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どうやら俺は恋人を甘やかしたくなるタイプらしい。


彼女とお試し交際を始めてからそのことに気付いた。


今まで遊び相手の女の子を口説く時には、意図的に優しくするようにしていたが、彼女には自然と心から優しくしてあげたいと思う。


どろどろに甘やかして、いっそ俺がいないとダメな状態になればいい。


そんな危ない思想がたまにチラつくくらいだ。



彼女とのお試し交際はもうすぐ1ヶ月になる。


基本的に毎週末外に出かけている。


行く場所は、ムーディーな感じの場所ではなく、あえて気兼ねなく楽しめるような場を選んだ。


それは彼女が身構えてしまわないようにするためだ。


あと、お試しだから極力彼女に触らないようにも意識している。


頭を撫でるのが唯一のスキンシップだ。


本当はもっと彼女に触れたい。


抱きしめたいし、キスしたいし、体を重ねたい。


ただ、彼女のお兄さんへの想いを俺は知ってるわけで、それを承知でお試し交際したいと言った身だ。


それに、知らなかったとはいえ、大切にすることもなく簡単に彼女の数々の初めてを奪ってしまった前科もある。


たぶん彼女には女遊びに慣れてるとか、簡単に手を出すとか思われてるだろうし、せめて少しでも誠意を見せようと思ったのだ。



……まぁ、いつも彼女が可愛すぎるから、理性がグラグラ揺れて本能に負けそうになるけど。



この前のボウリングの後のカフェもヤバかった。


彼女が落ち込んでいたから、本音を述べつつ慰めるように声をかけたら、最後には潤んだ目で上目遣いに見つめながら微笑まれた。


狙ってやってないところがホントにズルイ。


思わずそのまま口を塞ぎたくなったし、押し倒したくなったけど、場所はカフェだ。


グッと堪えて笑うことしかできなかった。


それに先週の映画館では、空調が効きすぎていて、彼女が寒そうだったからジャケットを貸したら「瀬戸さんの体温が残っててあったかいです。何か安心します」とサラッと言われた。


