「二人でキャンプもいいね。揺らめく火を見ながら手作りの料理を食べて、星空を見ながら温かいココアを飲む。……翌朝はスキレットでフレンチトーストを作ろうか。スープも作って、ベーコンとソーセージを焼いて、卵も焼く。あとはマキネッタを使って濃いエスプレッソを作って、ミルクを入れたらカフェラテにもできる。どう?」
「……最高」
呟いて小さく笑うと、涼さんはクシャクシャと私の頭を撫で、額に口づけてきた。
「今の君は何でもできるんだよ。もう何に縛られる必要もない。男を見て怯えなくていいし、スカートを穿くのが怖くても俺が守るから、自由にお洒落を楽しんでいいんだよ。『自分は男っぽい』なんて呪いを掛けないで、憧れている服を好きに着てごらん」
ゆっくり目を開くと、目の前に信じられない美形がいる。
そっと彼の頬を撫でると、涼さんは愛しそうに目を細めて笑った。
「恵ちゃんは今まで硬くつぼんでいた。でもそろそろ、周りを気にする事なく咲いてみていいんじゃないかな? 本当はスカートに憧れているのに、〝何か〟を気にして穿けないなんて勿体ない。……俺だって恵ちゃんのスカート姿見てみたいよ」
最後に涼さんは悪戯っぽく付け加える。
「……涼さん、スカートを穿いた女性が好きですか?」
恐る恐る聞いてみると、彼らしい答えが返ってきた。
「恵ちゃんがパンツスタイルのほうが好きなら無理強いはしない。でも両方楽しみたい気持ちがあるなら、ぜひスカート姿も見てみたいな。選択肢が多くあるなら、色々経験してみるほうが楽しいと思うんだ」
そう言われ、涼さんとデートする時にスカートを穿く自分を想像してみる。
色々気にしてしまいそうだけど、いつもみたいな男っぽい格好でいるよりは、さまになるかもしれない。
「……うん。……じゃあ、今度お店に行った時に見てみます。……何が似合うか分からないですが」
(朱里に相談しないと。……服屋の店員って苦手だから……)
最近でこそ、服屋では話しかけていいかの意思表示カードを導入した店もあるみたいだけど、基本的にあちらも接客業だから、商品を見ていると話しかけてくる事が多い。
私はコミュ障ではないつもりだけど、得意ではない分野でプロの話術に勝てるはずもなく、苦手意識を抱いたら即、店から逃げてしまう癖がある。
「じゃあ、これから来てもらう?」
「はい?」
彼の言っている事が分からず、私は目を瞬かせる。
「ちょうど俺も夏になる前に着る物が欲しかったし、一緒に見てみようか」
そう言うと、涼さんはスマホを出してどこかに電話を掛ける。
呆気にとられて見ていると、簡潔に用事を済ませた涼さんはニッコリ笑って言った。
「これから外商が来てくれるから、のんびり待ってようか」
「がい、しょう」
セレブ御用達の単語を耳にし、私はピキーンと固まってオウム返しに言う。
「……い、……いや。……私、デパートの服とか高くて買えないんで、その辺のファストファッションで充分…………デス……」
「いいから、気になった服、何でも買ってあげるよ。勿論、スカートやワンピースだけじゃなくて、パンツも靴も帽子もアウターもアクセサリーも、一通り持ってきてもらうから」
おう…………っ…………。
私は両手で顔を覆い、タラタラと冷や汗を掻く。
トラウマを打ち明けて失念していたけれど、この人は馬鹿がつくほどの金持ちだった。
ランドでも色んな物を『買ってあげようか?』と言っていたし、結局指輪ももらってしまったし……。
「あ、……あの、……返せる宛てがありません……」
お金がないと言うのは恥ずかしいけれど、買ってしまう前にちゃんと言わなくては。
「なに言ってるの。俺が恵ちゃんにお金を請求するわけがないでしょ。そんなせこい事しないよ」
涼さんはパチクリと目を瞬かせて言ったあと、「そうだ」と言って立ちあがった。
「少し待ってて」
彼はそう言ってリビングから出て、どこかに行ってしまう。
「はぁ……」
溜め息をついた私は、いつまでも寝転がっているのもなんだと思い、フカフカのクッションに背中を預けて脚を伸ばす。
ディープソファは、座る角度のまま横になれるほど座面の幅があり、ハッキリ言ってキングサイズのベッドみたいだ。
(このリビングだけで生活できそう)
座った感じの弾力も程よく、布団を掛けたらそのまま快適に眠れそうだ。
(……涼さんと一緒に住む……、か)
誰だってセレブみたいな生活をしたいって思うだろう。
私も希望が叶うなら、今の賃貸マンションより広くてグレードの高い所に住んでみたい。
(でも、本気なのかな)
いまだに涼さんと付き合っている実感がなく、今後彼とどんな交際を続けるのか、想像できていない。
と、涼さんが「お待たせ」とA4の紙を手に戻ってきた。
コメント
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キャンプ🏕…最高❤ このセリフに今までの金持ち女達と全く違う恵ちゃんを再確認したよね︎︎👍😁