テラーノベル
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扉が、音を立てた。
ぺいんとは振り返った。扉が少し傾いていた。押しても引いても、動かなかった。
(あ)
思考が止まった。
扉が開かない。出られない。薄暗い。狭い。
それだけのことが、一瞬で全身に広がった。
心臓が速くなった。息が浅くなった。頭の中で何かが鳴り始めた。扉を叩いた。叩いても叩いても、音がするだけだった。
暗い。狭い。出られない。
(また)
あの部屋に似ていた。
あの冷たい床に似ていた。
あの、誰も来なかった部屋に。
ぺいんとは扉を叩き続けた。声を出そうとしたが、喉が閉まって出なかった。足が震えていた。思考がうまく働かなかった。ただ怖かった。ただ出たかった。
どのくらい時間が経ったのか分からなかった。
突然、扉が開いた。
光が差し込んできた。ぺいんとはそのまま外に飛び出した。廊下の壁に背中をぶつけて、床にへたり込んだ。息が荒かった。
「おっと」
声がした。
見上げると、コンタミが立っていた。片手に何かを持っていた。触手の一本が扉の蝶番のあたりを触っていた。
「立て付け悪くてさ、たまに閉まるんだよね。ごめんごめん」
軽い口調だった。でも、視線はぺいんとをちゃんと見ていた。
「大丈夫?」
ぺいんとは答えられなかった。息を整えることで精一杯だった。
コンタミはしばらくぺいんとを見ていた。それからその場にしゃがんだ。急がなかった。
「出られないの、怖いよな」
静かな声だった。いつもの軽い調子とは少し違った。
「俺も昔、似たような感じだったから」
それ以上は言わなかった。説明もしなかった。ただそう言って、廊下の壁に背中を預けて、ぺいんとの隣に座った。
距離を保ったまま。急かさないまま。
ぺいんとは少しずつ、息が落ち着いてくるのを感じた。
「……ありがとう、ございます」
やっと声が出た。掠れていた。
「んー」
コンタミは軽く返した。
「物置、気をつけてね。俺の管轄だから、次からちゃんと直しとく」
それだけ言って、立ち上がった。
「らっだぁに相談する?」
ぺいんとは少し考えた。
「……いいです」
「そっか」
コンタミはそれ以上聞かなかった。触手の一本がまた蝶番のあたりを確認して、それから廊下の奥の方へ歩いていった。
ぺいんとはしばらく廊下の床に座っていた。
怖かった。本当に怖かった。でも、誰かが来てくれた。それだけのことが、今はとても大きく感じられた。
夕方になって、らっだぁが戻ってきた。
ぺいんとは部屋にいた。午後からずっとそこにいた。物置での出来事を、頭の中で何度か繰り返していた。怖かった。それは確かだった。でも、コンタミが来てくれた。それも確かだった。
扉が開いて、らっだぁが入ってきた。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
らっだぁがこちらを見た。少し、目を細めた。
「何かあった?」
ぺいんとは少し驚いた。何も言っていないのに、分かるのだろうか。
「……物置に、閉じ込められました。でも、コンタミさんが助けてくれました」
らっだぁは少し間を置いた。
「怪我は」
「ないです」
「そっか」
それだけだった。責めなかった。なぜ一人で行ったのかも聞かなかった。ただ、ぺいんとの隣に座った。
「コンタミが助けたなら、大丈夫」
静かな声だった。
ぺいんとはらっだぁの横顔を見た。
「らっだぁさんは、コンタミさんを信用してるんですか」
「うん」
迷いなく答えた。
「ここにいる奴らは全員、信用してる」
ぺいんとはその言葉を聞いて、窓の外を見た。夕暮れの光が森を染めていた。橙色の、柔らかい光だった。
信用している。らっだぁがそう言うなら、きっとそうなのだと思った。まだ自分には分からなくても、らっだぁが言うなら。
「……俺も、いつか」
気づいたら声に出ていた。
「いつか、そう思えるようになれますか」
らっだぁはぺいんとを見た。少しの間、何も言わなかった。
「なれるよ」
それだけだった。断言だった。根拠を説明しなかった。でも、その一言がぺいんとには十分だった。
「……はい」
小さく答えた。
窓の外の光が、少しずつ暗くなっていった。らっだぁはそのまま隣にいた。何も言わなかった。ぺいんとも何も言わなかった。
それで良かった。
次の朝、ぺいんとはまた一人で食堂に来た。
昨日より少し早い時間だった。理由は特になかった。ただ目が覚めて、起きていられる気がしたから来た。