つまり、それは俺に抱きしめられると安心するという意味では?と思ったが、彼女はそこまで深く考えていなさそうだった。


そんなこと言われたら、ジャケットじゃなく、俺が抱きしめてあげたくなるのは自然な衝動だと思う。


今のところまだ理性が勝ってはいるものの、いつ負けてもおかしくない気がする。



そんな理性と本能の間で揺れ動く日々を送っていたある日、取引先との会食に彼女にも同行してもらうことになった。


「会食に同行してもらうなんてめったにないんだけど、ごめんね?」


「いえ、仕事ですから。先日の大塚フードウェイのレセプションでお会いした方ですよね?」


「そうそう。あの時にご挨拶したのが縁になって今度食事でも……って話になったんだけど、秘書の方もぜひご一緒にって」


「確かその社長さん、私と地元が同じだったのでローカルな話題の会話をさせて頂いた記憶があります」


「たぶんそれで先方も詩織ちゃんのことを覚えてて一緒にって言ってきたんだと思うよ」



話しながらオフィスを出て、車寄せからタクシーに乗り込む。


会食場所である銀座の料亭の名前を告げた。


タクシーの座席に身を沈め、ふぅと息を吐く。


ギリギリまで仕事に追われていたからバタバタだった。



「お疲れですか?」


「今日は打合せ続きだったからね。なかなかフル回転して脳を使った感じがするよ」



苦笑いしながらそう漏らすと、彼女は「ちょっと待ってください」と言いながら小さな包み紙を鞄から取り出した。


なにか食べ物のようだ。



「これ、チョコレートなんですけど、一粒どうですか?癒されますよ」


「じゃあ貰おうかな。ありがとう」



差し出されたチョコレートを一包みもらう。


口の中に入れた途端に、甘さが口いっぱいに広がった。


甘いものは嫌いではないから、確かにちょっと疲労が癒える感じがする。


それに彼女が俺を気遣ってくれたということ自体が単純に嬉しかった。


……詩織ちゃんを抱きしめたら、もっと簡単に癒されてエネルギーチャージできるんだけどなぁ。



チラリと横に座る彼女に視線を向ければ、その柔らかそうな肢体が目に入る。


触りたい欲求を抑え込みながら、気を紛らわすために「もう一個ちょうだい?」と声をかけ、彼女から追加でチョコレートをもらった。



六本木から銀座まではタクシーで約15分くらいだ。


彼女とたわいもないやり取りをしている間に、料亭の前に到着した。


カードで精算し、タクシーから降りる。


急いで来たおかげで、約束の時間までにはまだ30分近くあった。


「お店に入る前にちょっと近くのコンビニに寄っていい?」


「何か忘れ物ですか?」


「なんとなく今日酔いそうな気がするから、二日酔い対策ドリンクを事前に飲んでおこうかと思って」


「そうなんですね。分かりました」



幸いにもコンビニは歩いてすぐのところにあった。


肝臓のイラストが目を引くドリンクを購入し、コンビニの前で一気に飲み干す。


お酒は弱い方ではないが、疲れを感じている時は酔いやすい自覚があるから俺なりの対策だった。



「自分がお酒飲めないので、そういった二日酔い対策をするなんて意識が回りませんでした。気が利かなくてすみません。今度から会食の時は買っておくようにしますね」



ドリンクを飲む俺を見て、彼女は申し訳なさそな顔をして隣に佇む。


決して彼女の気が利かないわけではない。


なんでも自分を責めがちなのは彼女らしいというか、なんというかだ。



「全然気にしなくていいよ。毎回飲んでるわけでもないし、今日はたまたまだから。まぁ、健一郎がいる飲み会がある時は買っておいてほしいかな?」


ちょっと冗談めかしてそう言うと、彼女は口を隠して可笑しそうにクスクス笑い出した。


ふにゃりと笑う彼女の顔を見ているだけで、さっきのチョコレートより癒される。


最近の彼女は以前に比べると格段に笑顔が増えた。


人と距離を取りたいと主張するような強張った雰囲気もずいぶん角が取れて柔らかくなったように思う。


……少しは俺に心を開いてくれてるんだろうし、距離は縮まったと思ってもいいんじゃないか?



そう俺が心の中で自己評価を下していたまさにその時だった。



「詩織?」



近くから彼女の名前を呼ぶ男の声が耳に飛び込んできた。


名前を呼びかけられた彼女はピクリと体を揺らし、声の方に目を向ける。


その視線の先の人物を認めると、一瞬息を呑んでピタリと動きを止めた。


俺も同じようにそちらに視線を送る。


そこには優しげな雰囲気を纏った整った顔立ちの男性の姿があった。



「…………お兄ちゃん」



彼女のささやくような小さな呟きで、その相手が誰だかを知る。



……これが例の詩織ちゃんのお兄さんであり、想い人か……。




「やっぱり詩織だった。こんなところで偶然会うなんてビックリだね」


「……ホントにね。お兄ちゃんの職場って銀座だったっけ?」


「ううん、違うよ。今日はたまたま出先が銀座だっただけ。詩織はなんでここに?」


「あ、私は仕事で……」



そう言って彼女はこちらをチラリと見上げた。


どうしようかと逡巡している表情だ。



「はじめまして。お兄さんですか?小日向さんが働く会社で社長を務めております瀬戸と申します」



俺は自ら名乗り、彼女のお兄さんに挨拶をした。


初対面の人との挨拶には職業柄慣れている。


いつも通りのトーンを心がけ、明るい笑顔を浮かべる。



「あぁ、あなたが!健からも聞いてます。詩織がいつもお世話になっています。詩織の兄の小日向悠と申します」



彼は目尻を下げニッコリと人の良さそうな笑みを俺に向ける。


温厚そうな穏やかな人柄が伺えた。



「異業種に転職したんで心配してたんですが、詩織は大丈夫ですか?瀬戸さんにご迷惑おかけしていないですか?」


「ええ、大丈夫ですよ。細やかな仕事ぶりでいつも助かってます」


「そうですか!それなら良かった。……その、職場での人間関係とかも問題ないですか?詩織は馴染めてますか?」



お兄さんからは彼女を心配するがゆえの問いかけが続く。


まるで三者面談の時の親のようだ。



「ちょっと、お兄ちゃん……!」



自分の頭越しに、自分のことを兄と上司が話す状況に居心地の悪さを感じたのか、彼女は彼のスーツの袖を少し引いて抗議をした。


目を細めて睨んでいる。


でもその瞳にはどこか甘えるような色が見え隠れする。



「健からは話聞いてるけど、せっかく詩織の上司にお会いできたんだから、色々聞いてみたいよ。ダメ?詩織のこと心配だし」


「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。もう子供じゃないんだから」



目の前で交わされる2人の会話からは、仲の良さが一目瞭然だ。


何も知らなければ「仲の良い兄妹だなぁ」ときっと微笑ましく感じたことだろう。


でも俺は知っている。


彼女が抱えている兄への想いを。



……今、詩織ちゃんはどんな想いでいるんだろう?



