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同じ頃。アドレーは王都アウクトリスへ向かう道中にあった。仲間と共に魔術師たちを移送する馬車は、街道を順調に進んでいく。
その旅程が夜にさしかかったとき、アドレーは周囲に妙な気配を感じ取った。仲間に警戒の指示を出すが、それが行き渡る前に、周囲を王国軍兵士が取り囲んでしまう。
「抵抗はするな。お前たちには捕縛命令が出ている。馬車を降りて、降伏しろ」
アドレーはぐるりと兵士たちを観察し、こんなことを言う。
「……お前たち、本当に王国軍か?」
「そうだとも。王国の権勢を守護する、正真正銘の王国軍こそ、我々だ……」
隊長らしき男がふっと笑い、そう慇懃に言い放つ。
その口ぶりを聞いて、アドレーは不安を強くした。
(偽物の軍人……という感じではない。ということは、王国軍の中にすら、この異常事態に加担する勢力がいる、ってことか……)
アドレー以外にも、この場には戦いに心得のある者たちがいる。しかし相手が本物の軍人となると、それをもってしても抵抗は難しい。アドレーが仲間に視線を送ると、同じ考えだと仲間も目線で語った。
だが、仮にそうだったとしても、ここで味方全員が拘束されるのは、避けなければならなかった。仲間の一人が、素早く軍人に斬りかかる。他もそれに続いた。馬車の周囲で戦闘が始まり、アドレーも即座にそれへ参戦する。仲間と斬り合う軍人をアドレーが蹴飛ばすと、声がかかった。
「アドレーさま!! 今です!」
言わんとしていることはすぐに分かった。アドレーは戦いの輪から外へ飛び出し、そして元来た道を駆け抜けていく。
「ちっ! 追え!! 逃すなっ!」
数人軍人が、アドレーの後を追う。アドレーは、追いつけるわけねぇだろ!と胸の内で悪態をつきながら、夜の街道を疾った。
◇ ◇ ◇
アニーを送り届けたルクスは、宿屋に戻っていた。そこで一足先に戻っていたエリィと合流する。
「……さっそくですが、ルクスさま。ご報告があります」
「今ここで、ということは……アニーのことか」
「はい」
そうでなければ、あの坑道で話せていたはずだ、とルクスは思う。エリィの仕事は賞賛に値した。エリィはアニー――リティアの生涯と、あの日彼女に起こったことを、ルクスへ簡潔に報告する。その中で、ルクスはある男に対して、不信感を強くしていた。
「アウレリア……セルウス殿ではなく、その息子である彼こそが、おそらく全ての元凶。あらゆる出来事の裏で、糸を引いていた存在だろう。……まだ政治に深く関与できるような立場でないから、俺も油断していた」
「……仮にそうだとしても、妙な点があります。彼を起点として、数々の政策の提案はできるでしょう。でも、役人が素直にそれを受け入れるでしょうか? ……宰相から、金銭的な見返りがあるとでも?」
「可能性としてはそうだが……おそらくないだろう。セルウス殿が推し進めた政策は、どれも間違っていたり、ましてや誰かの利益を生むようなものではない。だから、誰もが違和感なく、それを今まで、推し進めることができていた……」
「したたかですね……」
「恐ろしほどにな。……俺たちのように、疑う目を持って調べなければ、誰もその関連性に気付けないだろう」
自分でそこまで言って、ルクスは一つの違和感に気付いた。ルクスは集めた資料を並べ替えると、机の上に広げてみせる。
「見てくれ。……ここだ。この前後で、セルウス殿の政策が明確に変化している」
「……そこまでは、王の意志を継いだような政策が中心ですが。そこからは国のためとはいえ、かつての王のものとは、まるで方向性が異なりますね……。でも、何故でしょう?」
「そう、だな……」
ルクスは深く考え、言葉を選びつつ返答した。
「これは仮説でしかないが……『他者の意思に影響する』魔術や、もしかしたらそういった能力の持ち主が、この件に関与しているとしたら、どうだろう?」
「なるほど……この部分で、その人物の計画が動き出した、と」
「それがアウレリアである可能性も、十分にある……」
ルクスは変化後の政策を、すーっと指でなぞった。
「……彼の政策は、矛先を変えれば、その全てが戦争へと転用できる。王国外縁部の都市を拡張し、戦時運用の体制を整え、治安維持を名目に軍事力を増強。移民により国民の感情を煽り、そして最適なタイミングで他国へ宣戦布告する……」
