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白い大理石の床に、コツ、コツ、と小さなヒールの音が響く。
「……ねえ、蒼真(そうま)。紅茶がぬるいわ」
ふん、と頬をふくらませて椅子にもたれかかる少女――藍琉(あいる)は、いかにも不満そうにカップを見下ろしていた。
年はまだ十六。けれど名家のお嬢様として育てられた彼女は、誰よりも気位が高く、そして誰よりもわがままだった。
「申し訳ございません、お嬢様。すぐに淹れ直します」
藍琉の専属執事・蒼真は、まったく動じない穏やかな表情で頭を下げる。
彼は二十代前半にして執事として完璧で、屋敷の使用人たちからも絶対的な信頼を得ていた。
だが――唯一の例外が、目の前のお嬢様である。
「ほんと、あなたはダメね。お茶ひとつまともに淹れられないなんて」
「精進いたします」
「……でも」
藍琉は視線をそらし、ぼそっと続けた。
「あなたが淹れたのが一番好きだから、ちゃんとしなさいよ」
蒼真は一瞬だけ目を細めた。
「かしこまりました」
その返事に、藍琉はなぜか耳まで赤くなる。
「べ、別に褒めてるわけじゃないんだから!」
「承知しております」
「……むかつく」
しかし彼女の口元は、わずかに緩んでいた。
―――――
午後。
藍琉は庭園のベンチに座り、難しい顔でスマートフォンを見つめていた。
「……どうして返信が来ないのよ」
「ご友人ですか?」
背後から静かに声がかかる。
「ち、違うわよ!ただのクラスメイト!」
蒼真は隣に立ち、少しだけ覗き込んだ。
「……既読がついておりますね」
「そうなのよ!既読無視なのよ!!」
藍琉は悔しそうに唇を噛む。
「私が誘ってあげたのに……」
その姿は、普段の尊大なお嬢様とは違い、年相応の少女そのものだった。
蒼真は少し考え、静かに言う。
「お嬢様」
「なによ」
「お嬢様は、少々言葉が強すぎるかもしれません」
「は?」
「ですが、それは優しさを隠すためでしょう」
藍琉の瞳が揺れた。
「……別に」
「もしよろしければ、私が文章を考えましょうか」
「……え?」
「お嬢様のお気持ちが伝わるように」
藍琉はしばらく黙り込み、やがて小さく頷いた。
「……お願い」
蒼真が打ったメッセージは、とても簡単だった。
『さっきは言い方きつくてごめんね。また一緒に遊びたいな』
送信から三秒。
ピコン。
返信が来た。
『いいよ!こっちこそごめん!』
藍琉の顔がぱっと明るくなる。
「……来た」
「よかったですね」
「……蒼真」
「はい」
「……ありがと」
その言葉は、ほとんど聞こえないくらい小さかった。
けれど蒼真は、いつも通り丁寧に一礼した。
「お嬢様のお役に立てて光栄です」
夕陽の中、藍琉は少しだけ照れくさそうに笑った。
わがままで、素直じゃなくて、でも本当は誰よりも優しいお嬢様。
そして、それを誰よりも理解している執事。
二人の物語は、まだ始まったばかりだった。