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「姉さん……?」
廊下を曲がり、下駄箱がある玄関に出ると、自分の靴箱の前に冬窓床がいた。しきりにキョロキョロしていた彼女が弟の姿を認めると、起伏の乏しい顔にほわっと笑みが広がった。
「どうしたの?」
「……これ」
蚊が鳴いた方が聞こえるんじゃないか、というくらい小さな声で、姉は紙の包みを出した。
「俺に?」
こくん。頷いた顎を見て、跡永賀は中を開く。
綺麗な円のクッキーが数枚入っていた。
「家庭科の実習……」
「で作ったんだ?」
こくん。
「食べていい?」
こくん。
一枚をつまんでパキリと口にすると、ほどよい甘さが広がった。「おいしいよ、ありがとう姉さん」
「うん」
そんなに嬉しいのか、赤くはにかんだ顔を見せる。「じゃ、じゃあ気をつけてね」「うん、姉さんもがんばって」
とてとてと去っていく頼りない背中を見送って、跡永賀は靴を履き替える。姉は図書委員会に文芸部と、やはりというか、本まみれの学生生活をエンジョイしている。あの消極的な姉がここまでできるというのに、自分ときたら……
跡永賀はやってきたバスに乗りながら、そっとため息。オタクではない。しかし、だからといって、それに代わる要素を自分は持っていない。ただの病弱な高校生になるだけだ。そうなれば今の連中との縁が切れてもボッチになるだけで……
さらなる悪化だ。
ずーん。胸中に暗雲たちこめる跡永賀が座っていると、そばで長い髪が揺れた。
「隣、いいですか」
「あ。ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
一礼して隣に腰掛けた少女は、よく見ていた。同じバスに乗り合わせることが多いからだ。
「よく、一緒になりますね」それは向こうも同じようだ。
「ええ、まぁ」
もっとも、よく見ていたのは、それだけではないのだが。整った顔やなびく長い髪が、どうも印象的で、心惹かれるのだ。特に声、声が美しい。いつまでも聞いていたいくらいだ。
「こういう人が彼女だったらなぁ」
「はい?」
「え? へ……あ」
しまった、口に出ていたらしい。
「な、なんでも……というか、聞こえてました?」
「ええと、その……一応」
「ああ、そうですか……それは何というか」
「ええ……ああ、はい」
「…………」
「…………」
小刻みに振動する車内。微妙な空気が、二人の間に流れた。跡永賀はさっさと降りたい気分になったが、目的地はまだまだ先だ。それは向こうも知っている。露骨に逃げたり避けたりするのは嫌だった。
「いい、ですよ」
「?」
「彼女になっても」
「……マジですか」
「好きでもない男の人の隣に座ろうとは思いませんよ」
「……な、なるほど」
跡永賀は奇妙な納得をした。