テラーノベル
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ポーションで傷を治し、少し休息も取った私たちは、すぐに探索を再開する。その後は特に魔物に会うこともなく、しばらく坑道内を進み続け、あるとき、全員が足を止めた。進行方向に明かりが見え、声らしきものも一緒に聞こえる。そこからは慎重に進み、そしてそっと岩陰から、全員で向こう側を覗き込んだ。
そこには数人の魔術師らしき人と、地面には巨大な魔方陣があった。
「……アドレー。あれが何か、分かるか?」
「私も専門ではないので、確証はないですが。描かれた術式を見るに、召喚魔法の一種で……おそらく、『転移』に関する魔方陣ではないかと」
「転移ねぇ……。アドレー、転移魔法ってのは、どれもあんなに大がかりなものなの?」
「いや、ただ単に転移させたいだけなら、あんな大きさは必要ない。召喚魔法にもいろいろあるんだが、中でも転移魔法はその魔方陣が大きければ大きいほど、大量のものを転移させられる――って話だ」
目の前の魔方陣は、四人乗りの馬車が三台ほど入りそうなくらい、大規模なものだ。仮にこれが本当に転移の魔方陣なら、そんなに大きなものを転移させて、一体何をするつもりなのか――?
「……かなり深くまで来たが、けっきょく盗賊団はおろか、生者にすら会わなかった。そして目の前には、正体不明の魔術師たちと巨大な魔方陣……」
「盗賊団の話は、最初から全て嘘だった可能性が高いですね。おそらくはあれを隠し、そしてここへ誰も近づかないように、何者かによって意図的に広められた情報だったと……」
真剣な表情で、アドレーさんがあごを撫でる。
「……状況から見て、そう考えるのが自然ですけど。でもだとしたら、ウェスペルへ増強された軍は、どう説明するんです?」
エリィさんがそう言って考え込む。それもそうだ。王国軍はここにいるはずの盗賊団を捕縛する目的で派遣されたはずだ。でもここに盗賊団の姿はなく、代わりに怪しげな魔術師の集団が何かの研究を行っている……。
「軍がウェスペルにいる理由は、見当も付きませんけど……でも、嘘の情報を流して、その上で軍も動かせるような人が、この件に関わっている……ことは、間違いないですよね」
何か恐ろしいことが静かに、でも確実に起こっている……そんな気がして、ならなかった。
「それもあの魔術師たちを捕まえれば、分かるかもしれない……。隙を見てしかけるぞ」
ルクスさん、アドレーさんは、じわじわ魔術師との距離を詰めていく。身軽なエリィさんは、坑道内の崖を少しくだって、魔術師たちの背後に回った。魔術師たちが背を向けたタイミングで、ルクスさんが岩陰から姿をさらす。
「……お前たち、ここで何をしている?」
すぐに振り返った魔術師たちは、とても驚いた様子だった。
「お前こそ、なぜここにいる! まさか、あのシルバー・ファングを倒したのか……!?」
ルクスさんは、質問には答えない。でも逆にその態度が、シルバー・ファングを倒したという事実を肯定しているように感じさせた。
「答えろ。ここでお前たちは、何をしている?」
「答える義務はない!! くそっ! ここまで人が来るなど、想定外だ! お前ら、生きて帰れると思うな!!」
魔術師たちは一斉に、魔方陣に触れた。何をしようとしているのかは、すぐに分かった。三人は魔術師たちを拘束するべく、距離を詰めるけれど、一歩間に合わない。魔方陣が光を放ち、周囲が一気に明るくなる――
次の瞬間、三人の前にはシルバー・ファングの下位種、ホワイト・ウルフが六体も姿を現していた。魔術師たちは魔方陣を通して、別の場所にいる魔物をこの場に呼び寄せた――転移させたのだ。
「そいつらを食い殺せ!!」
魔術師の命令で、六体は一気に三人へ襲いかかる。シルバー・ファングよりも小さいけれど、でも人一人よりは大きいホワイト・ウルフたちは、三人を前後から挟み込む。一人あたり二体。同時に、しかも前後から攻撃を受ければ、全てを回避するのは、三人でも不可能だ。
ホワイト・ウルフが跳躍し、三人はそれに応戦する。私はその光景を、ひどく冷静に見つめていた。勝てない……。もはや三人は守りに徹し、攻撃ができるような隙はほとんどなかった。魔術師たちが不吉に笑う。このままでは、いずれ三人は、ホワイト・ウルフに食い殺される――
その光景が脳裏をよぎったとき、白い手が、硬く握られた私の手に触れた。ふっと視線を上げると、何人もの坑夫の霊が、穏やかなまなざしで、私を見ていた。
『……リティア。彼らを、助けたいかい……?』
「……っ、はい!」
『では、祈るのだ。彼らを助けてほしい……彼らを助けたい、と――』
素直にその言葉に従った。硬く握った手をふっと緩めて、緩く握り、そして祈る。大切な人を、助けてほしい。助けたい。私にその力があるなら、今こそ……今ここで、その力を――!!