2人を眺めながら俺は観察するように彼女を見る。


甘えるような瞳を向けながら親しげなやり取りをするその姿は、俺が見たことのないものだ。


たとえ彼女との距離が縮まっていたとしても、彼女の瞳には俺が映っていない。


それを如実に感じた。


心がギジリと軋む音がする。



……好きな人が自分を見ていないってこんなにツライことなんだな……。



ある意味、初めて心から彼女に共感した。


兄が好きで、でも兄が自分を見ることはないと涙する彼女の想いが痛いほど分かった。



「小日向さん、会食の時間も迫ってきたしそろそろ行こうか?」



これ以上、なんとなく2人を見ていたくなくて、俺は腕時計を指差す。


ハッとした彼女も同じように腕時計を確認し、すぐさま頷いた。



「引き止めてしまい失礼しました。瀬戸さんにお会いできて良かったです。今後とも詩織をよろしくお願いします」



彼女のお兄さんは穏やかな笑顔とともに礼儀正しく俺に一礼し、そのままコンビニの中へと消えて行く。


あとに残された俺たちは、その足でさっきタクシーを降りた料亭に向かい、会食に出席した。



会食中、いつも通り笑顔で会話に興じながら、頭の中は先程見た2人の姿がこびりついて、不本意ながら心ここに在らずな状態だった。


会食を終えて家に着いた時には、肉体的にも精神的にもひどく疲れていてぐったりだ。


今日は酔いそうだと感じていたのは、この予兆だったのだろうか。



Turururu……Trurururu……



ソファーに深く身を沈め、溢れ出すため息に抗えないでいる中、テーブルに置いたスマホが鳴り出した。


着信元を見て、さらに深いため息が漏れる。


母からだった。



正直、今この状態でとてもじゃないけど話す気分じゃない。


一旦無視して放置したら、一度切れた着信音はまたすぐ再び鳴り出した。


それが三度繰り返された時、無視する方が面倒に感じ、俺は渋々スマホに手を伸ばした。


「……もしもし?」


「あーーちぃちゃん!やっと出たぁ!」



第一声から甲高い声が鼓膜を震わせる。


甘ったるい声には酔っ払い特有の舌ったらずさが加わっている。


自分の母の声なのに、思わず俺は無意識に顔を顰めていた。



「なに、なんかあったの?」


「うふふ。あのね、なんとわたし、ちぃちゃんくらいの歳のカレに告白されちゃったぁ~!」


「……あぁそう」


「なぁに、その反応。もっと興味持ってよぉ~!カレはね、36歳って言ってたから、ちぃちゃんよりちょっと上だけど、私より15歳年下なのよぉ?私のこと2、3コ上だと思ってたんだって」


「……へぇ、そうなんだ」


「熱烈にアプローチされちゃって、正直困っちゃってるの。わたしはカレがいるって言ったのに、俺が幸せにするって言うのぉ。どぉーしよう?ねぇ、ちぃちゃんはどう思う~?」



どうでもいい。


そう言い捨てなかっただけ、俺は大人だと思う。


あいもかわらず、男関係の話に辟易《へきえき》した。



母はきっとその年下の男に惹かれてて乗り換えたいんだろう。


そしてそれを俺に同意や共感をして肯定して欲しいということは分かっている。


だけどこの時俺は疲れていて、とてもじゃないが母に合わせることができなかった。



「あのさ、そーいうのやめて、母さんもそろそろ落ち着けば?男コロコロ変えすぎだと思う」



思わず本音をポロリと漏らしてしまった。


電話口からは母が息を呑むような音が聞こえる。


「えっ、ちぃちゃん?いきなりどぉしたの?いつものちぃちゃんじゃなぁーい!」


「そう?」


「そうよぉ~。それにちぃちゃんこそ、人のこと言えないでしょぉ?ちぃちゃんは言わないけど、それくらいわたしだって分かってるんだからねぇ?」



お前こそ女を取っ替え引っ替えしてるだろと言い返されて、言葉に詰まる。


今はそうじゃないけど、少し前までは確かに俺は母と似たようなもんだった。


だから反論するだけのものを持ち合わせていなかった。



「……まぁ、母さんの好きにしたら?悪いけど、疲れてるからもう切るよ。じゃあね」


「ちょ、ちぃちゃん……!?」



母と議論する気力も体力もなく、すげなく電話を切る。


さっき以上にどっと疲れを感じた。


体が鉛のように重い。



……母の言うことは一理ある。俺も母と同種の人間だよなぁ。やっぱ俺なんかが詩織ちゃんみたいな子に好きになってほしいと願うのは贅沢なのかな……。



普段は割とプラス思考の方なのに、この日の思考はマイナスな方向へ流れていく。


彼女とお兄さんの姿が脳裏をよぎり、マイナス思考にさらに拍車がかかった。


その日、疲れ果てていた俺はそのままソファーでぐったり眠ってしまい、翌日風邪をひいて会社を休むことになってしまった。

涙溢れて、恋開く。

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