テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
凄
教会の窓からきらきらとした太陽の光が注ぎ込む。はめ込まれたステンドグラスはとても美しく、この教会がそれほどまでに高貴な場所なのだと伝えてくるようだ。
そんな教会で子爵令嬢マーガレット・アストラガルスは本日結婚式を挙げることになっている。
相手はこのメラーズ王国の筆頭公爵家の当主クローヴィス・オルブルヒ。誰もが憧れる美貌と権力、財力を持つまさに完璧に近しい男性だ。
しかし、そんな彼にはとある『噂』がある。それゆえに、二十八歳になった今でも結婚せずに独身生活を謳歌しているという話だ。
(……よし、やらなくちゃね)
控室で自分の頬を軽くパンっとたたいて、マーガレットは気合を入れる。
数ヵ月前。父に縋るように「いい男を捕まえてきてくれ!」と言われたときはどうなるかと思ったものだ。だが、ふたを開けてみれば極上の男性を捕まえることが出来た。……いや、逆なのか。捕まったのはマーガレットであり、捕まえたのがクローヴィスだ。
アストラガルス子爵家の財力では到底買うこともレンタルすることもできない高価なウェディングドレスに身を包み、マーガレットは様々なことを考える。ヴェールに隠れたその緑色の目は、様々なことを思案している。が、早々に考えることを投げ出しマーガレットは「はぁ」と息を吐いた。
(まさか、私がかの有名な『男色家の公爵』の妻となるなんてね……)
ゆるゆると首を横に振りながら、マーガレットはそう呟く。
クローヴィスにあるとある『噂』。それは――彼が『男色家』ではないかと言う噂である。本人が認めたわけではないものの、周囲はその噂を確実なものだと思っているようだ。だからこそ、彼が結婚すると発表した際は社交界に激震が走ったほどだったりする。
そして、その相手が――まさかまさかの貧乏子爵家の令嬢なのだから、さらなる激震が走っていた。
周囲はマーガレットが色仕掛けをしたやら、クローヴィスが形だけの妻を娶ろうとしているなど様々な憶測をする。……まぁ、あながち間違いではないのかもしれないが。
「マーガレット様。クローヴィス様がいらっしゃいました」
一人で悶々と考え込んでいれば、部屋の扉がノックされシスターにそう声をかけられた。そのため、マーガレットは「どうぞ」と返事をする。そうすれば、一人の美しい男性が顔を見せた。
いつもとは違い撫でつけられた漆黒色の髪と、鋭い漆黒色の目。背丈は高く、顔にはいつも通りのにこやかな笑みが浮かべられている。
「マーガレット嬢。この度は結婚話を引き受けてくれて感謝するよ」
彼はにっこりと笑ってそう告げる。
その口調はまるでビジネス現場での取引のようなものだ。そう思ってしまうが、それもあながち間違いではないのだ。
「こちらこそ、実家への援助感謝しますわ。おかげさまで、お父様も弟も無事生活が出来ております」
立ち上がり深々と一礼をすれば、クローヴィスは「かしこまらなくてもいいよ」と優しく告げてくる。
「キミには今後とも利用価値があると思っているからね。……どうか、よろしく頼むよ」
「はい。私とて与えられたお金の分は働かせていただきます」
どちらともなく微笑み合い、そんな会話を交わす。その後、クローヴィスはゆっくりと口を開いた。
「――じゃあ、行こうか。……俺の、契約上の妻」
マーガレットの手を取り、クローヴィスは微笑む。その微笑みは――とても美しいものだった。