「あっ……ウェスペルへの駐留も、それが目的では? フィーネスを越えれば、すぐに国境です」
「おそらくな。……だが、それでもまだ一つ問題がある。王国軍は今、かつてないほどその規模を大きくしている。だがそれでも、近隣国と優位に戦えるほどの戦力はない。開戦時、それをどうする……?」
エリィは考え込み、黙りこくった。すぐにはっとした表情を見せると、自分の集めてきた資料を見漁る。
「……ルクスさま、これも仮説ですが」
ルクスは目線でその先を促した。
「それにリティアが絡んでいる……と考えるのは、思考が飛躍しているでしょうか? アウレリアがあそこまで固執する以上、リティアには何らかの利用価値があるとみて、間違いありません。魔術の素養はないようですし、とすれば……彼女には何か、特殊な能力があり、それによって、他国との戦力差を埋めようとしているのでは……?」
確かに、エリィの話しは少し飛躍しすぎているようにも聞こえる。だが今ある情報のパズルを綺麗にはめようとすると、そうするのが自然なようにもルクスは感じていた。確証はないが、エリィの言うように考えれば、今ある事象全てに、いちおう筋は通る。
「……何にせよ、リティアがアウレリアの計画に、まだ関与する可能性は十分にある。これまでどおり、彼女の護衛を頼む」
「承知いたしました」
エリィが丁寧にお辞儀をし、部屋を出ていく。一人になったルクスは、そこで資料を片付けつつ、地下と鉱山の件について、思考をめぐらせていた。
(地下ではスケルトンがおかしな動きをし、坑道ではゴーストが俺たちに味方した……。だがアニー――リティアに魔術の素養はない。ということは――)
「――屍術に似た能力《ギフト》が、彼女に……?」
その考えを否定する材料は、今のところない。この結論が正しいと仮定すると、その力をアウレリアが欲しがっていることにも、ルクスは合点がいった。リティアを介して屍術を制御できるなら、不死の軍団を指揮できるのと同じだ。
「であれば、墓地の件は彼女の保険ということか……。だが、それなら鉱山の件は、何のためだ……?」
ルクスはそれについて考えたかったが、頭はすぐにエリィの報告のことを考えてしまった。エリィの報告には、リティアの幼い日々のことも含まれていた。彼女の生い立ち、いた場所について知ったルクスは、自分の想像が間違っていなかったと確信する。
(やはり、リティアはあの子だった……いつかまた会いたいと、ずっと願っていたあの子……)
まさかこんな形で再会しているとは、ルクスは夢にも思っていなかった。
しかし今は、そんなことについて考えている余裕はない、とルクスは自分自身へ、静かに言い聞かせる。
全てを解決できたそのときには、彼女にありがとうと伝えよう――と、ルクスは一人、心に誓うのだった。
◇ ◇ ◇
「くそっ! あの女……やはりまだ生きていたかぁ!!」
フラウからの手紙を受け取ったアウレリアは、思わず飾ってあった花瓶を手に取り、床に投げつける。花瓶は粉々に砕け、破片がアウレリアの頬をかすめたが、彼はまったく気に止めない。
「あれで大人しく、死んでいればいいものを……!! だが、待てよっ! ……そうだ、生きているなら、まだ……まだ使えるじゃないか! ははっ! そうだ……また利用してやればいい」
言いながら部屋の中を暴れ回り、そうかと思えば急に冷静になるその姿は、普段の彼を知る者からすれば、動揺するほかないような代物だった。
「オーディア」
アウレリアが名前を呼ぶ。呼ばれた女性は、すっと部屋の暗闇から抜け出すように、姿を現した。丁寧な仕草と綺麗にまとめられた黒髪が目を惹く。
「はい、アウレリアさま」
「リティアをここに連れてこい。今すぐに」
「承知いたしました」
◇ ◇ ◇
「……あっ、やばい! 配達、一件忘れてた!!」
夕方になって、リタが突然、そんなことを言い出した。もう遅いかもしれないけれど、届けないわけにも行かない。
「私が行ってくるよ。どこに届けるの?」
場所を聞いた私は届ける予定のパンを用意して、お店を出た。お店を出て右に行こうとしたところで、足下からみゃあと可愛い鳴き声が聞こえる。赤い鈴のあの子が、店の前で丸くなっていた。
「あら、こんにちは。でもごめんね、今から配達なの」
そう言って手を振り、私は猫に背を向ける。しばらく歩くと、鈴の音が近くで聞こえた。すっと下を見ると、あの子が私の隣を歩いている。このまま、ついてくる気だろうか……?