魔方陣の近くで、地面が光を放つ。それは魔方陣の発光とは、まるで異なる光だった。その光から、白い何かがたくさん、すーっと飛び出してくる。人の形をしていて、でも下半身は空気に溶けるように、ぼんやりとしている。これは――
「ご、ゴーストだとっ!? 一体どこから! 誰がっ!!」
光から現れた魔物――ゴーストは、その白く透けるような手で、魔術師たちを次々と拘束していく。魔術師たちは抵抗しようと、ゴーストへ手を伸ばすけれど、手はゴーストの体をすり抜け、触れることができない。
ゴーストはホワイト・ウルフにも迫り、そして彼らをかく乱した。周囲を動き回り、注意を引くように、ホワイト・ウルフをほんろうする。
「……っ、今だ!!」
窮地の中でも、ルクスさんは冷静だった。二人に視線を送ると、三人で連携して、ホワイト・ウルフを切り伏せていく。そして数分と経たず、ホワイト・ウルフたちは全員、倒れて動かなくなった。
四人がかりで魔術師を拘束していると、いつの間にかゴーストは姿を消していた。三人もそれに気付いて、不思議そうな顔をする。
結局、あれは何だったのか。魔方陣が魔物を怒らせたのだろうか。それとも――
そんなふうに考えていると、ルクスさんが魔術師の尋問を始めた。
「……答えてもらおうか。誰の指示で、何をしていたのかを」
黙りこくる魔術師に、エリィさんが冷たくナイフの切っ先を向ける。
「っ……王国の、王家の指示だ。大量に人を移動できるような、転移魔法を完成させよ、と……」
「……嘘を言うな」
「ほ、本当だっ……! 少なくとも私には、王家が使用する書簡で、そのような指示があった……」
「……その書簡が偽物とは、思わなかったのか?」
「王の代理で、近衛大隊長のサインがあった……。だから、極秘の指示として、ここで研究を……」
「……ふぃ、フィーネスでも、同じような研究を」
別の魔術師が言ったその言葉に、全員が目を見張った。
「そうか……あれにも、お前たちが関与を」
「ん? どういうことだ……? フィーネスでの研究を、お前たちは知っているのか?」
「あそこにいた魔術師は死んだよ。屍術が暴走して……」
アドレーさんの言葉を聞いて、魔術師たちがうろたえる。どうやら、彼はあそこがどうなったのか、まったく知らないようだった。
「一体、何がどうなっている……」
ルクスさんのつぶやきが何を指しているのか、私には最後まで分からなかった。
◇ ◇ ◇
魔術師たちを連れて鉱山を出ると、東の果てに太陽が昇り始めていた。ウェスペルへ到着したのが夕方だったから、半日くらいあの地下で過ごしていたらしい。そう思うと、急に眠気に襲われ、あくびが出てしまう。
「……分かりました。この件は、しばらく内密に」
「誰が犯人か、犯人の手先がどこにいるのかも分からない。事実を知っている人物は、少ないほうがいい」
「はい。……では私は彼らを連れて、王都へ向かいます。使いへの連絡は頼みます」
「ああ」
アドレーさんと魔術師たちを残して、私たちはウェスペルへと戻った。ルクスさんはウェスペルで仲間を呼び寄せ、アドレーさんの元へと向かわせた。私たちはその後、馬車へ乗り、フィーネスへの旅路につく。
馬車から遠ざかっていくゲンマ鉱山を眺めていると、不意に視線を感じた。坑夫の霊が一人、また一人、街道の上に現れると、穏やかなまなざしで、こちらへ向けて手を振っていた。私は二人に気付かれないよう、そっと手を振り返した。
『ありがとう……これで、静かに眠りにつける』
そんな声が、すっと風に乗って届いた。
◇ ◇ ◇
ルクスはエリィに馬車を任せると、長く息を吐いた。危ない場面は何度もあったが、何とか切り抜けることができた。緊張の糸がほどけ、少し落ち着くことができそうだった。
ルクスが荷台に戻り、アニーを見ると、彼女も疲れたのか、小さく寝息を立てていた。その姿に、ルクスは幼き日々で会った少女の面影を重ねていた。思いがけず彼女に手が伸び、その柔らかな髪をそっと撫でた。
(……君は本当に、記憶喪失なのか?)