レウクラウドはまだいなかった。
ぺいんとはいつもの場所に座って、窓の外を見た。朝の森は静かだった。鳥の声が遠くから聞こえた。それだけだった。
しばらくして、レウクラウドが来た。
「お、今日は早いね」
「……目が覚めたので」
「そっか」
レウクラウドは何も言わずに厨房に入った。いつもと同じように、何かを作り始めた。
ぺいんとはその音を聞いていた。包丁の音。鍋の音。火の音。規則正しい、落ち着いた音だった。
「昨日、コンちゃんに助けてもらったって聞いたよ」
唐突に言われた。
「……らっだぁさんから、」
「らっだぁからじゃなくて、コンちゃんから直接」
ぺいんとは少し驚いた。コンタミが話したのか。
「怖かったね」
「……はい」
「助けは呼べた?」
ぺいんとは少し考えた。
「……呼べなかったです。コンタミさんが来てくれただけで」
「それでも良かった」
レウクラウドが言った。
「助けが来たことが、大事なことだからね」
ぺいんとはその言葉を聞いて、少し黙った。
助けが来た。自分から呼んだわけではなかった。でも、来てくれた。それで良かったと、レウクラウドは言った。
「……助けを、呼んでも良いんですか」
気づいたら聞いていた。
レウクラウドが手を止めた。振り返った。
「当然」
静かな、でもはっきりとした声だった。
「ここにいる間は、困ったことがあれば誰かに言っていいんだよ。それがここのやり方だから」
ぺいんとは俯いた。
困ったことがあれば誰かに言っていい。そんなことが、許されるのか。今まで、そんなことは考えたこともなかった。困ったことは自分で抱えるものだと思っていた。それが当然だと思っていた。
「……分かりました」
やっと答えた。
レウクラウドは頷いて、また厨房の方に向き直った。
「今日は少し甘めにするね」
理由は言わなかった。でもぺいんとには、なんとなく分かった。
その日の午後、ぺいんとはらっだぁを探した。
自分から探したのは、初めてだった。いつもはらっだぁが来てくれるか、同じ場所にいるかだった。自分から会いに行こうと思ったのは、初めてのことだった。
らっだぁは庭にいた。縁側に腰を下ろして、空を見ていた。
「らっだぁさん」
呼んだら、こちらを見た。
「どうした?」
「……一緒にいても、いいですか」
らっだぁは少し間を置いた。それから、隣をぽんと叩いた。
ぺいんとは縁側に腰を下ろした。らっだぁの隣に。
庭の先に森が見えた。昼間の森は明るかった。あの夜彷徨った場所と同じとは、やはり思えなかった。
しばらく、何も言わなかった。らっだぁも何も言わなかった。ただ並んで、同じ方向を見ていた。
「らっだぁさんは」
しばらくして、ぺいんとが言った。
「ここが、好きですか」
らっだぁは少し考えるように間を置いた。
「うん」
短く答えた。
「好きだね」
「……どうして」
「静かだから」
それだけだった。それ以上は言わなかった。
ぺいんとは森を見た。静かだ、とらっだぁは言った。確かに静かだった。あの家とは違う静かさだった。あの家の静かさは、怖かった。誰もいないことが分かる静かさだった。
でもここの静かさは、違った。
「……俺も」
気づいたら言っていた。
「ここ、嫌いじゃないです」
らっだぁがこちらを見た。何も言わなかった。でも、少しだけ表情が動いた気がした。
「そっか」
静かな声だった。
それだけだった。それで十分だった。
二人はまた、同じ方向を見た。庭の先の、静かな森を。
コメント
1件
「肆」、読み終わりました。 印象的だったのは、やっぱり物置に閉じ込められるシーンですね。あの「あの部屋に似ていた」という一文で、ぺいんとの過去が一瞬で立ち上がってくる。トラウマの描き方が本当に丁寧で、狭い・暗い・出られないという感覚だけでここまで読者の呼吸を詰められるのかと。 そしてコンタミ。軽口の裏にある距離の取り方と、「俺も昔、似たような感じだったから」の静かな共感が刺さりました。急がない、近づきすぎない、でもちゃんと隣にいる。あの描写だけで彼という人物への信頼がグッと増しました。 「ここにいる奴らは全員、信用してる」というらっだぁの断言、そしてその言葉を聞いて「俺も、いつか」と言えたぺいんとの少しずつの変化。大きな出来事じゃないのに、確かに前に進んでいる感じがします。 続き、楽しみにしてますね。
ウルル
#ご本家様とは一切関係ありません
ウエハース鈴木
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