「……じゃあ、一緒に配達しよっか?」
そんなふうに猫へ語りかけると、その子は返事をするように、にゃっと小さく鳴いた。
何事もなく配達を終え、私はお店に戻る。もう日は沈んで、路地には明かりが灯っていた。まだ赤い鈴の三毛猫が、足下にいる。お店に戻ったら、パンでもあげようか――そんなふうに考えていた私に、不意に声がかかる。
「――お久しぶりです、リティアさま」
その声を聞いた瞬間、足が止まる。恐怖と驚がくで、私は途端に動けなくなる。ゆっくりと声の下方向を見ると、そこには私の想像どおり――フラウが立っていた。
フラウは静かに微笑んでいた。あの日の行動が嘘のように。
「はぁ……本当に良かったです、リティアさま。生きていてくれて……。だって――そうじゃないと、この手で殺せないじゃないですかぁ!!」
フラウは一瞬で見たこともない邪悪な表情に変わると、手を振り上げ、私に襲いかかってくる。握られたナイフの切っ先が街灯に照らされ、鋭く光った。
動けない私は当然それを避けることもできなくて、その場で目を閉じる。直後に、ガキンッと金属同士の衝突音が聞こえた。
ゆっくり目を開くと、そこにはフラウの一撃を受け止める、エリィさんの姿があった。
「エリィさん、どうして……?」
「ルクスさまの指示で、あなたのこと見守ってたの!」
エリィさんの首元で、赤い鈴が小さく揺れた。エリィさんは、冷静にフラウのナイフをはじき返す。そして一瞬で距離を詰めると、フラウの腹部に拳を一撃、背後に回り込んで、首にもう一撃加えた。フラウは苦しそうな声を上げながら、その場に倒れ込む。
もう大丈夫と手を振るエリィさんを見て、私はその場にへたり込んだ。
その後、エリィさんは慣れた様子でフラウを縛り上げた。すぐに意識を取り戻したフラウが、大声でわめき散らす。
「リティア、お前っ!! やっぱり最初会ったときに、殺しておくべきだった! お前が来なければ、私がアウレリアさまと幸せになっていたのにぃ……!! お前さえ、お前さえいなければっ!!」
「はいはい、静かにね。それとも、また気絶したい?」
エリィさんが牽制するように、拳を握る。それを見ても、フラウはひるまなかった。エリィさんは呆れながら、また拳をフラウの腹部にたたき込む。すぐに路地は静かになった。
私はさっき見た光景を思い出し、あることに気付いた。
「もしかして……あの猫ちゃんが、あなた……?」
「大正解っ♪ よく分かったね。……あっ、もしかして、これで分かっちゃった?」
エリィさんが、指で鈴を鳴らす。私はそれを見てうなずく。動物への変身魔術の存在は知っていたけれど、本物を見るのは初めてだった。
「そうだったんですね。……今までありがとうございました」
「アニーこそ、ご飯くれてありがとね。お店のパン、どれもすっごく美味しかったよ!」
明るく笑うエリィさんを見ていると、直前までの恐怖があっという間に薄れていく。
「私は彼女を連れてくけど、この先は大丈夫? 一人でお店まで帰れそう?」
「はい。たぶん平気です。明るい道で帰るようにします」
「うん! じゃあ、気を付けてね」
エリィさんは軽々とフラウを肩に担ぐと、軽やかに地面を蹴って、さっと屋根の上に消えていった。
◇ ◇ ◇
夜、私はベッドに入ったけど、フラウのことばかり考えてしまっていた。フラウがあんなふうに思っていたなんて、全然知らなかった。それに、フラウが私のことを知っていると言うことは……もしかしたら、もうアウレリアさまも私のことを知っているのかも。朝、捕縛のために軍人さんがここまでやってきていたら、どうしよう……。
そんな不安に襲われるけど、でもすぐに私の頭の中には、別のことが思い浮かんでいた。ルクスさんにアドレーさん、エリィさん、リタにミリー、おじさんにおばさん。お得意のおじさんにおばあちゃん、一家でひいきにしてくれてる、二軒隣のラチェットさん。他にも、本当にたくさんいる。みんな……みんな今の私のことを、信じてくれている人たちだ。その人たちのことを思えば、不安はすっと消えていった。みんなが、みんながいてくれるから……きっと大丈夫。
不意に人の気配を感じて、すぐに部屋のドアが開いた。ミリーがたまに眠れないと、夜中に部屋を訪ねてくることがあった。今日も多分それかなと思って寝返りを打つと、部屋の入り口に見たこともない人が立っている。
悲鳴を上げそうになるけれど、すぐにそれを飲み込んだ。その人の隣に、フラウがいたからだ。黒髪を綺麗にまとめたその人は、フラウと一緒に部屋へ入り、ドアを閉める。
「……リティアさま。アウレリアさまがお待ちです。一緒においでください」
色々な疑問が、頭の中に湧いた。そもそも私は今殺されると思っていたのに、一緒に来いって……一体どういうこと?
私の沈黙を拒否と受け取ったのか、その人は再度、私に告げる。
「隣の部屋にいるご友人や、そのご家族を助けたいのなら……一緒に王都へ、お越しくださいませ」
静かだけど、反論を許さない強い口調だった。私は頷いて、素直に言葉に従った。
でも……フラウがここにいるということは、エリィさんはどうなったのだろうか。ルクスさんは……? 二人のことを何度も頭の中で考えながら、私は部屋を出ていった。
コメント
7件
エリィがあの三毛猫だったんだ!この世界観?の能力って本当に面白いな 色んなこともできるし フラウを倒して安全だと思ったら黒髪の人が来た…連れちゃうだね ルクス助けに来るのかな 続きが楽しみ!
エリィちゃんが調査能力凄いし猫に変身できるとか有能すぎる!! しかし、フラウが自由になってたりと何があったのか気になる… 新キャラはヤバい能力持ちなのかな? 次回も楽しみにしてます!!