聞けない疑問が、ルクスの胸の内でこだました。
◇ ◇ ◇
翌日の早朝、私たちはフィーネスへと戻った。ルクスさんにお店まで送ってもらうと、その数日間のことをリタにものすごくからかわれた。私はなんとか質問攻めから逃げおおせると、店の奥で開店の準備を手伝っていく。
お店の前には、開店を待つ人が並び始めていた。私はその中に見知った人物――邪悪に笑うフラウの姿があることに、まったく気が付かなかった。
コメント
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あかんでこれ……そりゃアウレリアさん、立場上、捕縛命令を出したけど、リティアさんを確実に消そうとするわ。 前のもだけど、今回のやつらもあっさり口を割ったし「近衛大隊長指示」って言うてる点や、フィーネスの件を自分から言い出したあたり、いわゆる汚れ仕事一辺倒の非正規任務ではなさそう。 だけど目撃者を容赦なく消そうとしたり、フィーネスで何の実験をしてたのか、や、その進捗は知らされてなかったりしてるので、秘匿性のある任務って認識かな。 近衛の大隊長となれば、指揮権は基本、王だろうけど、今は第一王子が代行してる可能性が高い。 たしか「近衛は解体」とか前にルクスの過去話であったけど、ありゃあくまで「ルシウスの近衛」っぽいから、ほかの王族、というか、都合の良い王族の近衛は残してんのかもしれない。 そんな助言するなら、第一王子の信用を得ていないと難しいでしょうなぁ……仲良さそうでしたね、アウレリアさん。 んで勝手な想像だけど、転移魔術は、わざわざ坑道の奥で実験してたあたり、質量とか距離が陣の大きさに比例するって以外にも、一度行った場所や会った人のところ、とか別の制限もありそう。 でも宰相(の息子だけど地位とか継ぎそう)の奥方だったら、他国からの貴賓対応や、他国へ赴くこともあるわけで。 元々「スケルトン系を直接送り込む」か「魔術師送り込んでスケルトン召喚」かわからんけど「暗殺」は計画の一部にあったようだし、どうもフィーネス事件から見て、スケルトンくらいでも呼び出すのは苦労しそうな雰囲気。 となると、アウレリア的にリティアさんのギフトは大変ご都合がよろしかったでしょうねぇ。 「禁忌の魔女」は死者使役の魔術師の異名っぽいから、なんか前例があった可能性が高い。 そんな国が死霊系魔術で暗殺をするか、という意味で隠れ蓑にもなる上、ギフトだから魔術で無理なレベルのことも出来そう。 しかも今回の坑夫の言い回し的に「声を聞く方」はともかく、リティアのギフトはあくまで彼女自身の願いじゃないと発動しないっぽいから、敵対した以上は確実に「いなくなってもらわない」と困る。能力規模によっちゃ、計画をひっくり返される天敵だもの。 早いところルクスに腹を割れたら状況も好転しそうだけど、リティアからは難しい。 ルクスはアニーの正体に気付いているし、彼のギフトなら真偽の判定は容易なのに「ギフト使うと信頼を失う」って躊躇ってるのは、仕事に関係なく、個人的感情だよなぁ。 エリィもまだ情報を伝えてないのか、それとも集めた情報が少なくて正誤判断できなかったのか、どうだろう。 坑道で待ち合わせた以上、二人に話は通ってるはずだけど、はてさて。 んでもって……フラウさんに見つかったー! しかもパン屋で。 事情を隠しているとはいえ、助けてくれて家族みたいに接してくれた人のいる、リティアの今の家とも言えるパン屋で。 坑道事件から一息つく間もなく、大きな波乱がありそう……! フラウさん……アニーの店はパンを自分で切らなくてもいいので、そのナイフはしまっておいて下さい……。

めっちゃ楽しみ、はよ書籍化して