチュアリティは、ヴァニティの構えた包丁をじっと見つめる。
そして、白い指先を刃へそっと近づけた。
「でもね、ヴァニティ」
指先が、冷たい鋼に触れる。
「あなたの言う『命の価値』を、私はもっと知りたいの」
「……何?」
ヴァニティの眉が動く。
アクチュアリティは微笑んだ。
「だからこそ――」
一歩、近づく。
「あなたに刻んでほしいのよ」
「……」
ヴァニティは黙って女王を見つめる。
アクチュアリティは、まるで恐怖など存在しないかのように包丁へ身を寄せた。
白いドレスの胸元に、小さな赤い痕が生まれる。
しかし、それはすぐには消えなかった。
「……!」
ヴァニティの目が見開かれる。
「この世界の修復が……止まってる?」
「ええ」
アクチュアリティは楽しそうに笑う。
「私がそう望んだから」
白銀の空間に、赤い一点が残る。
それは小さい。
けれど、この世界では異物だった。
「見て」
アクチュアリティが、その赤を指先で示す。
「あなたが嫌っていた、この完璧な白に――あなたの色が残ったわ」
ヴァニティの瞳が細くなる。
「……何がしたいの?」
「簡単なことよ」
アクチュアリティは微笑んだ。
「あなたの誇る『愛の精密さ』を見せてほしいの」
包丁を見る。
そしてヴァニティを見る。
「この世界に、あなたにしか刻めないものを残してちょうだい」
ヴァニティは黙っている。
「あなたが本当にスペクターを信じているのなら」
アクチュアリティの声が静かになる。
「あなたの美学が本当にそんなに完璧なら――」
一歩、退く。
「私を相手に証明してみればいいわ」
挑発だった。
あまりにも露骨な。
けれど――
ヴァニティには、それで十分だった。
「……なるほどね」
彼女の口元がゆっくりと吊り上がる。
「そういうことか」
アクチュアリティが微笑む。
「どうかしら?」
「キミ、やっぱり変だよ」
ヴァニティは包丁を握り直す。
「でも……」
その瞳に、再び鋭い光が戻った。
「嫌いじゃない」
「まあ」
「ボクの世界を否定したんだ」
一歩、踏み出す。
「ボクの料理を笑った」
さらに一歩。
「そして今度は、自分自身を使ってボクの美学を試そうとしてる」
ヴァニティの笑みが深くなる。
「だったら――」
包丁を構える。
「ボクも遠慮しないよ」
アクチュアリティは静かに両腕を広げた。
「ええ」
その表情には、不安など一片もない。
「どうぞ」
「……いいよ」
ヴァニティの黒い瞳の奥が輝く。
「キミのその安っぽい白に――」
刃が、白銀の光を受けて煌めいた。
「ボクだけの刻印を残してあげる」
アクチュアリティは微笑む。
「期待しているわ」
「後悔しても知らないからね」
ヴァニティは深く息を吸った。
スペクターへの忠誠。
キラーとしての誇り。
そして、自分自身の美学。
そのすべてを一本の刃へ集める。
「……これが、ボクの答えだ」
刃が走った。
白銀の世界を、赤い光が一瞬だけ横切る。
そして――
完璧な白の中に。
誰にも真似できない、一本の「傷跡」が刻まれた。